第四章 セルヤム王国(2)
中央ゲーティアの南方は、草原と砂漠が広がる広大な平原地帯である。ここには古くから放牧や隊商を生業とする少数部族が無数に存在していた。長い間各部族は互いに独立を保ちつつ、交易で結びついたり時に抗争を繰り広げたりしてきた。
転換点となったのは今からおよそ百二十年前、カレンツァ帝国の侵攻を受けた時、それまでバラバラだった各部族が一つに団結してこれに立ち向かったことだった。この時、部族連合の先頭に立って戦ったのが、セルヤーン・ハジャドという首長である。戦いに勝利した部族の長たちは彼の功績を称えるとともに、二度とこのような事が起こらぬようにと、まとまって一つの国を作り、彼を王に迎えたのだった。セルヤムの国号は、初代国王の名にちなんで付けられた。
王国の首都アッサドは、平原地帯の南の端、入り組んだ海岸から海を臨む港のすぐ傍にあった。
リフローネとナジャは、ゲネブ山中で追手の襲撃を逃れた後、無事に下山し麓の小さな集落に辿り着くことができた。幸運にもその時、アッサドへ向かう隊商の一団が村に立ち寄っていた。リフローネたちは彼らに頼み、幾ばくかの礼金を渡すことでアッサドへ向かう馬車に乗せてもらうことができたのだった。
二人は、出会った人の誰にも身分を明かさなかった。どこかから、彼女たちの動向が帝国側に漏れ伝わることを恐れたためだ。理由はそれだけではなかった。先日のように、刺客が後を追ってくることも考えられる。事情を知った者に危害が及ぶこともあるかもしれない。だから二人は、自らを行商人の兄妹と名乗り、首都を目指す隊商に同行させてもらうことにしたのだった。
今その隊商は、僅かな草がまばらに生えているだけの平原の道をひたすら進んでいた。頭上には、乾燥地帯特有の雲一つない青空が広がっている。聞こえるのは、馬車の車輪が転がる音と、時折発せられる馬のいななきだけだ。
「アッサドは、まだ遠いのでしょうか?・・・兄さん」
馬車に揺られながら、もうずいぶん同じような景色を見ている気がして、リフローネは隣のナジャに尋ねてみた。
「もう間もなく着く頃で・・・だろう」
ナジャはついいつもの口調で答えそうになり、慌てて言い直した。その様子が妙に可笑しくて、リフローネの顔にほんの少し笑顔が浮かんだ。ずっと張りつめていた心が、少しだけほぐれたみたいだった。
彼女は、ナジャを頼もしく感じた。彼の助けがなければ、自分はここまで来ることは出来なかっただろう。感謝と、親しみが、彼女の心を暖めた。今は、本当の兄のようにさえ感じられた。
やがて道の先に蜃気楼のような街の姿が見えると、徐々にはっきりと建物の立ち並ぶ様子が見てとれるようになった。二人を伴った隊商は、街の中へと進んでいった。




