結 従者と決着
「エリザベス・サンダーボルト! 俺は、貴様との婚約を破棄させてもらう! 」
パーティー会場に響き渡るのは、公爵令息の声。相手は勿論、エリザベス様である。
パーティー会場で壁に寄りかかり空気に徹していた私達は、先程から目が合わない様に気をつけながら、ガイ・ガネット殿を観察していた。
金髪碧眼の、顔は良いが、馬鹿っぽそうな男だった。
宴もたけなわに差し掛かった辺りで、彼は、そう宣言した。まさか、お偉いさんも集まるパーティー会場で本当にやるとは……。
いや、やらかしてくれないと、我々も介入の機会を失うんだけど。
ちなみに、そのお偉いさん方は皆、顔が引きつっている。そりゃそうだ。
そんな凍りついた場の空気を気にせず、公爵家の馬鹿様は、やれ3日前に、エリザベス様がシレネ嬢の物を壊しただの、2日前に、階段から突き落としただの、昨日、シレネ嬢の顔を叩いただの、といったでっち上げの罪状をあげつらい、まくしたて、最後に、お前の様なクズとは婚約を破棄させてもらう! と、締める。
問題のシレネ嬢は、ガイ殿の後ろに隠れて小さくなっていた。だが、その黒い瞳は、獲物を狙う鷹の様に冷ややかで、ああ、彼女も私達と同じ、本来影に生きる者だ、と直感で悟った。
地味なドレスを着ているのも相まって、その顔は美人ながら没個性的で、印象に残りにくい。
ただし、胸は妙に大きく、男とはやはり、巨乳が好きなのだろうか、と、自分の慎ましい胸と比べて羨望を一つ。
「どうだ!エリザベス。こちらには証人もいる。何か言い訳があるか?」
「ええ。異論しかありませんわ。……ナイトホーク殿、お願いします」
「待っていました」
スノードロップ様は、エリザベス様に手招きされて、彼女をかばう形で前に出た。ついでに、私は、彼の脇に、何かあった時の為、毒ナイフをすぐ抜ける体勢で立つ。
悪名高いナイトホーク家の嫡男が出張ってきた事で、周りの貴族の方々はざわめきたった。
視線には、軽蔑と嫌悪感が混じっている。随分嫌われたものだ。我々が汚れ仕事を請け負っているから、あなた方は身綺麗なままでいられるというのに。
「貴様ら、何者だ!? 」
スノードロップ様は、威嚇するガイ殿にあえて人懐こい目線を送って、挨拶をする。
「どうも、お初にお目にかかります。ナイトホーク伯爵家が嫡男、スノードロップ・ナイトホークと」
「スノードロップ様が乳姉妹にして、第一の従者。アイビー・フォックスバットと申します」
「貴様らの様な木っ端貴族なぞ知らん! 下がれ! 」
「ご存知ありませんか? 一応、それなりに重要な家なのですが……。まあ、それはよろしい。我々がこの場に出てきたのは、この婚約破棄に関係があるからでございます。貴方達の周囲を嗅ぎ回らさせていただきました」
「何? 」
「結論から申しましょう。貴方が今言った事、全てでまかせですよね? エリザベス様を嵌める為の」
「な、何を言う! 無礼な!」
「アリバイがあるのですよ。エリザベス様には」
そういうと、スノードロップ様は一枚の紙を取り出し、彼に突きつけた。それを見たガイ殿の顔が青ざめていく。
紙には、ここ一週間のエリザベス様の行動が、全て記されていた。学校にいる間、常に第三者と共にいる様に、お願いしていたのだ。彼女はそれを忠実に守っていた。
「おかしいですねぇ。エリザベス様がシレネ嬢をいじめる時間など、無い様に思うのですが……共にいたのは教師やクラスメイト達、第三者。確認してくれても構いません」
「し、証人がいる! エリザベスがシレネをいじめた所を見た者達がいる! い、言え! エリザベスの非道を! 」
ガイ殿は、そばにいた貴族令息3人に、嘘の証言を言う様に命じた。
だが、彼らはお互いの顔を見るばかりで、誰も口を開こうとしない。が、スノードロップ様に笑みを向けられると、震えながら口を開いた。
「エ、エリザベス様は……いじめなどしておりません」
「神に誓って、決してしておりません」
「全て、ガイ様による自作自演です! 」
「なっ、なっ、なっ、なっ?! 」
唖然とした表情で、ガイ殿は3人を見る。3人共、ガイ様の派閥の貴族の子らだ。裏切ると思わなかったのだろう。
『根回し』の成果がここで出た。
ガイ殿は、彼らに嘘の証言をさせ、エリザベス様を嵌める計画だった様だが、それは我々にバレた。なので、先に手を打っておいた。
金品で買収できる者は買収し、それになびかぬ者には、裏で入手した人に言えぬ秘密を盾に脅迫した。3人共あっさりとなびいた。仕事が楽で結構な事だ。
「最後に追撃を1つ。シレネ嬢、彼女、隣国のスパイですよ? 貴方がはめられたのです。……どうするんです? ハニートラップに引っかかって、数々の機密を流出させてくれちゃって」
「う、嘘だ! そんな事あるはずがない!」
「疑うなら、これをどうぞ。彼女の正体についての全ての証拠が載っています」
目の前にぶら下げられた紙束を、ガイ殿はひったくる様に取り、読んだ。そして、膝から崩れ落ちる。
ガイ様が読んだ報告書には、他の工作員との接触の瞬間を収めた写真。他の令息に接近し、誘惑し、情報を聞き出す瞬間の写真。
そして、何より、惚れこんだ挙句、最終的に自身の許婚と婚約破棄し、彼女を新たな婚約者にしようとしたガイ殿が、流石に邪魔になったので、折り合いをみて始末しようとしていた計画の詳細などが事細かく書かれていた。証拠として大量のトリカブトと河豚を、彼女が購入した形跡があった。それを使うつもりだったと考えられる。
「シレネ・ハブ男爵令嬢。貴女を逮捕します」
「……私の正体に気付くとは、敵ながら見事です」
冷たく、我が主に告げられたシレネ嬢は、無表情のまま、両手を上げて、抵抗の意思が無い事を示している。
「しかし、詰めが甘い」
彼女はそう言うと、おもむろにドレスの胸に手を入れた。果たして取り出したのは、一個の手榴弾だった。
「!? 」
私は驚愕した。巨乳だと思ったのは、ドレスの胸部分に手榴弾を入れていたからだったのだ。毒ナイフを抜くが、彼女が、手榴弾のピンを抜いて投げる速度の方が早かった。
「アイビー! 危ない! 」
私の方に転がってくる手榴弾。数秒後には炸裂し、私はそれに巻き込まれて死ぬ。
とっさに、床に伏せたが、手榴弾との距離が近すぎる。
あぁ、これは死ぬな。
そう、死を覚悟した。短い人生だった。せめて、告白の答えを聞いてから死にたかったな。
「好きな人を殺されてたまるか! 」
死を前にした私を尻目に、スノードロップ様は、手榴弾の上に覆いかぶさった。
「スノードロップ様! 」
* * *
その後、ガイ殿は、公爵家を勘当され、監視付きで辺境の地へと流罪になった。
やらかし具合を考えると、死刑になってもおかしくなかったが、エリザベス様が命乞いをしたのだ。愛した男への最後の慈悲だった。
が、最後の彼女からの慈悲を、ガイ殿は何か、勘違いしたらしい。自分にまだ、気があるのだと勘違いした彼は、あろう事か、毎日の様に気持ちの悪い言葉を綴った、復縁を迫る手紙を送ってくる様になってしまったらしい。
エリザベス様も、当初は真面目に相手していたらしいのだが、そのうち、辟易してきた様で、最近は中身も読まずに、薪の火種に使っているそうだ。
その手紙のお陰で、彼への愛も冷め、新しい婚約者探しに邁進している。彼女の家柄と性格なら、そう遠くないうちに良い相手が見つかるだろう。
シレネ・ハブの方は、手榴弾を投げつけた後、すぐに取り押さえられた。現在は城の牢の中で、厳しい取り調べが続いている。隣国のスパイ網の解析に繋がれば良いのだが、所詮彼女も末端の1人に過ぎない。まだまだ捜査は難航しそうだ。
* * *
そして、私達はというと……。
「見てくれアイビー! 首長竜の復元模型を作ってみたぞ! 可愛いだろう! 」
「……いや、検査入院から帰って、初めにする事じゃないでしょ。それに、可愛くは無いでしょう。歯が凄い尖ってるし」
「そこが可愛いんじゃないか」
「貴方のセンスはよく分かりません……。それに、その復元、おかしくないですか? 頭が尻尾の位置についてません?」
「そこに気づくとは、流石だ。ツッコミを入れるかどうか気になって、わざと逆につけてみた。大分アイビーも古生物に詳しくなってきたじゃあないか! 」
「いけない。別に古生物に興味は無いのに、詳しくなってきている……」
いつもと同じ日常を送っている。
目の前にあるのは、スノードロップ様が作った首長竜の模型だ。
「……手榴弾に覆いかぶさった時はどうなるかと思いましたよ」
シレネ嬢が投げた手榴弾。あれは幸運な事に、スモークグレネードだったのだ。スノードロップ様はピンピンしている。煙幕に紛れて逃げる算段だった様だ。スノードロップ様が覆いかぶさった事で、煙が上手く広がらず、結果的にシレネ嬢の逮捕に繋がった。
先程、検査入院から屋敷へ帰還した所だ。
「……好きな女の子が危機の状況で、動かない訳にはいかないだろう?」
む? 彼が変な事を言った気がする。
「……今、なんと? 」
彼が、さらりと言った事を、私は思わず聞き返した。
「……告白の返事だよ。好きな女の子と言った。LIKEじゃない。LOVEの方」
「そ、それはつまり……」
「俺達、両想いだったって事。……アイビー、俺の嫁になってくれないか? 」
さすがに、照れているのか、スノードロップ様は美少女の様な顔を赤くしている。
「え、え、え。いつからですか? 」
「昔から」
「私の片思いだと思っていました」
「俺も。アイビーに告白されるまで、俺の片思いかと……」
「……」
「……」
首長竜の模型を間に、少しの気まずい時間が流れる。スノードロップ様の事を女心が分からないと言ったが、私も人の事ばかり言えなかった。彼の恋心に今まで気づかなかったのだから。
「あの……ふつつかものですが、よろしくおねがいします! 」
「こちらこそ」
少しの沈黙の後、どちらともなく、唇を重ねた。
これからも、家の役割上、何度も危機が訪れるだろう。だが、何となくだが、私達2人なら乗り越えられる気がする。
「変人の妻になる事に、躊躇いは無いか? 」
「元々、変人の乳姉妹ですから。今更ですよ」
「それもそうか」
私達は、そう言って微笑み合った。
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追記:まさか、本当に爆弾テロ起こす奴出てくるとは思わんやん……。4月21日、内容を少し修正。皆は、少しでも被弾面積を小さくする為に、爆弾を見かけたらすぐに地面に伏せましょう。