地下が地下たる所以
地下13階は、とても暗いところだった。
それまでの層では、どこからかぬるく平等に降り注ぐ光があった。発生源を探ろうと記憶を思い起こしても、それはわからない。なぜか……その地では影がなかった。ここには、ある。黒服の男たち自身は光を発さないが、その周りにうっすらと光を発する薄いヴェールがある。それ以外の空間は、暗い。靄や塵などの浮遊物があって視界が確保できないのではない。靄を靄と認識させるには、それを照らすなにかがなければならない。
《ここは——、地下11階から生き延びてきた人間に、支配とその受諾を誘導するためのものだった。》
それを理解はしないまでも、ジェイドには黒服たちの見下すような視線と態度が気に障った。そして、ただでさえ同胞意識が薄く、かろうじて、厳しい環境で生き抜くためにリーダーを立ててまとまることもあったが所詮は群れであった下層民たちを、視覚的に分断し、生命さえも管理下に置く。その傲慢を、肌で感じ、腹の臓に苦いものを生じさせた。
「なってやるよ、地下のアンダーグラウンダー。抵抗者であり続けるために」
《やっと決心がついたか——我が息子よ》
「むすこ? なんだそれは」
血縁という概念は、この世界の住民には存在しない。気がついたらこの世界におり、生き抜く術を学ばされるだけのこと。ジェイドはこの世界に、赤子の状態で始まったが、誰もが飢え、奪い合う地下11階で赤子が存在できるのは、極めて稀なことなはずだ。
地下12階からの人間の流入もある中、ジェイドは行き抜けたのは奇跡というもの。誰もが赤子であって、一律に成長したわけでもない。
自分はどこからきて、今どこにおり、どこに向かおうとしているのか、ジェイドは知らない。知るべきことであるとも思わない。——少なくとも、その必要性がないからだ。
きっと、人間はよくかき混ぜられた泥水のように、誰かがかき混ぜるのをやめてしばらく経った後にできた、底たまりのようなものなのだろう。だからこそ、このような扱いを受けているのだろう、と。
しかし、下層民を惨殺した黒服たちと、ジェイドたちの見た目は、それほど変わっているとは思えなかった。
黒服たちが、揺らいだ。初めは、彼らの着る服が風でたなびいたのだと思った。しかし、ジェイドは有意な時間を待っても、そよ風すら感じなかった。彼ら自身の、肉、すなわち存在の輪郭が、周囲の空気と溶けていっているのだとすぐに気づいた。
それは、ゆらりと消えた。まるで、ジェイドの泥水の連想を裏付けるように——黒服は、底たまりの泥と違って無に還ることができる、清い存在なのだと印象付けるように。




