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seek a sheep  作者: 寒がり
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seek a sheep


 身を横たえて目を瞑る。

 どこかが痛いとか苦しいとかじゃないが、なんとなく寝苦しい。

 それで時計を見ると時間ばかりが過ぎていく。


 電気をつけて本を読むには眠たいのに、布団に入って目を瞑ると頭が冴えてしまうのは何故だろう。

 眠たくない訳じゃないのに眠れない。

 

 布団を被ったり、寝返りを打ったり。

 悪あがきをしてみるけれど、本当はそんなことをしても意味がないと分かっている。

 今日も眠れないのだろう。


 朝目覚ましに叩き起こされて起きなくてはならないときにはいくらでも即座に眠りにつけるだろうに、いざ寝ていいときに眠れない事に腹が立つ。腹が立つと余計に眠れない。


 そういえば、眠れないときは羊を数えるのだったか。

 そんな話をふと思い出した。

 羊が1匹、羊が2匹、羊が3匹、羊が4匹、羊が5匹……。


 こうなったら延々と朝日が昇るまで羊を数え続けてやる。

 断固羊を数える。

 どうせ眠れないのだ。


 羊が101匹、羊が102匹、羊が103匹……羊が1001匹、羊が1002匹、羊が1003匹……。


 緑の草原の柵を挟んで無限に続く白いふわふわの列。

 羊は左から右へ柵を飛び越えて進んでいく。

 羊たちの歩みはどんどん早く、残像が繋がって白い一本の流れとなっていった。

 万か億か、もっと多い単位の羊が目の前を通り過ぎていく。


 どころが一瞬、羊の列に穴があった。

 巻き戻してゆっくり観察すると、そこだけ1匹分空いているのだ。

 おかしい。羊に欠番はないはずだ。

 オオカミに食べられたのか、迷子になっているのか。

 羊が欠けているのでは具合が悪い。

 非常に困った事になった。


 前後の羊に問いただしても「メェー」と答えるだけで手がかりは得られない。

 そればかりか、あらゆる羊は「メェー」としか述べない。

 仲間が失踪したというのに呑気なものだ。


 だが、草原を観察すると原因が分かった。

 その地面の一部が破れ、ぽっかりと大きな穴が空いてしまっていた。

 羊はここに落ちてしまったに違いない。

 その穴は随分と深いようで、覗き込んでも底が見えない。


 恐ろしい暗闇だ。

 けれども穴に入らなくては羊は戻って来ない。

 意を決して飛び込む事にした。

 えい。


 穴を垂直に落ちる。

 それはもう嫌な気分だ。

 ジェットコースターが落ちているときの内蔵が持ち上げられる感じがずっと続いて、地面がどんどん近づいてくる。


 足をジタバタさせるとギリギリのところで空を飛べたようだ。

 飛ぶというより、スキップかもしれない。地面を強く蹴ると一歩で何百メートルも高く、山から山へ飛び移れる。


 見渡すと、この世界は一面の灰色だ。

 空気までため息を濃縮したような灰色で、全部が手遅れになってしまったのを棺桶の中から眺めているような陰気な音楽が流れている。

 死の世界ではないけれど、ここは滞留している。


 こんなところに羊がいるのだろうか?

 否。あの綿菓子のように白い羊には似合わない。

 

 灰色の列車が走って来た。

 踏切があって、不協和音がカンカンと響きだす。

 多分私はこの遮断機を越えなくてはならない。

 とても嫌だけど、そんな気がした。


 けたたましい警笛。

 ギュッと目を瞑る。

 身体中が熱い気がした。


 次に体が急に冷えていく。

 夏の暑い日に冷や汗をかいたときみたいに、急に体が冷めていった。

 さっきのは悪夢に違いない。

 私は昔から、夢の中で死ぬと目が覚める。

 あるいは夢から夢へ移動できる。

 

 山道だ。

 今にも転落しそうな山際の蛇行した道を走っている。

 車には家族。

 家族?


 今日は旅行だった。

 この先には牧場がある。

 ソフトクリームを食べに来たのだ。

 

 青々とした牧場で沢山の牛が草を食んでいた。

 牛は前足をロープで縛られ、巻き上げられてトラックに乗せられてしまった。

 せっかくソフトクリームを食べられると思ったのに。

 食べさせてあげたかった。

 食べられると思っていたものを取り上げられるのを見ると悲しくて泣きたくなる。

 だから、拳銃でこめかみを撃ち抜いた。


 砂漠で倒れていた。

 砂がジリジリと熱い。

 けれども、倒れていないと核の熱線をまともに浴びて死ぬ事になる。

 伏せて手を体の下に入れ、遮蔽物で熱線から身を隠すことだけが生き残る確率を少しでも上げる唯一の手段なのだ。私の知る限りでは。


 きっとこの世の終わりだ。

 それで私は死んで次に行けるのだろうか?

 実はここが現実で、ここで死んだら本当に死ぬのじゃないだろうか。

 そう考えた途端、急に鼓動が苦しくなって目眩がした。

 体が冷たい。


 いや。これは夢だ。きっと悪い夢だ。

 目が覚めればなんて事ない。


 頭上でまた核爆弾が炸裂したようで、熱線が押し寄せる。


 どうしてこんな事になったのだったか?

 そうだ、羊を探していたんだった。

 羊なんて探そうと思ったのがよくなかった。


 違う。

 私が羊で、迷子になってこんなところまで来てしまったのだ。

 帰りたい。

 帰らなくては。

 本来いるべき所に。


 けれども分かっている。

 私は帰れない。

 夢の中ではぐれて再会できた事なんて一度もない。

 夢の中で迷子になって帰れた事なんて一度もない。

 駄目だ。


 私は遠くからあの緑の草原で柵を楽しそうに飛び越える仲間たちを眺める事しかできなかった。

 あの灰色で陰鬱な音楽が流れていた。

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