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不可逆のケンカ 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ふう、今日の仕事はこれでおしまい、と……どうにか、雨がひどくなる前には帰れそうだよ。

 つぶらやくんも、もうあがれそうかい? 今日は早いし、どこかでメシでも食べていかないか?

 ――大丈夫かね。じゃあ、いつも言っているあのお店でいいかな。



 ふーむ、今日はもう終始ウーロン茶だね。

 肝臓の数値、もはやそこまでいいとはいえない。アルコールはもうほとんどご遠慮状態なんだよ。いやあ、まいったまいった。

 時間の流れと一緒でさ、身体の臓器もまた不可逆な事態に陥ることがしばしばある。

 後になって、ああすりゃよかった、こうすりゃよかったと振り返るのは簡単でさ。そのときそのときは、一生懸命に違いないんだよ。喜怒哀楽すべてに。

 その際の気持ちもまた本物だから、たとえそれが未来の自分だとしても、ヤジを飛ばす観客と同じ。きっとタイムマシンで忠告しに来られても「ほっといてくれ」と返したくなるんじゃないか?


 おそらく、未来の自分自身とてその言い分を理解し、正しく飲み込むのは難しいと思う。

 それが赤の他人、いや赤の他動物であったならば、もはや異文化コミュニケーション以上の異文化聞き役だ。

 その内容は出会って、起きてみないと分からない。

 つぶらやくんも、何かしらネタを探しているんだろう? ひとつ耳に入れてみないかい?



 私の実家の裏庭は、よく動物たちがケンカをしていた。

 猫の額ほど、と形容されるくらいの小さい面積だよ。10メートルにも満たない四方で、ブロック塀に囲まれていてね。テレビとかで紹介される農園とかとは、比べるべくもない広さなんだ。

 その狭さがウケたのか、ややもすると子猫たちの鳴き声が庭にこだまする。

 人間の赤ん坊にも思える響きでもって、彼らは威嚇をし続けるんだ。長い時は数十分、いや一時間以上、声を張り上げ続けることもあったか。

 野生の世界でのケガは、人間社会でのそれよりはるかに致命傷へつながりやすい。

 本当に歯や爪などを用いる時は、武士の切り捨て御免並みの覚悟あってのことだと、私は考えている。

 インファイトで攻めるなら、相手も反撃してこよう。当然、ケガの恐れもあるわけで、中途半端な手負いで済ませれば自分の命にもかかわる。

 だから、本当にやりあうのならば相当の覚悟がいるに違いないと、私は確信していたんだよ。


 だから、あの日のように犬同士がけんかを始めたときには驚いた。

 最初は近所の飼い犬たちが、散歩などで通りかかった犬に吠えたてたのかと思ったんだ。

 このころはまだ野良犬も多かったから、そいつらがちょっかいを出してきたのか、とも。

 けれどもよくよく聞き耳を立ててみると、家の裏手から声がなかなか離れようとしない。間違いでなければ確実に裏庭からだ。

 時刻は夕飯どきで、夏が近いとはいえあたりはほとんど暗闇に包まれている。その中で延々と吠え声が家の敷地内から響くとなれば、気味悪さも覚えるものだろう。


 いつも、この手のケンカを追い散らすのは私の役目なんだが……今回はどうにも、気が引ける。

 あなどるわけではないが、これが猫たちならば音を立てて庭へ通じるガラス戸を開くと、ぴしゃりと騒ぐのをやめるんだ。

 目をこちらへ向けて、しばし静止。そののち、バツが悪いと思ったか熱が冷めてしまったのか、どちらともなくそそくさと去っていく……というのが、毎度のことだった。


 しかし犬同士の、おそらくは争いごとをおさめるのは初めてだったんだ。

 猫のようにおじけづいてくれるかは分からない。もしかしたら、こちらへ向かってきて襲い掛かってくるかもしれない。

 実際に目にしたことはないが、いざというときの犬の戦闘力は高いとのこと。そりゃ本気のかけっこをしたら、満足に勝てる人間などそうはいないんだ。丸腰で挑みたくはない。

 そう思い、庭へ行く前にいったん部屋へ、護身用武器としての木製バットを取りに行きかけたところで。


 ふと、家じゅうの明かりが消えた。ほんの一瞬だけ。

 最初は自分のまばたきかと思ったさ。けれども、二階の部屋にバットを取りに行って、一階の庭手前まで来るまでの、ほんの十数秒間の間に4回は同じことが起きた。

 停電なのか? バットを手に階下へ戻り、家族に確かめてみるとやはり明かりが消えたように思えたとのこと。

 明るさに目が慣れている中での不意打ちということもあるのか、一回、一回の時間は短かったものの、見事な真っ暗闇でつい足を止めてしまうほどだった。

 気味悪さを感じながらも、ベランダの窓まで寄った私。窓に手をかけようとしたところで、またも停電に襲われたんだが、あの瞬間に忘れられないことが起こった。


 触れようとしたガラス戸がね。ふっと消えたんだよ。

 そこにあるはずの手ごたえが、停電のわずかな間だけなくなり、下手に体重をかけかけていた私は、よろめきかけてしまう。

 長くは続かない。明かりがともるや、私の指は手前側へ押し出され、窓が先ほど指のあった空間にあらわれる。家の壁、柱、天井さえも完璧に再現され……。


 ――あらわれる……?


 自分の湧き上がる勘に違和感を覚える中、私は窓の向こうに展開される景色に目を凝らす。


 光源皆無のはずの、家の裏庭。

 その真ん中で絡み合う光が2つあったんだ。いずれも犬ほどの大きさで、ゴロゴロと地面を転がっているようだった。

 その一方が一瞬、光が乱れたかと思うや、家がまたあの停電に襲われる。

 いや、もはや停電じゃない。消失だ。

 様子を見よう窓にかけていて手は、やはり一瞬のうちに自由になってバランスを崩しかけ、また明かりが灯るとともに傾きかけていた身体が、元に戻される。

 あのもつれていた光の一方も輝きを取り返したようだった。また両者は地面の上をのたうち回り始める。


 ――ああ、さっき消えかけた方が完全に消されたら、「負け」なんだな。


 子供ながらにそう直感したんだ。

 その負けは、一瞬の停電にとどまらない。きっと私たちがずっと消えてしまうときなのだと悟ったんだよ。

 介入するべきか、それとも見守るべきか。

 結果的に後者にはなったものの、それはあくまで私のためらいのために過ぎない。

 2つの光のもつれを、私は目で追い、やがて先ほどとは違うもう一方。

 地に組み伏せられた一方の光が、完全に消えてしまうのを見たんだ。残った光も長くはくみしかない。

 ほどなく身を起こして、庭を囲む塀を飛び越えるような動きで、彼方へ消えてしまったよ。



 翌日。

 通学路の途中にある民家のひとつが、きれいさっぱりなくなっていた。一夜にしてだ。

 誰が住んでいたのかを私は知らない。周りにいるみんなも知らない。

 それほど古い建物だったんだ。


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