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第1冊 図書委員少女とただの少年

 

『アンタの事、嫌い』

 

 今までで一番のトラウマになった。

 嫌悪を隠しもせずに、真っ直ぐに事実を突きつけてきた少女がいた。少女、と言うのは余りにも他人事のように取り扱っている感じだ。

 それが、初恋の少女だったというのも必要な情報か。

 言葉のナイフが深々と心に突き刺さった。

 この裂傷は一年を過ぎても癒えず。

 

「…………」

 

 正直な話、僕は踏み込み過ぎたのだ。

 初恋の少女をただ、綺麗なモノなのだと思った。宝石のように美しいだけで、汚点も濁りもないのだと。

 自分勝手な期待を抱いて、濁りを修正しすぎた。

 綺麗なままを保っていて欲しかった僕が、彼女には鬱陶しかったのだ。

 好きな子が、誰かを傷つける。

 それは違うと思った。

 だから、止めた。

 何度も、そうはならない様に。

 

「あの、二宮(にのみや)くん……」

 

 放課後の図書室は閑古鳥が鳴く様に静まっている。それも、僕がここに訪ねていている理由ではあるのだが。

 

佐鳥(さとり)さん」

 

 開いていたノートから顔を上げ、声のした方に目を向ける。

 一年間、この図書室でほぼ毎日の様に顔を合わせる様になっていた佐鳥芽衣子(めいこ)という図書委員の同級生。眼鏡を掛けた、黒髪を三つ編みにした色白の女子。

 

「もう、私も帰るけど……」

「ああ、ごめん」

 

 図書室の戸締りをするから僕も帰らなければならないと言う事だろう。

 

「僕も帰るよ」

 

 僕が図書室を出たのを確認すると、佐鳥さんは図書室の鍵を閉め、看板の向きを変える。

 

「うん。今日も、ありがとね」

「別に、僕も図書室は嫌いじゃないし」

 

 僕と佐鳥さんの関わりが生まれたのは図書室に来る様になってからではなかった。

 

「…………」

 

 そう、僕の初恋が砕けたのは佐鳥さんの事もあってだ。

 結果的には助けた様な形になってしまった自分本位の行動。その相手が佐鳥さんだったと言う。

 たった、それだけの話。

 

「僕は別に佐鳥さんに感謝される覚えなんてのはないんだけど」

 

 勝手な事をしただけ。

 どちらかと言えば、僕の行動は佐鳥さんの為の物と言うよりも、好きだった乙羽(おとわ)さんの為の物だったと言う認識で。

 更に言って仕舞えば、さっきから言っているように僕自身の見たくないモノを見ない様にする為の行動だった。

 

「…………」

 

 だからと言って「感謝なんて辞めろ」と言ってやるほど、僕は律儀じゃない。そもそも僕の好意も、そこから生じた行為も一方的な物だった。

 そんな一方的な物を向けられる本人であったとしても、止める事なんて出来ない。

 

「ただ」

 

 向けられる好意に、感謝に甘えるだけのクズには成り下がりたくないとは思う。

 

「佐鳥さんとは」

 

 変わらずに図書委員と、ただの利用者であると言う関係を崩さない。

 

「……もう暗いな」

 

 流石に一一月。

 晩秋。もう直ぐ立冬に差し掛かる時節。肌寒く、乾いた風が吹き抜けていく。両手をポケットに突っ込んだ。

 

「あ」

 

 帰ろうとして、忘れ物に気がつく。

 図書室に筆箱を忘れていた。佐鳥さんが気がついていたのなら、言ってくれても良かったのだが。

 

「……気が付いてないよな」

 

 少なくとも、これは僕のせい。僕自身のせいだ。佐鳥さんを責めようとしたのは間違いだ。

 

「流石に佐鳥さん帰ったよな」

 

 僕は玄関で靴を履き替え、図書室ではなく職員室に向かう。

 佐鳥さんが帰ったならば、図書室の鍵は職員室に戻されているはずだ。

 

「失礼します」

 

 職員室にいる教師の誰かしらに事情を説明し、図書室の鍵を借りようとしたものの「図書室の鍵……無いわね」と空振り。

 

「まだ帰ってない、か」

 

 おかしい。

 僕に、帰る旨を伝えたのに。

 佐鳥さんは職員室にも行かずに、図書室の鍵を持ったまま何処に行ったのか。

 

「……まあ、鍵は十中八九佐鳥さんが持ってるだろうし」

 

 一旦、図書室を見に行って、居なければ……いや、居ないはずではある。居なかったなら、ここで待っていればいい。

 トイレに寄ってからと言う可能性もあるのだから。

 

「────あれ……?」

 

 何故か、鍵が開いている。

 暗い図書室。

 『close』が表示されたままの看板。僕は音の鳴らない様にゆっくりと扉を開き、閑散とした図書室内に足を踏み入れた。

 

「失礼しまー、す……」

 

 ひっそりと、誰も居ない空間に向けて申し訳なさを感じながら声を発する。

 

「あったあった」

 

 僕は自分の筆箱を見つけ、手に取ろうとした瞬間に見てしまった。

 

「……佐鳥さん?」

 

 暗がりで本を手に持つ佐鳥さんを。

 

「二宮くん?」

 

 お互いの認識は重なったと思う。

 声も重なった。

 

「何で、図書室に……?」

 

 疑問の意味合いが強かったのは佐鳥さんの方だろう。

 

「僕は忘れ物を取りに」

 

 右手に持った筆箱を掲げれば佐鳥さんは「ごめん、気が付かなくて……」と申し訳なさそうな声で謝罪を述べる。

 

「いやいや、僕が悪いだけだから」

 

 それよりも。

 

「佐鳥さん。電気も点けないで、本なんて読めるの?」

 

 古めかしさのある装丁本を抱えている。

 見ようによっては魔術書とも思えてしまう様な、そんな雰囲気を漂わせている。

 

「これは……読まない本だから」

「読まない?」

「詳しい事は言えない。二宮くんには関係の無い事だから」

 

 言われてしまえば、踏み込めない。

 そこが僕と彼女の線引き。

 僕側の線引きが関係こそあれど、図書委員と利用者であろうと言うモノで。彼女の線引きは、関係者と無関係の線引き。それが何についてなのかは分からない。

 

「まあ……でも、僕は忘れ物は見つかったし」

 

 今度こそ帰るよ。

 図書室の扉に触れようとした瞬間に、月光とも人工の灯りとも違う。眩い光に包まれる。

 

「嘘……止まって! 待って! 二宮くんを巻き込んじゃ!」

 

 何を焦っているのか。

 僕には分からない。

 ただ、僕は何かに巻き込まれている。覚えはないが、恐らくは。

 

「佐鳥さん!」

 

 名前を呼んだのは何が起きたかを知りたかったからだ。

 

「……ごめん、なさい。私が……役目を、果たせないから」

 

 謝罪。

 だが、何の事だ。

 

『必然。こうなる事は運命だった。佐鳥芽衣子。そして、二宮(さとし)

 

 傲岸な態度の物言いが響く。

 

『佐鳥芽衣子。貴様には人間を読み解けまい。表面をなぞるだけ。如何(いか)に読心しようとも、貴様は人ではないのだから』

 

 初めから不可能な話だったのだ、と小馬鹿にした様に何者かが言う。

 

『人間を読み解けぬ貴様に、人の心より生まれた怪禍紙(あやかし)を治められる道理はない』

 

 正体は一冊の書物。

 

「……私が、おばあちゃんの後継だから」

『フン、天野(あまの)幸恵(ゆきえ)か。あの女も愚かだ。人間ではない貴様のせいで────』

 

 それは言わせてはならないだろう。

 事実かどうかは分からないが、恐らくは。

 

『ムググ! ムーッ!』

 

 本に口があるかは分からなかったが、あるらしい。僕に抑えられた本は必死に暴れるがどうにもならないのだろう。

 

「佐鳥さん。僕には何が何だか分からないんだけど、巻き込まれた……みたいだから説明してくれる?」

 

 佐鳥さんは躊躇う。

 まだ、僕を巻き込まない方法を考えているのだろう。

 

『ぶはっ! おい、佐鳥芽衣子! 貴様がそうして迷っていれば、より多くの人間を不幸へと誘う事になるぞ』

 

 巻き込むのであれば、この二宮慧で済ませておけ。

 と、書が告げる。

 

「佐鳥さん」

 

 観念したのか。

 諦めたのか。

 絞り出す様な声で「二宮くん、ごめんなさい」と語りだす。

 

「私は、そこの怪禍紙諸録の語る通り……人間じゃないんです」

 

 続けて彼女は自らの身の上を語りだす。

 まず前提として怪禍紙という存在について。

 

「怪禍紙は人の心より生まれ、欲を満たす存在です」

 

 そして、自らは読心の力を持つ怪禍紙の一種であるとの事。

 

『怪禍紙が怪禍紙を封印するのは不可能だ。と言うのも、封印には至らないからな』

 

 怪禍紙諸録曰く、怪禍紙は殺し合う事は可能だが封印は不可能であるとの事。

 

『そして、怪禍紙が死ねば通じていた人間の心が死ぬ』

 

 つまりは廃人状態になるとの事だ。

 

『ただの偶然ではあるが貴様が選ばれたと言う訳だ』

 

 怪禍紙封印の役目とやらに。

 

「そもそも、何で怪禍紙を封印しなきゃいけないんだ?」

 

 僕の質問に答えたのは佐鳥さんだった。

 

「二宮くんは人の願い、人の欲望のどれもが誰かを傷つける物ではないと言えますか?」

 

 それは。

 

「無理だね」

 

 僕にだって覚えがあった。

 乙羽さんを不快にさせた、僕の綺麗であって欲しいという欲望は乙羽さんの心を傷つけていた。

 

『このオレに刻まれていた怪禍紙の発生を抑える結界が経年劣化で消えた。当然、佐鳥芽衣子に結界の貼り直しは出来ぬ』

 

 僕はふと抱いた疑問を口にする。

 

「ねえ、何で佐鳥さんはその結界で弾かれないの?」

『簡単な話だ。発生を抑え込むだけで、元々発生していた物をどうにかする物でもないからだ』

「成る程、ね」

 

 それが佐鳥さんが問題なく存在できる理由。

 

『もう、怪禍紙が踊り出すぞ』

 

 そんなにも早く。

 僕の驚きも束の間、廊下の方から叩きつける様な音が聞こえた。

 

「──ッ!」

 

 飛び出した佐鳥さんを追いかける。

 

「佐鳥さん!?」

『オイ! 二宮慧! オレも持っていけ! オレを置いて行って、お前が行っても役立たずだぞ!』

 

 僕は言われるがまま、怪禍紙諸録を脇に抱えて廊下に出た。

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