齟齬
目に温かい日差しを感じて、まぶたをゆっくりと開けてみたら、そこはホコリ臭く薄暗い、この世の掃き溜めのような場所だった。吐き気がするほどのムッとこもる腐臭に思い切り眉を顰めてみたりして、すぐに、自分のその反応の可笑しさに気づく。
まるで、この薄暗く腐臭のする世界に初めて来た人間のようだ。私はこの世界を知っている。いや、もっと酷い上層階から、私はよりよい地を求め、地下深くを目指している。人は簡単に死ぬ。生まれてこの方、腐臭なんてしない日はなかったはずなのに。
長い夢を見たような気がする。子を絞め殺した親の最期はなんだかすごく穏やかで、永遠にも等しい日を生きる人工物の独白は後悔と嫌悪に満ちていた。あのチグハグさを、ボクは説明できない。
日差しというものを、地下都市暮らしの私は知らないはずだった。なのに、あれはなんだ? まぶたを優しく、母親を象徴するふくよかで柔らかい指先がなぞっていく感覚を、ボクは知っている。私は誰だ? どこから来た?
地下25階。地上に蔓延する汚染物質から遠い、人類が安全に生息できる領域の始まり。そこならば、在りし日の太陽に焦がれた人間たちが、何らかの技術で人工太陽を生み出していても不思議ではない。私は太陽を——少なくともそう本能的に直感するものを知っていた。赤子として地下11階に在った私は、そこよりも深くから、私は地下11階、およそ人が住むに値しないあの場所に捨てられたのだろうか。
『我が子よ……』
「うっ……!」
頭がひび割れそうだ。何度も聞いた、私の父を名乗る声がする。
『目覚めたようだな』
「……誰だ」
お前が本当に親なのならば、問いただしたいことが山ほどある。
「あの子を殺したのか」
『……何を言っている、我が子よ。今までの旅で疲れたのだろう。しかし、いつまでそうやって寝ていられるかな?』
「なっ」
四肢に緊張が走る。体は、この世界で生き延びてきたこの肉体は、のんびりと思索に耽ることを許してくれない。
『支配者が消えれば、民は民自身のために争いを始まる。解るだろう』
「そのクソみたいな理屈、どこかで聞いた覚えがあるな」
勢いをつけて、敵の気配と反対側に脚を持ち上げて振り下ろす。背中で地面をいなし、左腕と手の甲で体を支え、速やかに足の指で地面を掴む。
ああ、そうだ。この階に来るときに、来た者を容赦なく撃ち殺していた黒服どもは死んだんだっけ。そのことと、彼らの存在の正当性の議論は地続きの場所にはない。——が、他者を虐げなければ生きていけないこの世界にも飽き飽きしてきたところだ。
この世界を正したい……そんな欲求が沸々と湧き上がる。その欲求のために、私は何人、同じ境遇の人々を虐げ生き延びなければいけないのだろう。
『そうだ、それでいい。それでこそ、我が妻を殺した殺戮者の眼だ。せいぜい、我が理想のために、励んでくれよ』