転 従者と準備
「どうです? 進捗」
「エリザベス様を嵌めようとしている事は、すぐ裏が取れた。この話、結構ヤバい話かもしれない」
「ヤバい話? 」
「公爵家の馬鹿様の事は良いんだ」
ナイトホーク家の屋敷、スノードロップ様の部屋にて、私達は、婚約破棄の謀略に対する対策を練っていた。
エリザベス様から、婚約破棄阻止の依頼を受けて、はや、3日が経っている。
あの時点で、ガイ様が婚約破棄を仕掛けてくるはずの日まで、その日を入れて1週間。それまでに、彼がエリザベス様を罠に嵌めようとしている事の証拠を掴むべく、今、家の密偵も使って調べ上げている。
冤罪でっち上げの証拠はすぐに上がった。すでに、対策も講じてある。
「流石に、俺もこれ以上、このドラ息子の顔と話は見たくない。頭が痛くなってくる。馬鹿様は、今度の卒業パーティーで婚約破棄をするつもりだ。その時、俺達がカウンターの形で、これらの証拠を大公開。といこう。お偉いさんも多数いる中で、ここまでやれば、奴は色々な意味でお終いだ」
「少なくとも、もう公爵令息としてはお終いですね。自分の婚約者を嵌めようとして自爆、など」
「まぁ、長い目で見れば、公爵家にとっても良い事だろう。こんなアホが後を継げば、必ず揉める。ここで、破滅してもらおう。問題は……この女だ」
スノードロップ様は、公爵令息の個人情報が書かれた書類から目を、『浮気相手』の女、シレネ・ハブの書類の方へ目を向けた。
「こいつの正体が、中々分からなかったんだ。ハブ家なる家は、帝国に存在しない」
「存在しない? 」
「ああ。厳密には、少し前に断絶している。だが、巧妙に偽装され、さも、ハブ男爵家が現存するかのようになっている。少なくとも、書類上は」
「……一体、何者なんですか、この女」
私は、不気味に思いながら、女の写真を見つめる。美人だが、茶髪ロング、黒目、華奢な体型の一見、どこにでも居る様な外見で、あまり印象に残らない不思議な雰囲気の顔だ。
「それを今調べている」
そう言うと、スノードロップ様は、私が入れたコーヒーを飲んだ。
「ふぅ、美味しい」
「お褒めに頂き、恐悦至極。ところで……私の告白の話、どうする気ですか? 」
「……それを今聞く? 」
「尻を叩かないと、貴方は必ずのらりくらりとかわし続けますから。はいか、yesでお答えください。即答でお願いします」
「……」
圧力をかけると、流石のスノードロップ様も意を決したのか、それまで座っていた椅子から腰を上げた。
そして、私の両肩を掴むと、一見、美少女の様な顔を、真剣なものにする。小柄な体型なので、私を見上げる形になっているのが、可愛らしく、いつまでも見ていたい。
「……アイビー」
「スノードロップ様」
「俺の気持ちを伝える、俺は……」
その時である。部屋の扉が勢いよく開かれた。入ってきたのは、ナイトホーク家に仕える密偵だった。
「ご報告! ご報告です! ……お邪魔でしたか? 」
「ああ、お邪魔だった」
「これは失礼を……。しかし、本当に一大事です! 」
「なんだ、一大事とは? 隕石でも落ちてきたかい? 」
「あのシレネとかいう女の事です。あの女、隣国の工作員です! 」
「何!? 」
密偵の持ってきた情報は驚愕的なものだった。
端的に言うならば、シレネ・ハブは、隣国のスパイであった。
現地協力者の支援を受けて、男爵令嬢として学園に潜入。そこで、情報を収集し、本国に送っていたらしい。
公爵令息は、まんまとハニートラップに引っかかったそうだ。どれほどの機密が流出したかと思うと、頭が痛くなる。
「最近、近隣のラノダコールという国が戦争で崩壊しました。その際、多数の難民が帝国へ流入しています。このどさくさに紛れて潜入したのでしょう。お館様に報告し、シレネ嬢をすぐにしょっぴきましょう」
「いや、間の悪い事に、父上は帝都の屋敷から田舎の領地に視察に行っている。帰ってくるのは一週間後だ。……手紙を出そう。それからエリザベス様にも」
それからは少し、バタバタした事もあり、告白の成否確認はお預けとなった。
果たして、2日後、早馬でお館様から帰ってきた返信には、「勝手に公爵令息と侯爵令嬢の諍いに首を突っ込んだ事は、褒められた事では無いが、その過程でスパイを見つけ出した件は見事! この件、責任をもって自身の力で解決しなさい。引き続き、アイビー・フォックスバット以下、家中のものは使って良い」とあった。
将来に備え、経験と実績を積ませたいとみえる。
証拠をまとめながら相談し、告発は、やはり公爵令息が婚約破棄を言い渡すタイミングで、横槍を入れる形でする事にした。婚約破棄騒動の、その場でシレネ・ハブを取り押さえる。
悪目立ちする形になるが、証拠をまとめ、皇帝陛下以下、周囲への根回しをするのに1日使ったから時間が無い。強硬手段だ。
そして、卒業パーティー当日の今日、私達は、誰も居ない校舎裏で、証拠の最終確認を行っていた。
我々は卒業生では無いので、そこまで忙しくない。この後、講堂で行われるパーティーに紛れ込んで、公爵令息が婚約破棄を突き付けたタイミングで、カウンターで彼の謀略(と、いえるかどうかも微妙なお遊び)を看破し、ついでに一緒に居るはずの、シレネ嬢の正体を証拠と共に発表し、その場で取り押さえ、逮捕する。
「ところで、スノードロップ様」
「ん? 」
流石に緊張しているのか、彼は、証拠の書類の最終確認の手が震えている。自身の手で全て指揮した仕事の総仕上げだから、無理もない。
「この仕事が終わってからでいいので、返事、聞かせてくださいね」
「返事……ああ、あの件か……答えは出ているよ」
「……ゴリ押しした私が言うのもなんですが、貴方の今後の人生に関わる事です。身分の差もあります、私なんかより、もっと、魅力的な令嬢の方も沢山おられます。くれぐれも、後悔しない選択肢を選んでくださいね」
「答えは出ていると言っているだろう」
そう言うと、スノードロップ様は、微笑んだ。
「とりあえず、まずは目の前の仕事を片づけてしまおう。楽しい事は後に取っておくものだよ? 」