俺の日常。胸糞を添えて。
「……2,4,6,8,10,11。じゃあ次の部長は満場一致でツナグだな。……これからのバレー部を頼んだよ」
「俺らの後任せたからな」
「はいっ」
いつからだっただろう。部活に来るのが憂鬱になったのは。
あの頃は先輩たちから部長を任されて。チームもだんだんまとまって。皆でうまくなって。充実していた。
なのに今は。
「雑魚に何言われても聞く気ないですし?」
「機嫌悪いからって、僕に当たらないでもらえます?」
「先輩、そんなに下手で……。いい加減やめたらどうですか」
別に殴られたり物を取られたりとかするわけでもないし、実害もない。ただきつい言葉をはくだけ。別に気にしているわけじゃない。だから軽く注意していつも終わる。でもなぜか、心にいつも亀裂が入るような感覚がする。
「先輩、今日もまたセット失敗してましたね。相変わらず雑魚ですね。教えてあげましょうか?」
「……あぁ、そうだね。また失敗しちゃったわ」
今日もアヤトが俺に毒を吐く。アヤトの吐いた毒が、俺の中にだんだんとたまっていく。俺の心は怒りと悔しさでいっぱいになる。
いちいち言わなくていいんだよ。お前だって失敗することぐらいあるだろ。
俺はそう思いながらも怒りを決して口に出すことができない。ひきっつた、笑いをやめられない。
俺は部長だから……一人だけに厳しくいうことはできない。
それに俺がここで切れたら、あいつと同じことをしたら、あいつと同類になってしまいそうだから。俺はそうはなりたくはない。自分の苛立ちを他人に向ける人には、なりたくはない。
――バシンッ!
くそっ。
苛立ちを込めて今まで以上に強くサーブを打つ。
少しはスカッとするけど俺の心は全く晴れない。むしろ俺はずん、と重たい気分になる。
そもそも俺アヤトになんかしたか。むしろ先輩として、同じポジションを狙うライバルとしてちゃんとやってきたはずなんだけど。
あぁもう。どうしたらいいんだよ。
「せーれーつ、気をつけ、れい」
「「「お願いしますっ」」」
「それじゃ今日も練習始めるぞ。えーと今日は……」
「まって。ツナグ。1年三人足りない。多分アヤトたちだわ」
「……おっけい。分かった。俺が呼んでくるわ。その間練習の準備頼む」
あいつらどこ行ったんだよ……。それにしてもアヤトと顔を合わせるのは気が重い。
あったらどうせまた嫌味いわれるんだろうな。ていうか練習の態度もだんだん悪くなってきているし。
「アヤト、なんでそんな飛ばないんだ?」
「先輩とスパイク練習するのに僕飛ぶ必要あります?飛ばなくても出来は先輩とさして変わりませんし」
そう言ってアヤトは真面目に練習しない。気だるげに軽く打つだけ。
なんだそのめた態度は。バレーなめてんのか。ていうかうまい人の言うこと聞けって。
ああほんとストレスたまるな。クッソ。
ちゃんと俺だって叱ってる。部長の立場上あまりきつくは言えないが、毎日毎日毎日、真面目に練習するように言っている。なのにあいつ全然聞かないし。なんで聞かないんだよ。思いだしただけで腹が立つ。
俺はガシガシと強く頭をかく。
あぁ。あいつにおんなじことをやり返せたらどんなに楽しいだろう。スカッとするだろう。
でも……。やり返したら。やりかえしたら。俺がムカついてるアイツと何一つ変わらない。最低な奴になってしまう。でも。それでも……。ちょっとくらいやり返すは許されるんじゃないかな……。いや、でも……。
あぁ。鬱屈とした気分になる。
――ガラガラガラ。
「お前ら、何してるんだ?早く着替えろ。練習始まるぞ」
「いや、こいつがテーピングうまくできないらしくて」
「先輩見てわかんないんですか。バレーやってる人ならわかると思うんですけど」
「すいません。すぐ行きます」
「……。おぉ、分かった。先行ってる」
あぁくそ。心がザワつくな……!るせーんだよあいつ……!
「お、全員来たな。じゃあ改めて。……せーれーつ、気を付け、礼。お願いしますっ」
「「「お願いしますっ」」」
「チーム分けは前決めたとおりに……。っておま、アヤトお前それどうしたんだよ。頬が真っ赤になってるじゃないか」
「先輩に……ツナグ先輩に、殴られました」
「え」
は?どういうことだよ。え。俺殴ってなんかない。ただ早く出るように声をかけただけだ。
「は、ツナグ……お前、殴ったのか?アヤトを殴ったのか」
「い、いや。そんなまさか殴るわけないじゃない。アヤト、何言ってるんだ……」
「いや、僕、先輩に殴られました。準備していたら、『遅い。いつまでみんなを待たせるんだ。いっつも迷惑ばっかりかけやがって……もう部活やめろ』っていって。それで反論したら」
「おい、ツナグ。お前、何してんだよ!」
「え、い、いやだから殴ってないって」
「ぼ、僕たちも見ました」
「先輩がアヤトを殴るところ見ました」
「え」
「おいツナグ……いくら何でも殴るのはないだろ」
「いや、だから誤解だって」
どういうことだ。何かの間違えなんじゃないか。俺は何もしていないのに。何かの冗談に決まっている。
「なぁ、アヤト。何かの冗談だろ。俺が殴ったなんてさ」
「先輩……。しらばっくれるんですか」
「だから俺はやってないって」
「先輩寝言は寝てから言ってくださいよ。さっき殴ってきたじゃないですか」
「だからやってないって」
「あぁ。もう埒が明かないから今日は解散。アヤトは早く保健室で冷やしておいで」
「はい」
は……? どういう……こと、だ?
呆然としている俺にアヤトが近寄ってくる。
「先輩、意外と簡単に罠にはまってくれるんですね。僕びっくりしちゃいました。……もうこのまま、部活やめてくださいよ」
「え」
あぁ……。そいういうことか。アヤトたち三人はグルだったんだ。三人でして俺を嵌めに来たんだ。
でもなんで……おれ、そこまでアヤトに嫌われることしたか。なんでこんなことされないといけないんだ。なんで、誰も信じてくれなかったんだ。なんで、なんで、なんで、なんで……。
数多の疑問が浮かんでは消えていく。俺が黒いもので埋め尽くされそうにそうになる。俺が俺でなくなってしまいそうになる。俺が、壊れてしまいそうになる。
それから俺の毎日は地獄だった。
「ね。なんかあの人一年生殴ったらしいよ」
「あ聞いた聞いた。いきなり更衣室で殴ったって噂」
「えぇ怖ぁ」
「え……なんかこっち見てくるんですけど」
「うけるー」
俺がアヤトを殴ったという噂はすぐに広まった。俺が否定しても否定しても、周りはアヤトの言い分を信じた。実際に頬が赤くなっていたことと、証人がいたことが大きかったんだろう。あいつも変なところうまくやる。
そのうわさ話を聞くたびに、こちらを伺い見るような好奇の視線を感じる度に、音を立てて何かが崩れていきそうになる。
あぁそっか。人から悪意を向けられるってこんなにしんどいんだ。
でもなんで俺はこんな目に合わないといけないんだろう。
部活に行ってもそれは変わらない。皆腫れ物に触るかのように接してくる。
いつもは一緒に笑いあっていた奴だってそうだ。
「ツナグ……えっと、さ。今日のパス練なんだけど。俺、他の奴とやるから、さ。だから……ね。その」
「あぁ……わかった自己練習しとくよ」
「う、うん。ありがと」
「ないすアタック」
「いや、アヤトのトスが上手かったからだよ」
「サンキュ」
あぁ。俺はなんでこんなに苦しい思いをしているのに、あいつはあんなに楽しそうなんだろう。そもそもの原因ってあいつだよな。あいつが俺を嵌めたせいでこんな目にあってるんだから。
またパキッと罅が入る音がする。
「なぁ、ツナグ。……お前、しばらく、部活、来なくていいよ。お前もしんどいだろうし、さ。その……」
「え」
なんで俺は部活までやめないといけないんだ。アヤトのせいで。俺は、部活が好きだった。楽しかった。充実していた。なのに。なんで今はこんな状況になっているんだよ。あいつにも、アヤトにも同じ思いをさせてやりたい。やり返してやりたい。
俺の中の何かが音を立てて壊れていく音がした。
「先輩、何ですか、話って」
俺はその日の部活終わりにアヤトを呼び出した。
「アヤト、単刀直入に聞く。なんで今回俺をはめたんだ」
「あぁ……。そのことですか。簡単なことでですよ。先輩がうざかったからです。……俺は中学ではずっとエースで、一番で、みんなから期待されてました。なのに先輩がいるから……。同じポジションはとられるし、俺は一番にはどうあがいてもなれなかった。でも俺は。俺は、一番じゃなければ嫌なんですよ。一番でなければならないんです」
「は……そんな理由で、嵌めたのか。そんな理由で俺を地獄に突き落としたのか。俺がどんな思いしたかわかってんのかよ」
「知りませんよそんなの。僕はめられたことないですもん。先輩と違って賢いんで。それにバレーの才能がある先輩にとっては『そんなこと』かもしれませんが、僕にとってはそんなことじゃないんですよ。アイデンティティみたいなもんです。……だから先輩を追い出したかったんです。まあ先輩はすごく嵌めやすかったので、そこだけは感謝してますよ」
「だ、そうだよ」
「あぁ……。すまんツナグ。お前が正しかったんだな疑って悪かった」
「え……何でここにバレー部のみんなが」
「俺が呼んだんだよ、無実の証明のために」
「そんな……」
愕然とするアヤトを見ての何の感情も湧かない。やり込めたうれしさも達成感もない。いままで重いものが、アヤトの毒があったところに、ぽっかりと穴が開いてような気がするだけ。
「あと、俺、お前にいいたいことがあってさ。今回のでさ人に悪意向けることのあほらしさとか、やり返すのの無意味さが、良く分かったんだ。それにお前っていう反面教師も学んだし」
「だからさ、アヤト。いろいろ教えてくれて、ありがとね。俺お前の百倍いい人になれるわ」
最大級の感謝を。