にんげんぎらい
聞き馴染みのない音がして、地面がぱっくりと割れた。部屋の一端と一端からぐにゃりとお互いに向かって弧を描いて裂け目ができ、繋がって穴になる。この空間の中心部へ向かって裂け目は大きくなっていく。ジェイド以外の人間たちは裂け目をうまく避けていた。その穴の様はまるで、人の口のようで、ジェイドは成す術なくその中に落ちていった。
サラサラと頬を撫でるものが鬱陶しく振り払おうとするが、払えない。背中から落ちていく最中に、ヒラヒラと後方から頬にくっついては離れていくなにかがある。
「ア……う」
身に纏いつく不快感をうまく言い表せない。虫の類いか、砂埃の類いかと思い、その気色悪さに耐えかねて空中で身を翻そうと試みる。だが、どう頑張っても身を捻った分だけ足側が反対側に捻れるだけで、埒があかない。
埒があかないが、わかったことがある。ジェイドの醜態を嘲るように頬をくすぐっていたのは彼自身の長く伸びた髪の毛だった。
高所から落下している危機的な状況にもかかわらず、ジェイドの関心ごとは鬱陶しさであった。その不快感への怒りと不満だけがどんどんと募っていく。
家に強盗が入ろうが、熱湯の入った鍋が倒れようが親の決死さも知らずに癇癪を起こす乳飲み子のような、退化した自我と感性。哀れなことに、ジェイドは「都市の維持のために人間が犠牲にされる矛盾」への疑問など忘れてしまっていた。
そうして、混乱する脳裏にふと思い出されるのは、自分が穴に落とされていくのを無表情のまま見送ったあの人間たち。驚くほど無表情、無感情で、その顔は皆同じに見えた。
「許せない……僕だけ見殺しにするなんて」
あの人たちは、地面がパックリ割れることを事前に知らされていたのか、それともあの人たちにだけ、裂け目を事前に察知する能力があったのか。
「フゴウカク、と誰か、あの中の誰かが言った」
なにが不合格なのか、不合格ならばなぜ落とされなければいけないのか。
「そんなことは、どうでもいい。頭が熱い。胸がズキズキする」
怒りという感情に身を任せることしかできず、ジェイドは漆黒の闇に飲み込まれていく。
それにしても、いつになったら次の階層に着くのだろうか。そのことを疑問に思うのが、あまりにも遅すぎたらしい。
「ッたっ!」
背中を強く殴打した。しかし、死にはしていないらしい。あれほどの高所から落ちた割には、ジェイドにとって地面がやけに柔らかく感じられた。




