第4冊 アテと昔日の恩
放課後、図書室に。
佐鳥さんに言われた通りに僕は今日も図書室に向かい、扉を開き中に入る。
「あ、二宮くん。ありがとね」
今日の朝は眼鏡を掛けていなかったが、今はいつもの様に眼鏡を掛けている。僕は佐鳥さんに話しかけようとして、止められる。
「もう少ししてからね」
まだ図書室の閉館時間を過ぎていない。
他の利用者が来るかもしれない。だから、話は時間を過ぎてからなのだと。
「…………」
僕はいつも通りに机に向かい、ノートを開く。
「二宮くん」
時間が来たのか。
僕は立ち上がり、佐鳥さんに顔を向ける。
「佐鳥さん、図書室って遅くまで使ってて良いの?」
「それは……良くない、のかな」
佐鳥さんは悩ましげな顔をするが、直ぐ隣から『問題ない』と言う声が響く。
『実はアテがあってな』
怪禍紙諸録が姿を現す。
「アテ……」
となれば、僕にも一つある。
情報として手に入れた、一人の存在。それがこの学校にいる。
『貴様も分かるか。では行くぞ』
怪禍紙諸録は図書室出口に向かい浮きながら移動を始める。
「怪禍紙諸録が飛んで移動するのは目立つから」
佐鳥は勝手に動き出す怪禍紙諸録を捕まえ、腕で抱きこむ。
「それで、二宮くんにも分かってるみたいだけど、どこ行くの?」
彼女の問いに僕と怪禍紙諸録が声を揃えて校長室と答える。
「校長室? アテって、校長先生?」
『そうだ。天野幸恵が貴様を拾う前に会っていたのを思い出してな』
そう言う事だ。
「…………そう言う事」
佐鳥さんは僕の方を一瞥してから呟く。
「そうだ、佐鳥さん」
僕も一つ聞きたい事があったのだ。
今は校長室に向かう途中。世間話という物でもないが、少しの疑問の解消程度は出来るだろう。
「佐鳥さん、今日眼鏡掛けてなかったよね?」
佐鳥さんが「うん」と答える。
「眼鏡を外すと、私は周囲の心の声が見える様になる。それで昨日の怪禍紙の出処が誰か探ってたの」
そんな事ができるのか、と僕が感心していれば『それが此奴の力だ。精々活用してやれ』と上からの物言い。
『では入るぞ。扉を開けよ、二宮慧。お前が無手だろう』
校長室の扉を四度叩き「どうぞ」と深みのある柔らかな声が聞こえてから、一言「失礼します」と断りを入れて開く。
『────図書室の使用許可を取りに来た』
怪禍紙諸録は佐鳥さんの胸元から飛び上がり、校長先生の前まで飛ぶ。
「喋る、本……」
校長先生は目を見開き、驚いた様な顔をして。
「あの日、あの人と共にあった……」
そう呟く。
校長は、彼──猪崎孝次郎──は昔に、天野幸恵に救われている。それを後から恩返しとして払えなどと言う様な物ではあろうが。
『そうだ。あの日、貴様は怯えて震えていた。そう言った者を増やさぬ為に』
図書室を利用させよ。
怪禍紙諸録は言う。頼みに来た筈だと言うのに、命令口調。少し呆れてしまうが。
「お願いします」
佐鳥さんが頭を下げたのを見て、それに倣って頭を下げる。
「ええ、構いませんよ」
あっさりと校長先生は許可を出した。
「命を救われた私ですから、襲われる恐怖は分かります」
快い返事に怪禍紙諸録が高笑いしてから『では、ありがたく使わせてもらおう! また来るかもな、猪崎孝次郎』と伝えれば、校長先生は嬉しそうに笑う。
「はい、是非。次はお茶でも用意しましょうかな。予約さえ取って頂ければ」
『それは此奴らに渡してやれ。貴様を助けた女の後継だ。オレは、貴様の思い出話でも聞いている方が余程良い』
では戻るぞ。
佐鳥さんが飛び続けている怪禍紙諸録を掴み「失礼します」と校長室を出る。僕もそれに続く。
『では戻り次第、佐鳥芽衣子。貴様が今日手に入れた情報から怪禍紙を探し出す』
怪禍紙諸録が指揮を執る。
『そして、オレと二宮慧とで怪禍紙封印に向かう』
僕には天野幸恵の記録から少しの覚えはあるが、年の功という物だ。きっと、彼……で合っているかは分からないが、取り敢えずは彼としておこう。
彼の方が僕以上に分かっている事も多い。記録されているのは天野幸恵だけの物ではないだろうから。
『お前は図書室で待機だ』
怪禍紙諸録に対し佐鳥さんは「ううん」と首を小さく横に振った。