お誘い
夜、着信音が鳴った。
「もしもし、直紀くん?」
鈴香は笑みを浮かべた。
『鈴香ー、好き』
「へ?」
『へへ。鈴香かわいい』
この感じはおそらく酔っている。
「また飲んでるでしょ」
『うん』
「飲みすぎないでね」
『は〜い』
鈴香は小さく息を吐いた。
『鈴香ー』
「ん?」
『今度デートしよ〜』
「うん!」
鈴香はニヤけた。
『あのさ、1回家来る?』
「え」
『あっ、変なことはしないよ。知っといてもらおっかなぁって』
(確かに直紀くんの家気になる)
『ひとり暮らしだから気軽に来て』
「うん、わかった」
『今度の日曜空いてる?』
「空いてるよ」
鈴香はカレンダーを見た。
『じゃあその日で』
「うん」
『じゃ、おやすみ〜』
「ふふ。おやすみ」
電話が切れる。
直紀くんの家か〜
どんな感じかな
鈴香はクローゼットを開けた。
日曜日ー
鈴香は固まった。
「い、家大きいんだね」
「そうかも?」
直紀は鈴香を家の中に入れた。
「ようこそ、俺の家へ。プリンセス」
「えっ」
「すげぇかわいい服だったから」
今日は紫色の水玉柄のワンピースを着てきた。
可愛すぎたかなと思ったが、着てきて正解だったようだ。
「オシャレな玄関だね」
「そう?」
床は黒いタイルで壁紙は茶色のレンガ調。
右にはダークウッドの靴箱があった。
靴箱の上のガラスの入れ物にグレーのアロマストーンが入っていて、フォレスト系の匂いがする。
(直紀くんっぽい!けどドキドキする)
「そんなジロジロ見ないで」
「ご、ごめん」
「たいした家じゃないからさ」
直紀はリビングにつれてくる。
(たいした家です!)
鈴香は目を輝かせた。
「す、すごい……!」
床と壁は白の木目調。
家具は黒やウォルナットのものに揃えられている。
これが男の人の家なんだ
なんて大人な空間……!
「そんなに感動する?」
「だって、男の人の家に行く機会がないから」
「そうなんだ」
直紀はキッチンに行く。
「なんか飲む?ってコーヒーしかないけど」
「わたしカフェオレが好きなんだ」
「わかった」
鈴香はキョロキョロした。
オシャレだなぁ
ウォルナット?の家具もかっこいい
「甘さ確かめて」
「うん」
鈴香は直紀に駆け寄る。
「熱いかも。気を付けて」
鈴香はカフェオレに息を吹きかけて口を付けた。
「美味しい……!」
「良かった」
直紀は目を細めた。
「座ってゆっくりしよう」
「うん。ありがとう」
直紀はカップをふたつ持ってリビングに行き、テーブルに置いた。
「このカップかわいいね」
「だよな。なんか欲しくなって」
(鈴香用のカップ買っといて良かったー)
直紀はカップのフタをコップの下に敷いた。
「フタ兼コースターなんだ!」
「そう、そこが気に入ってさ」
鈴香はある事に気付く。
直紀のカップは青い花柄、自分のはピンクの花柄。
こんなシックな家なのにこんなかわいいカップ?
もしかして、元カノが使ってたカップとか……
「鈴香?」
「あっ、ううん!何でもない!」
(ダメダメ!そんなこと考えちゃ)
「このカップさ、電子レンジも食洗機もいいんだって。機能すごくない?」
「う、うん。そうだね」
鈴香は苦笑いした。
すぐとなりにいる直紀の声が少し遠くに感じた。
「これ見たときペアで欲しくなってさー」
「うん」
鈴香は目を伏せた。
(どうしたんだろ、わたし)
「鈴香?大丈夫か?」
「う、うん。元気だよ」
「さっきから様子おかしいけど。何かあったら遠慮なく言って」
鈴香は唾を飲んだ。
「も、元カノの物って取っといてあるの?」
「え?そんなもんとっくに捨てたよ。思い出したくねーし」
「そ、そうなんだ」
直紀は不思議そうな顔をした。
「このカップ見たら鈴香の顔が浮かんでさ」
「え?」
「ペアでカップ欲しいとからしくねーなーとか思いながら買っちゃった」
直紀は照れ笑いした。
「俺は俺。お揃いの物とかいらない。それが俺だったのにさー」
鈴香の目から涙がこぼれた。
「鈴香!?」
「ごめん……」
直紀はそっと鈴香を抱きしめた。
「どうした?」
優しい声に心が温かくなる。
「ううん。好きだなぁって」
鈴香は顔を彼の胸板に当てた。
「俺も好き」
直紀は彼女の頭をなでた。