布切れの用い方
ジェイドが手にしたたくさんの布切れは、手のひらくらいのサイズのものが40枚ほど。どう使うのか検討もつかず、かといってつい先ほどまで武器を振り回していた周囲の人たちに訊ねる気にもならず。ただでさえ視界の悪い階層で戦闘によりさらに巻き上げられた砂埃が静まると、人々は戦いなんて起こらなかったかのように、黙って座り込んでいた。
少し前にそこで戦闘があったことを示すものは、周囲よりもそこだけ、危険な汚染物質を含む砂埃の濃度が高いという客観的な事実のみ。激しく動いた後で急に身体中の筋肉の緊張を解き、ゆるゆると重力に逆らわず楽な体勢で座り込むのは、その階層に長くいたことで身についたある種の芸なのかもしれない。
動き回っていたモノが急に動きを止めるのは、息が絶えたようにも見える。彼らがそうではないことは、時たまギョロリと動く目玉と、浅く膨らんでは戻る胸板からしかわからない。
それはそうだ、この階層では呼吸すら憚られる。しかし一瞬一瞬をを生き延びなければならぬという地下11階ほどではない。人間は、この階層では保身というものを覚えるらしい。
ジェイドはしばらく考えた。周りの人間に訊ねることは憚られるが、また戦って無理に引き出すのも骨が折れる。現に、ジェイドの呼吸は荒れている。しばらくは激しい運動はできないだろう。
ああもう面倒だ。せっかく勝ったのに、ここで酸欠で倒れてしまっては元も子もないではないか。そうか。だからこそ、この階層の人間は戦いを避け、藪に潜むヒルのように、何も知らない獲物が上の階層から落ちてくるのを待ち構えているのだ。
人間の個としての意識は高まった。それだのに、人間はまだ、群れのままだ。そのことが、なにか物凄く残念だった。
残念だった、のだが。
「————ッ、スーゥッ、スーッ」
激しくやり合った後で、その布の使い方をジェイドに教えるつもりはなかったのだろう。ただ、汚染物質には勝てなかった。人間の、生命としての本能がそうさせたのだ。ジェイドも感じていた息の苦しさ、それでいて他人と協力する意識はなく、ただ浅く長く息をするだけの生き方。それが、結局、ジェイドに生きる知恵を授けることになってしまう。
結局は、人間とはそういうものだ。群れで生きる種でありながら敵対し、しかし群れ全体が生き延びる向きに流れは向かう。決して彼ら自身が絶滅を望むことはなく、そうなることもない。
——これは、もしかしたら人類の希望なのかもしれない。こんなにも愚かしく、浅ましく、非力な存在であるがゆえに。
一人が布切れを重ねて胸いっぱいに空気を吸い始めると、雪崩のように他の者たちも同じようにやり始めた。ジェイドもまた、先達に倣い、布切れを口に当てて、深く、深く息を吸った。