石と砂と
ジェイドは立ち上がり、目の前の人間を倒した。人間は呆気なく死んだ。そのことに、ジェイドはもはや何も感じなくなった。正義のために、小さな悪をなすことを、矛盾とは思わなくなった。
地下14階への通路はどこにあるのか、ジェイドは思案する。兎にも角にも、地下へ深く潜り、人間を支配する実権を得る。この世界をより良い世界に変革する。自分がやりさえすれば、すべてうまくいく。絶対に自分でなければならない。
根拠なき確信はその身を破滅させることが歴史の常ではあるが……
「……ん? これは」
壁を伝って歩いていたら、ふと指先に硬いものが触れた。柔らかい、いつ崩れてもおかしくないような土の壁にしては滑らかで、確かな感じがした。
手でそれに触れながら、壁の一部分に顔を近づける。それは石の一種のようにジェイドには思われたが、土が強く固められてできた石とは違い、強く握っても崩れる気配はない。
「綺麗だ」
その石には光沢があり、地下のスラムのわずかな光を反射して、キラキラと光ってみせた。ジェイドは、その光沢を、いたく気に入った。
「人間の集合体も、こんな風になれれば」
作り手によって念入りに、外圧によって固められないと形状を維持できない砂の城と違う、己のみで堅く立ち、それ自身で存続する何か。
それは少なくとも、ジェイドにとっては、完璧であると自認しながら自己の決定に不安を覚えるような、おぼつかない統治者ではない。
ジェイドは光る石の周囲の土を指で掻き出して、光る石を壁から取り出そうと試みた。爪の中には土が奥まで入り込み、指先は細かな石の粒に当たって傷がついた。それでも、美しいものを手に入れたいという欲には勝てなかった。
それどころか、美しいものを手に入れるためには必要な犠牲であると好き好んで自らの指を痛めつけている節もあった。
光る石の上部と左右を丁寧に掘り進め、石の全容が見えてくると、ジェイドは両手を石の裏側に押し込んだ。そのまま手前に引っ張って、土の壁から引き剥がすつもりだ。
「あと一息……!」
光の反射が、美しい石の光沢の表面をくるりと一周して、剥がれ落ちた。
リ、と音がする。それは原型を留めないほどに砕け散って、ジェイドの足下に散らばった。
「え? どうして」
足で踏みしめている地面は、この硬く美しい石が砕け散るほどの硬さではない。土の上に埃と腐った有機物が降り積もったものである。
「どうして」
力の入れ方がマズかったのだ。その石は、打撃にも圧力にも強いが、捻る力を加えられれば弱い。石の中に筋が通っており、特定の方向への力でその筋に沿って割れてしまう。
ジェイドは手のひらを見た。壁を掘るときについた指先の傷とは異なる傷があった。手のひらの真ん中に、できたばかりの新しい傷。ジェイドは否応なく、美しい石が自分の手の中で砕けたことを認めるしかなかった。




