悪役侍女、暗躍する
「時々で良いから鍛錬に加わりたい?」
正面からいってみるよ。侯爵家騎士団長オズワルド・ガリシアは戸惑いを見せている。当然だろう。
悪役侍女のおかしな頼みに気分を害しているのも分かる。
「ええ、お願いいたします」
「断る。嫁入り前の侍女殿に傷でも付けたら大変な事だ」
お前のような性悪に関わりたくないと副音声が聴こえるわ。
「ではテストを。男に変装しますのでお気遣いなく」
さっと魔法契約書を取り出す。鍛錬で私に何があっても誰も文句は言えないというシンプルなものだ。
「知り合いの息子を頼まれたとでもして下さい。報酬は緊急時の治癒魔法。どんなに重体であれ生きていれば助けます」
言うなり机にあったペーパーナイフで利き腕じゃない右腕を切り落とす。痛覚遮断で安心よ。
「っ!? 何をしている!?」
瞬く間に再生して不要な腕は燃やした。ついでに飛び散った血を消す。
「医師を───! は? え?」
一体何に驚けばいいんだ…、と頭を抱える団長様。
「そもそもあなたに必要はあるのか? 紙を切るナイフで人体を斬れる人が剣術を?」
「今のは左腕の身体強化及びナイフへの付与によります。魔法が封じられれば不可能で」
「その治癒があれば聖女になれるぞ」
「教会しかおいしくないですよね」
教会はそこそこ腐ってる。
「聖女にも付与師にも冒険者にもなれるな……まさか他の魔法もかなりできるとか。───最近、侯爵家の様子がおかしいのは」
恐ろしいものを見るような目での問いかけには笑顔で答える。
女の秘密を暴くのは野暮よ。
この人にここまで明かすのには理由がある。オズワルド団長は正義の人でお嬢様の現状を憂いているが、騎士爵しかない彼にできる事は少ない。あからさまに庇えばクビになってしまい関われなくなるので、部下に気を配るよう頼むのが精一杯。
だが数年後には帝国と協力してゴブ達を追い詰めるのだ。まだお嬢様の秘密は知らないが。
「……何故あなたはフェリシア様を虐待するんだ」
「共犯者になって頂ければいずれお話します。ひとつ言えるのは、私はお嬢様を毛の筋ほども傷つけたりは致しません。ただしこれは他言無用です、絶対に。いいですね」
少しずつ、没にしたストーリーを思い出している。あまり早くに秘密がバレればお嬢様は王家に囲われ、ろくでなし王子の嫁にされてしまう。たしかこのバージョンでお嬢様はアメリカのバリキャリ的に強かに成長なさるが恋には縁がない。
何より、お嬢様がアホぼんに穢されてしまう! 失恋して男などいらんって気分だった時に作ったルートだ。
変なルートに入らないために細心の注意が必要です。
団長室を出たら黒髪さんとすれ違いまた睨まれた。2、3日に一度は物置きを訪れ食べ物や本を差し入れてくれている。その調子でお嬢様を気にかけててね。
「お嬢様、所用でしばらくお傍を離れる事が増えます」
そうなの……としゅんとするフェリ様。
かわわわわわわわわ。
「その代わり! 度々街にお連れします」
「街に!? 私、本が見たい!」
パァアアっと輝く笑顔。
きゃわわわわわわわァ!!
本屋丸ごと買って差し上げます!
図書室は結局、後妻が蔵書を売り飛ばしたせいで品薄だったからね。
「団長、お話が」
最近は不可解な事が多い。団長室を訪ね報告をする。
「申し付けられた通り、フェリシア様に気をつけているのですが……様子がおかしいのです」
「どういう事だ、アーノルド」
「昨日午前にお会いした時は何かぼうっとしておられて受け答えに不自然な点が見られました。心配になり夕方再訪すれば、打って変わったように上機嫌でした。隠そうとはしていましたが。同人物とは思えぬ程に」
キラキラと瞳を輝かせ大変愛らしい様子だった。何があったのか、もしくは。
「あの侍女に怪しい薬でも使われているのでは」
団長が珈琲を吹いたので咄嗟に避ける。いきなりなんだ。
「い、いや、それはない。リリス殿はだな、限度を知っている。相手が侯爵令嬢だというのを心得ているのだ」
「あの侍女に殿など付けて庇うとは…。団長、彼女に懸想されていますか」
「あんな恐ろしい女に誰が!!」
急に蒼ざめ怒鳴るので驚く。この人は温厚で信頼のおける方なのだが。
───なるほど、脅迫か。
団長自身にやましい事がなくとも、家族や友人は別だ。今は退こう。
「──分かりました。次にですが」
「分かってないよな!? 何か曲解してるだろう!」
「……あのジョンという奴はなんなのです」
「な、なんとはなんだ」
あの女に関わるとおかしくなるのか? 別に変な質問ではない。団の誰もが気にしている。
ある日、知人の息子を預かったと硬い表情で告げられた。団員はみな、接待訓練を要求されているのだと察したものだ。
それがとんでもない少年だった。
細身でやや小柄、生意気そうだが顔立ちは美しい。金髪碧眼のいかにもな貴族の坊ちゃんだ。あの侍女によく似ている、身内か?
力を見てやると相手役を名乗り出た者が侮るのも仕方なかった。
剣技は荒いが強く、卑怯な手も厭わない。足をかけられた奴が文句を言えば、ならず者はルールに則って斬りかかるので? と模擬剣を突きつけ冷たい目を向ける。
……あれで新しい扉を開いてしまった奴が何人もいた。
結局下位の団員では話にならず、俺が出る始末。
対峙してしばらく様子見で撃ち合い、金髪が段階をあげたのを感じた。
それまで全く本気ではなかったのだ。
わざと隙を作ったが乗ってこずに警戒を強めていた。これでは長引くと、最後は力任せに剣で薙ぎ払う。
奴はなんとか避けたが石に躓き転けた。体力が持たなかったようだ。
何人もを勝ち抜いた後だから当然だ。
あんな貴族子息がいてたまるか。
「あれなー……。うん、あそこまでやるならやっぱ必要ないだろ……」
呟きを漏らすのを聞くに、これも事情があるらしい。
「親衛隊のような輩が出ているのです。実害はありませんが」
「ジョン君に踏まれ隊だろ……正確には」
本当におかしな事ばかりだ。
侯爵は部屋に閉じこもり食事も一人で摂っている。掃除も許さないが、どうやら大量の抜け毛が見られたという。
夫人は地団駄を踏んでがなり散らし、やはり部屋に籠城。
娘はブクブクと急激に太り始めこれも部屋から出ようとしない。
おまけに揃って顔中の吹き出物が酷い。毒を疑っても何ひとつ出てこない。
何が起こっているのだろうか。




