改変後の世界の案内人
地下15階にいつのまにか到着していたジェイド。地下14階の記憶がなく、その前後の記憶がざらつく。思い出そうとすると後頭部から耳の辺りにかけてズキズキと痛むのだ。ジェイドはそんな自分に戸惑った。目の前に広がる奇妙な光景を、ただマジマジと眺めていた。
そこでは、誰も破れた布を身に纏っていなかったし、人それぞれ着用している衣服の色が異なった。ジェイドは目をパチパチと瞬かせる。色彩が目に痛い。灰色の世界から紅葉と花畑の真ん中に落とされた状態だったが、そういう風に比喩する経験も持ち合わせていない。
体がムズムズする。ジェイドはぐらり、と視点が揺らぐのを感じた。と同時に、それまで自分自身が立っていたことに驚いた。
ピンと張った糸で天井から吊り下げられていたように、どこに力を入れるわけでもなく二本足で立っていた、その危うさ。案の定、そんな状態で長く立っていられるわけもない。
「ぅ」
「あ」と無意識に言ったつもりが、意図しない音になって口から出た。その後に続くはずだった言葉は掠れてしまい、音にすらなってくれない。受け身もとれずに惨めに倒れ込んだまま、どっやって立ち上がったものかと思案していた。
「君、どうしたんだい? こんなところで」
ジェイドの後ろから声を掛ける者がいた。声色は優しかったが、なにせ記憶も頼りなく不安が募っていたこともあり、ジェイドは体をかたくする。
「そう警戒されてしまうと、傷ついてしまうなぁ。まぁいいよ。そのナリから推測するに、上層階から落ちてきたんだろう? こんなことは滅多にないこと」
声の主がジェイドの視界に回り込み映る。
「さぁ、見てごらんよ。いや、もう思い知ったかな? 皆、君が上から降ってきたことを快く思っていない。眉を顰め鼻をつまむ御婦人、見なかったことにする紳士たち」
声の主は黒く裾の長い服を着た男性で、ジェイドの視線を誘導するように視界から退き、左手で風景をなぞってみせた。初めてその光景を見たときは華やかだと感じたそれが、今まで生活していた上層階と同じく愚かで醜悪に見える。
首を左右に目一杯動かして目を見張って、やっと一人、同情的な人を見つけても、視線が合いそうだと勘づかれたのかすぐに視線を逸らされてしまう。
「甘いね。推測するに、同じ境遇の同胞を探そうとしたのかい? 上から人が落ちてくるのは滅多にないって言ったよね? 五十年に一度あるかないかさ。人が生まれ老いていく年月にしか増えない人間が、連帯できるとでも思ったのかい?」
「そんなつもりは……」
ジェイドはボソボソと呟いた。ただ、哀れに思ってほしかったのだと。しかし、それが自分自身を一層惨めにすることにも気づいてしまった。




