表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

三題噺もどき3

記憶―幼(夏)

作者: 狐彪

三題噺もどき―よんひゃくよんじゅうよん。

 


 鼓膜を叩くのは、人々のざわめき。


 それに混じって、威勢のいい賑やかな声。

 遠くから響く太鼓の音は心臓に響くよう。

「……」

 ふと、上を見上げると、見えたのは夜空ではなく。

 顔のしわが減った、見慣れた身内の顔だった。

 突然立ち止まった私に疑問を持ったのか、何事かというような軽い笑みを浮かべながら、こちらを見やっている。

「……」

 その顔から視線を外し、くるりと周囲を見回す。

 見えるのは、すれ違う浴衣の綺麗な花柄だったり、大人の足元だったり。

 人々の隙間から、屋台がときおり見えたりもする。

「……」

 くん―と、腕を引かれ、つんのめるように歩を進める。

 痺れを切らしたらしい。

 右手がやけに高い位置にあった上に、肩が少し痛むのは、手を繋がれていたからか。

 左手には、水風船を腕にかけ、大きな棒キャンディーを持っていた。

「……」

 もう1人の身内はどこかと歩き出した先に視線をやると。

 小さな妹を抱いて、立っていた。

 駄々でもこねて泣いたのか、少し頬が濡れている。

「……」

 せっかく持っているのだし、と棒キャンディーを舐めてみる。

 歩きながら食べるなと言われていた気もするが、まぁ、いいか。

 甘い―気もするが、曖昧なものだ。

「……」

 腕を引かれたままキョロキョロと視界を動かす。

 今更気づいたが、周りの足はみんなして同じ方向に進んでいた。

 もちろん、腕をひかれている方向へ。

「……」

 少し足早につられているせいか、時折こけそうになってしまう。

 歩き疲れた足を引きずるようになんとか必死にひかれていく。

 足の親指の付け根がズキズキと痛み出した。

「……」

 それでも足をとめないのは、これ以上煩わしいと思われたくないからか。

 妹のように駄々をこねないのは、姉だからと言い聞かせられてきたからか。

 はっきりとは分からないけれど、静かにつられるままに歩いていた。

「……」

 どれぐらいの距離を歩いたのかは分からないが、人混みがさらに狭くなった。

 ぎゅうぎゅうと、大人たちに押されながら。

 なんとなく水風船が割れないようにと伸ばしていたゴムを手元に寄せ、小さな手にもちなおす。飴は、舐めていたのがばれていつの間にか取られていた。

「……」

 突然、腕を引く力が弱くなった。

 ぼうっと歩いていたせいか、思いきり足にぶつかってしまった。

 は―と、視線を上げるも、何を言われることもなく、視線の先にあるはずの顔は、上空を見上げていた。

「……」

 周囲が先程より少し暗くなった気がしだした。

 周りの声が、電話越しの声のようにぼんやりと聞こえる。

 あまりはっきりしない声で、ざわざわという音だけが響いてくる。

 何を言っているのかも分からない、言葉にもならないような音だけが聞こえてくる。

「……」

 ぞわりと、分からない恐怖が心臓を撫でた。

 耳を塞ぎたくなったけれど、手はふさがっている。

 助けを求めようにも、もう誰もこちらを見ていない。

 もどかしさを抱え、不安にさいなまれながら、握られた手だけを頼りに自分の存在を確かめていた。


 ドンーーー!!


 突然、巨大な咆哮が鼓膜を貫いた。

 体がびくりと跳ね、思わずキュウと強く手を握ってしまった。

 その瞬間、あたりは明るく照らされ、ざわめく人々の足元が見えた。

「……」

 何が起こったのか分からぬまま。

 周りの大人や、頭上から聞こえる妹の笑い声に、またぞわりと心臓が撫でられる。

 恐怖が思考を支配し、泣きだしそうになりながら、なんとか縋り付いた。


 ドンーー!!


 断続的に続く咆哮。

 その度に心臓は跳ね上がり、冷や汗のようなものが流れ、指先が冷えていくような感覚がしていた。

 明るくなったり暗くなったり、視界は明滅して、せわしない。


 ドンーー!!


 力が抜けてしまった手のひらから。

 水風船が落ちた。

 手を伸ばした矢先、何かに踏まれ。

 パシャリと、弾けた。


 ドンーー!!


 するりと、手が離れた。

 咄嗟に足元に縋るように、手を伸ばした。

 そうすれば気づいてくれると思ったのに。

 そのまま終わるまで、足元の冷たい布を掴んだままだった。


 ドドンーーーーー!!!


 一際大きな咆哮が響いた。

 それを最後に、音は止み、人々はせわしなく歩き出した。

「……」

 最初から最後まで、何が起こったのか分からないまま。

 手を引かれ、帰路についた。

 それが花火というものだと知ったのは、頭上で話す楽し気な三人の会話からだった。

「……」

 足の痛みと。

 跳ねる心臓と。

 不安にさいなまれた思考と。

 ぼんやりとしたまま、手を引かれ。



「……」

 嫌な記憶が再生された。

 今になってあんな頃の記憶を思い出すなんて思ってもなかった。

 あの日から、花火というものが少し苦手になった。

 今日なんとなくそれを思い出したのは、外で花火の音がしているからだろう。

「……」

 花火といえば夏というイメージがあったが、今はそうでもないようだ。

 遠くから響く、その音に記憶が呼び起こされたらしい。

 記憶力の良さが、こういうのばかりに発揮されて気が滅入ってしまう。

 もっといいモノに使えばいいのに。

「……」

 今年の夏は、甥っ子と花火大会に行こうと思っていたのに。

 行けるだろうか。









 お題:花火・もどかしい・電話越しの声

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ