臍の緒
深層階への扉は死体の下にあった。その死体が自ら消えて、扉が現れた。それは、死体が道を譲ったようにも思え、死体が退路を閉ざしたようにも思えた。
死体とともに消えた、色白の男の子の言葉が迷いとなって、扉にかける指を震わせる。
「えっ」
扉には指をかける金属でできた輪がついていた。当然、扉を引き上げて、その下には階段か何かが続いているのだと思っていた。その扉が、突然押し抜けるとは思わない。
扉の輪っかに指をかけたその格好のままぬるりと滑る。空中で体勢を変えられるほど器用ではない。そもそも恐怖で意識を保つのがやっとだった。
さっきの宝石のように、自分も脆く崩れ去るのだろうか。あの宝石は、少し後の自分を予言したものだったのだろうか。ジェイドは、ただ答えのない問いをぐるぐるとこねくり回すしかない。
ぬるり、落ちていくジェイドの首に、トクトクと脈打つ糸が絡まった。
ジェイドが落ちていく速度に合わせて伸びていきながら、緩やかに首を締め付ける。そして、丁度ジェイドの足が地下14階の地面に着くくらいの高さで、ジェイドの首は吊られ、足がぶらりと力なく、頭部と上下を入れ替わった。
人は首を吊られてどれほど生きられるのか、その脈打つ糸は知っていたのだろうか。首に極度の衝撃が掛からないように優しく締め上げたその糸は、地下13階の地面から地下14階の地面まで繋がっていた。
よく見ればそれは、人の拳が入るくらいの太さの四、五本の管が互い違いに絡まり合って一つの集合体を成しているようだった。
ぶらりぶらりとぶら下がりながら、どれほどの時間が経っただろうか。首を吊らされてから息ができないことに気づくまでだから大した時間は経ってないはずだが、ジェイドは不思議なことに長い夢を見ていたような感覚に包まれていた。
自分が生きていることに気づくと、体は当然生きようとする。慌てて身をくねらせると、太い糸はやや乱暴に、ジェイドを地面に放り出してみせた。
そこは——無機質な世界だった。人が死ぬことはないらしく、人間の肌に傷は少なかった。鼻の奥に染みついた血の匂いもしない。ただ、人の顔に感情がない。
人はまるで——脈動する糸の世話をしているように見える。それも、放蕩息子が老いた母親を看病するように甲斐甲斐しく。あるいは、怪我をさせた側が、怪我をして動けない人間の靴紐を結んでやるように。
いずれにしろ、それは義務感を伴う、贖罪に近いもの。生かされてしまった者たちの、悔いと憂いが充満した空間だった。