3.子どもの星
暗闇の中でナツは目を開けた。
「ここは…ワープ装置の中?」
気が付いたら首を絞めるほどに掴んでいたはずのライも、お腹に掴まっていたはずのヒロもいなくなっていた。周りを見渡しても人の気配すらしない。ナツは暗い無重力空間で一人浮かんでいるような状態になっていた。一人でいることの不安や恐怖を久々に感じた。
「あんなに2人に挟まれているような状態だったのに、吹き飛ばされてしまったのかな…。」
もし吹き飛ばされたらどうすればいいのかをライに聞いておくべきだったと深く後悔した。水中を泳ぐように暗闇の中を進んだ。出口なんかないように思えた。
『待っているよ。』
突然どこからともなく声が聞こえた。初めは恐怖のあまり幻聴が聞こえたのかと思った。しかしその声は再び、今度はより鮮明にナツの耳に届いた。とても不気味だった。その声はナツによく似ており、自分の声が広いホールの中で反響して響いているようだった。
「誰かいるんですか?」
ナツの問いかけには誰も答えなかった。代わりに『待っているよ。』という呼びかけがまた聞こえた。
「2人が待っているのは知ってる!どうやって合流すればいいの?」
ナツは苛立ちながら言った。早く2人に会いたい。早くしなければもう二度と会えなくなるかもしれない。そんな焦燥感がナツを襲った。
突然、遠くに光が見えた。
眩しさに目を反射的に閉じたが、数秒もしないうちにナツは光に向かって全力で進んでいた。
「待ってて!2人とも!」
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目を開けるとナツはプラスチック製のベンチの背もたれにもたれていた。ワープ装置に入ってから今までのことは全て悪夢だったのだと悟った。辺りを見渡すとベンチの前には関門のようなものがあり、そこに人の列ができていた。列に並んだ人が全員子どもであるのを見て、ナツはやっと子どもの星に着いたのだと気付いた。
隣にはヒロがナツと同じようにベンチの背にもたれかかっていた。ただし、眠っているのではなくうめき声をあげて苦しんでいる様子だった。
「ヒロ、どうしたの?大丈夫?」
ナツが心配して声をかけるとちょうどライが門の方から歩いてきた。
「ナツ、起きたんだね。ワープの衝撃で気絶しちゃったみたいだからびっくりしたよ。ヒロは乗り物酔いを起こしちゃったみたい。」
ライはそういいながら酔い止めの薬をヒロに渡した。ヒロはその薬をそのまま飲み、今度はナツの肩に頭を乗せて言った。
「ナツは気を失ってたからわからないだろうけど、ワープ装置に入るとき、暗闇にグルグルって回転しながら吸い込まれていったんだ。洗濯機の中に入れられてる気分だったぜ、全く。」
ナツは自分も悪夢を見て最悪の気分だったと言おうとしてやめた。夢から覚めて時間が経ったため、どんな夢を見ていたかほとんど忘れてしまっていたからだ。ヒロの具合が良くなるまで時間がかかりそうだなと思ったとき、あるものが目に留まった。
「ライ、その隣に浮いているのは何?」
ライの隣にドローンのようなものが浮かんでいた。正確には半径15cmほどの半球にプロペラが付いたようなものだった。そのドローンのようなものはライの横に一定間隔をあけてついてきているようだった。
「これはシャキ先生の通常フォルムだよ。さっき僕が被っていたヘルメットの正面にシャキ先生のモニター部分をはめると折りたたまれていたプロペラが起動して宙に浮くことができるようになるんだ。」
よく見ると正面にはモニターが取り付けられており、そこには先ほどと同じように絵文字のような顔が表示されている。ナツがそちらを見るとシャキ先生は笑顔の絵文字を表示した。挨拶しているみたいだと思った。
「あれ、そういえば自転車はどうしたの?」
ナツはシャキ先生を見たことで今まで乗っていた自転車のことを思い出し、聞いた。
「あれは大きいし、持ち運ぶのが大変だから関所の人に預けてきたよ。ついでに酔い止めの薬ももらってきた。とても親切に対応してもらえて助かったな。」
そう言ってライは関所と思われる石造りの門に顔を向けた。門には二人ほど門番のような人がいて、入る人の審査をしているようだった。門以外の場所は壁が高く作られていて中の様子を窺うことはできなかった。その先に人が生活する町のようなものがあるのだろうと容易に想像できた。
何分か経って薬が効いてきたのだろう。ヒロが回復し、門の前の列に並んだ。門番には持ち物の検査を受けるだけで通してもらうことができた。といっても、持ち物は何もなかったため全く時間はかからなかった。
門をくぐるとそこには石造りの家が立ち並んでいた。それぞれの家にレストラン、ホテルなどの看板がついており、観光地のようだった。
「子どもの星っていうからあまり期待してなかったけど、店とかもしっかりあるんだな。」
ヒロが手を望遠鏡のような形にしてそれを覗き込み、できる限り遠くまで見渡そうとしながら言った。
「店があるっていっても、ナツは何にもお金とか持ってないよ。」
「働かせてもらえる場所とか、あればいいんだけど。」
とりあえず周辺を散策して回ろうと歩き出したとき、一人の少女がこちらに向かって全速力で駆けてきた。
「わーーー!すみませーーん!!お待たせしましたー!!!」
その少女はナツたちと同年齢くらいで、こげ茶の髪を二つにおさげにしていた。服装はいたってシンプルだが、手に小さな旗のようなものを持っていた。
「案内の担当をさせていただきます!ポニーと申します!」
走って上がった息を整え、少女は挨拶をした。よく見ると少女の持っている旗には観光案内と手書きの可愛い字で書かれていた。
「たぶん人違いだと思います、案内の申し込みとかしてないので…。」
ライが申し訳なさそうにポニーに言うと、ヒロがライの脇腹をこづいて小声で言う。
「馬鹿っ、黙っておけば気付かれないだろ!」
「黙ってついて行ってお金とか取られたらどうするんだよ。僕ら無一文なんだぞ。」
ライがあきれたようにヒロに言い返す。2人はポニーに聞こえないように話しているつもりらしいが、ポニーの表情を見るに、2人の会話は筒抜けのようだった。ナツが2人の小競り合いを止めに入るより前にポニーが慌てて話始める。
「あー!違うんです!ここでは入ってこられた全ての方に観光案内のサービスをしてるんです!」
「「観光案内のサービス?」」
ヒロとライが同時に聞き返す。
「はい、本当はここで待ち構えてなきゃなんですけど、今日は少々混みあっていまして…。遅れて申し訳ないです。」
「いやいや、ナツたちもどうすればいいかわからなかったから、案内してくれるってだけありがたい!」
ナツの励ましにポニーは笑顔を取り戻し、観光案内と書かれた旗を高く掲げた。
「それでは、さっきは出遅れて言えなかったので改めて言います!子どもの星へようこそ!!」
3人はポニーの後に続いて進んだ。初めての星観光が始まった。