混乱——記憶の再構成
崖のない、見渡すばかりの平原で眠りに落ちたのに、寝返りをうったら崖から落ちそうになった。そんな気分だ。長いトンネルを走って抜けたような疲労感を覚えながら、そのトンネルがどんなものだったかを思い出せない。
ジェイドは混乱しているそぶりを隠せない。自らが辿ってきた人生と、それに伴う記憶を、自分自身で一からなぞっていく感覚。それはまるで、自分がなにもかも忘れてしまったかのような、底知れない恐怖をジェイドに与える。その回らぬ頭で、崖について考え始めた。
崖があると言う事はここは山なのだろうか? それとも世界の果てなのだろうか? わからないけれども、兎も角も生き抜くしかない。それだけが、ジェイドの行動倫理であったはずだ。そうジェイドは思い返す。物心がついてからある時期に至るまで、自分は地面に落ちた如何なる物体も口に含み、食えないものでなかったならばそれを飲み下し、それを得るためならば他人を虐げることも厭わなかったはずだ。
いつ、ジェイドは同胞意識なる得体の知れないモノに目覚めたのか。なぜ我々がこんな扱いを受けているのかと疑問に思うからには、こんな扱いをされない世界を知っているかのようではないか。それはどこか——そこまで考えたところで酷い頭痛がして、ジェイドは考えるのをやめた。
世界の端は大きな滝になっていると聞いたことがある。誰からだったかは覚えていない。あるいは世界は丸いのだと言う人もいる。どちらが正しいのか、見渡すかぎりの世界しか知らない一匹の人間にはわからない。わかりっこない。その一匹の人間は、その視野の狭さゆえに、空も地も永遠に続くと思ってしまう。それは果たして浅はかだろうか? 限りを知らないことは罪だろうか?
ジェイドは目覚めていた。そして、見慣れない風景に戸惑った。煙が漂っているわけでもなく、モヤがかかっているわけでもなく、塵で視界が曇っているわけでもなく、ただただ、光源がないが故の闇。ジェイドは自分がまだ、地下12階にいると思っている。そして、見た夢の内容も、眠りにつく前に見た光景も、綺麗さっぱり忘れ果てていた。
ただ、喉の奥に、焼けついたような後悔を感じるのみだった。
「さて」とジェイドは独り言つ。体が重く、頭も冴えないが、ともかくも、進むしかない。まずは、この状況を正しく把握することだ。人権回復層と呼ばれる地下25階、そしてその先の、貴族住層で、目的を果たすために。