砕けた宝珠は
手のひらを鮮血が伝う。冷たい針が皮膚の下を這っている感覚に、ジェイドはその場に立ち尽くすしかなかった。
それはあまりにも、不吉な予兆。己にとっての理想郷が、己の手によって崩れることを示唆しているようで、ジェイドはしばしの間、震えた。
「ねぇ、なにしてるの?」
ジェイドは振り返った。ジェイドは一瞬、声の主が何かを判別できなかった。薄暗い地下都市の、つい先程まで命のやりとりがあった血生臭い場所に、どこから来たのか、色白の子供がちょこんと座り込んでいる。
「ぼくだよ、ぼく。汚い死体ばっかり見ないで、こいつらはもう何も語らない」
ようやく自分を捉えたジェイドの視線を確認して、白い子供は語る。
「ぼくは、生きてる。君も、生きてる。死んだ人間のことなんて考えるのはよそう。この世界は、生きている人間たちのためにあるべきだ」
「死んだ者の意思は、どうでもいいと?」
子供の目が怪しく赤く光った。しかし、その光はすぐに衰えた。ジェイドに思考の隙を許さないためか、子供は大きく甲高い声で笑う。
「そんなこと、言ってないよ。面白いね、お兄さん。ぼくはね、死んでしまった人間たちのことは救えない、と言っているんだ」
「僕は別に人を救いたいわけじゃ……」
「いんや? お兄さんは人を救おうとしているよ。こんな世界で苦しんでいる人のために世界を変えるって。傲慢だね」
傲慢、という言葉にジェイドは引っ掛かりを覚えた。そんな言い方をされていい思いだっただろうか? と自身の心を見つめる。それを見透かしたように、子供が言った。
「君、自分のこと考えたでしょ」
トクン、心臓が跳ねる音がする。違う、とは言えなかった。
「しょせん革命なんてエゴなんだよ。だったらいっそのこと、とことんエゴを追求してみない?」
眉をひそめ、腕を組む。ジェイドは人が人を殺し合う世界にずっと嫌悪感を抱いてきた。そのことは正しいことのはずで、それを貶されなければいけない覚えがない。本当に、わからない。
「まぁいずれ、ぼくの言ったことがわかる日がくる。待ってて、ぼくはお兄さんの味方だよ」
肩を組みながら作っていた握り拳をより強く握る。手の指の爪が、宝石を割ったときの手のひらの傷に触れる。
「痛」
思わず目をつぶって、まぶたを開いたら、もうそこにあの生意気な子供は存在しなかった。
そして、子供が座っていた骸が退かされており、その下に埃を被った下階への通用口の扉が目に映った。




