自由と支配
どうしようもない。地下13階に行かなくてはならない。生きるも死ぬも、委ねる。誰に? 誰かに。
押され蹴られから、反転。むしろ、己が意志で人混みを掻き分け先に進む。緩やかなカーブは、先ほどジェイドが転移した空間を中心としているように見える。あの空間が何だったのか、ともかくも生き抜かなくてはわからない。
戻るという選択肢はないとジェイドは感じていた。何か恐ろしいものの片鱗を知ってしまった以上、知り尽くさない限り解放されることはない、そんな強迫観念が身の裡に住み着いた。
出口の、一歩手前。ジェイドは大きく息を吸った。
地下12階から降りてくる人間を殺すその人たちを、人殺しどころではなくさせる言葉を。
「支配されるな! 自由であれ!」
何の保証も理屈もなかった賭けだった。しかし、何者からは動きを止める。彼らの手にあったのは、小さな黒い塊——それを持つ手の指す先には、傷の見えないのに流血があり倒れている人たち。
本能的な危機感から、ジェイドはナイフを構えた。しかし、遅かった。何者かがその塊に指をかけたその瞬間、腹のあたりに熱いものが流れているのを感じた。痛みも感じないのに口から漏れるうめき声が、傷を負わされたのだということを否応なく知覚させられる。
『自由、だと?』
黒い服に身を包んだ者が、口を開いた。それは、あの空間で聞いた機械的な声にどこか似ていた。
『お前らに自由などというものがあると思っていたのか』
冷たく突き放すような口振りは、ジェイドの意図していなかった怒りをジェイド自身に芽生えさせた。
人類に対して功労があればあるほど、有害物質のあふれる地上から離れた楽園に行くことができる。そんな嘘で覆い隠していたのは、下層民の虐殺に過ぎない。この、人類の最後の砦と言われる地下都市において、誰が支配し、誰が支配されているのか。この黒服たちは、なんの意図があってこのようなことをしているのか。
こんなことがあっていいのか。君たちもそう思うだろう?
燃え上がる炎は、ジェイドだけを焼き尽くしたらしい。振り返れば、同胞たちの屍を踏み越えて、何の感傷もなしに歩き進む。そう、彼らには同胞という概念すらないのだろう。一歩前を進んで死んだ者と生き永らえた者の間に、特別な差があると思っている。生者には生きるに足る理由が、死者には死ぬに足る因果が。
支配者というものが存在するとして。その者には何の区別もないゴミのような人々だと見做されていて。何の感傷もなく人間が死んでいくのを見られていて。自分たちはなぜ、特別な存在だと思えるのか。運によって分たれた生死であるのに、なぜそんなに整然としていられるのか。
ジェイドには、何もかも馬鹿らしくなった。
『地下のアンダーグラウンダーになれ』
あの声が、また聞こえた。