地下のアンダーグラウンダー
地下12階から地下13階に向かう手段は、今までの階段とは異なっていた。通路の入り口には物言わぬ人員が七人立っており、許可なく立ち入ろうとした者は問答無用で射殺される。だが、その七人も、有事とあっては、なす術もなかったらしい。一つのフロアに収容されている全員が殺到したが、七人は最初の数人を射殺した後、自ら道を譲ったように見えた。さすがに、人間の肉の下敷きになって死ぬのは嫌だったのだろうか。その光景にわずかに違和感を覚えたが、人にまみれて走るうち、それも忘れてしまった。
七人がいた場所を通り過ぎると、誰もが面食らって足を止める。後続が苛立って前の人間を強く押したり叩いたりするが、その後続も前に出たならば足を止める。通路は先に向かうほど明らかに狭くなっており、大きくカーブしてその先が見えないようになっている。横並びの人を押し退けて先に進む者、足を怪我したのか遅れをとる者など様々だった。いや、違う。怪我人の横を通り過ぎたときに彼の顔を見たが、その顔に浮かぶのは苦悶ではなく、恐怖と好奇が入り混じった感情だった。
まるで、地下12階の人間が入ってくることを拒むような構造。大勢が殺到した、まさに今のような状況下で、地下13階に一度に侵入する者を少なくする曲くねった細い道には、出てきた者を確実にに仕留めるといった意思を感じさせる。
「——おかしい。全員がここに向かって走っていたと思い込んでいたが、入り口の近くにいたのに動かなかった奴もいた。あいつはなぜ、ここに来なかった?」
もしかして——。思い当たることが、ジェイドにはあった。通路近くにいるということは、あの男は地下13階から「上がってきた」者なのかもしれない。もし、男が何らかの罠を知っているのなら、このまま進むのは命をドブに捨てる行為なのかもしれない。
ジェイドは怪我人となった。
しかし、困った。進むも戻るも難しいので、ジェイドは壁に体を押し付けて後続を通さざるをえない。さもなくば興奮状態にある集団にタコ殴りにされるか、力のままに押されて息もできずに死ぬしかない。
息を思い切り吸い込んで、目を瞑り小さくなる。肩身が狭いとはこういうことを言うのだろう。たった今、目の前で失神した女性が後続の男女に続けさまに蹴り飛ばされたのを見てしまったからだ。それから彼女がどうなってしまうのか、見るのも憚られ——
「あ……? 今、変な感じが」
——反転。瞼を開けば、見る世界が……いや、立場と言うべきか。ともかくも、見える世界がひっくり返っていた。
目の前には、ついさっきまでジェイドが居た狭い道がある。しかし、そこに壁はない。なにも隔てるものがないはずの場所に、多くの人たちが混雑しながらもがき進んでいた。
そうして視線を左に滑らせたなら……。そこには、この道の出口が見えた。
「そん、な」
地下13階に到達した人間の三割が、その地に足を踏み入れた瞬間に死んでいた。
まるで、曲くねった道はこの視座のために作られたような、俯瞰。出口では次々と人が倒れ、後続の人々がより効率的に出てくることができるためにか、手際よく脇に投げ捨てられる。
「処刑場」
「その通りだ」
何者かの声がした。
「誰だ?」
「ようこそ、アンダーグラウンダー。お前は地下の外れ者となれ」
「地下の外れ者……?」
声は続けた。
「地上に住まえなくなった命の吐き溜まりが地下都市ならば、その空間の外れ者は、支配者となろう」
声はどこか機械的で、反響しているように感じられる。しかし、道を俯瞰するこの空間の構造はおろか、どこまで広がっているのか、果てはあるのかもわからない。
「何の話だ、質問に答えろ」
バチ、と背中に痺れが走り、服が裂けた音がした。ジェイドはまた、狭い道の中に戻された。