『回帰の小路 — やり直す女 —』
魔法学園の卒業を目前に控えた少女、レイ。
彼女は学年でも常にトップを争う成績優秀者であり、何より努力を惜しまない真面目さを持っていた。
二人の親友と共に受けた王都にある魔法省の採用試験は、彼女にとって将来の夢への確かな一歩となるはずだった。
誰もが、そしてレイ自身も「絶対に合格」と疑わなかった。
合格発表の日。役所の掲示板に並んだのは、二人の親友の名前。
そして——あるはずなのに存在しない自分の名前。
「なんで……?」
レイの視界が歪む。
「レイ、どういうこと……?」「体調でも悪かったの?」
親友たちの困惑した声が遠い。
レイは胸の奥が締め付けられ冷え切っていくのを感じた。
居た堪れなさ、屈辱、そして激しい混乱。レイは親友たちに背を向け、逃げるように役所から走り出した。
どのくらい走ったのか。
足取り重くふらふらと街路を彷徨い続けるレイ。
人の目が怖い。
すれ違う人、通り過ぎゆく人。
全く見知らぬ者達なのに、自分の不合格を嘲笑ってる様にしかレイには感じられなかった。
濡れた顔に当たる風は冷たい。
人通りを避け、裏路地へと迷い込む。陽の光も差さない雑然とした建物と建物の間に、奇妙なものが目に留まった。
細く、薄暗いはずの路地。
が、その奥は淡い光を放っていた。光の向こう側が呼んでいる気がして、恐る恐る奥へ進むと、眩い光に包まれる。思わず強く瞼を閉じた。
次に目を開けた時。
レイは、自宅の玄関前に立っていた。
いつの間に家に戻った?
乾きかけた目を擦りながら自室に戻る。
カレンダーのバツ印が試験前々日までしか付けられていない。
自室には見慣れた魔法書の山。
合格発表の前日にきれいに片付けたはずの書籍の山が、彼女の机に載っていた。
書斎に走る。父の新聞があるはずだ。
新聞の日付……。やはり試験前日だった。
「やり直せる……!」
レイは目を輝かせて歓喜した。不合格という未来を知る彼女にとって、試験問題はすでに完璧に頭の中にあるようなものだ。
鼻息荒く、彼女は寝食を忘れ猛勉強に励む。眠気に負けそうな時は、胸に刻まれた不合格の痛みを思い出し、自らを鼓舞した。
そして「今度こそ絶対受かる」と満面の笑みで試験に臨んだ。
合格発表の日。
二人の親友を連れ意気揚々と掲示板に向かうレイ。だが、何度目をこすっても、そこにレイの名前はなかった。周りの合格者たちの歓声が、レイには耳障りな雑音として響く。
「どうして、どうしてなの!」
絶叫と共に、レイは走り出した。目指すは、あの光る裏路地。一縷の望みを賭け、光の向こう側へ。
望み通り、彼女はまた、試験前日の自宅前に立っていた。
そこから、レイのやり直しが始まった。
完璧だと確信した勉強内容も、万全の体調で臨んだ試験も、結果は毎回不合格。
しかしレイは諦めない。
不合格を知るたびに、絶望に打ちひしがれながらも、裏路地を駆け抜ける。
一方、レイの異常な不合格は、学園関係者や親友たちの間で大きな謎となっていた。
事の真相は、レイの優秀さに目をつけた別の部署のトップである高官が、自身の部署に彼女を引き抜くため、魔法省の正式な合格名簿から彼女の名前を抜くという不正な手段を使っていたためだったのだ。
その高官は、レイが失意に沈んだところで、彼女の自宅を訪れ「特別枠」としてスカウトするつもりだったのだが……。
高官がレイの家を訪れた時、彼女はすでに裏路地に走り去っており、会うことは出来なかった。
二人の親友たちは、レイが試験のショックでどこか遠くへ行ってしまったと思い込み、深い悲しみに暮れた。
年月は流れ、親友たちは魔法省でキャリアを積み、順調に昇進していった。
レイの親友達から、そしてレイを知る人々から、彼女の記憶は徐々に薄れていく。
「そういえば、昔、魔法学園に優秀で、少し頑な女の子がいたような……」
しかし、彼女の名前が思い出せない。
もし、レイが潔く最初の不合格を受け入れ、自宅に戻って泣いていたならば、スカウトに来た高官によって、別の安定した輝かしい未来があったかもしれない。
だが、彼女は不合格という不本意な現実を前に立ち止まることができなかった。
今でも彼女は不合格の掲示を見る度に、絶望と次のチャンスへの狂気に駆られ、あの淡い光を放つ裏路地を永遠に走り続けているのだろう。
その場所が、いつしか抜け出す事の出来ない人生の迷路となったことも知らずに……。




