幼き日々の幻影
ジェイドは夢を見ていた。己のものとはとても思えない夢を。
そこでは人々は地べたに寝ることも座ることもなかった。道には綺麗に切り出された石が並べられており、砂利道や泥濘んだ道と比べて格段に歩きやすい。血縁を基礎とした四、五人からなる構成の人の群れが、屋根のある囲いの中で同じ飯を食べ、連れ添って寝る。
およそ汚染層とは思えぬ——いや、そこは、地下なのかすら怪しかった。伝説や神話の類いでしか聞かない、明るく温かい天体が空に君臨しているではないか。
だとすると、この記憶は——人が人を喰らうなどというおぞましい現象とは無縁に見えるこの記憶は、人々がまだ地上で暮らせていた太古の昔の誰かの記憶なのだろうか。あるいは、人権回復層以降の地下深く、貴族と呼ばれる人々が住む階層では、地上を模した空が存在するのだろうか?
ジェイドの記憶は、やけに現実的で、匂いや音までも忠実に再現する。奇妙なことに、夢の中の人々の使う言語は、ジェイドの知っているそれと大差ない。
『ジェイド、まだ寝ているのかい? お天道様もこんなに昇っているじゃないか、いい加減に起きてお父さんのお仕事の手伝いをしなさい』
コロコロと耳介を撫でるような、心地よい音が聞こえる。まるで自分ととても仲がよいような、親しみを帯びた、人の声。そして、香ばしいパンの香りが食欲を刺激する。
ジェイドは、『はぁい』と気の抜けた返事をして体を起こし、大きく伸びをして声の方向を向いた。
『母さん』
『ん? どうしたの、ジェイド』
母を知らぬはずの自分から、自然に出てきた言葉に、他ならぬジェイドが戸惑った。その戸惑いを聞き逃さない彼女は、ジェイドに背を向けたままではあるが、作業の手を止めてジェイドを気にかけるそぶりを見せる。
『い……や、なんでもない。いただきます』
ジェイドはこんがりといい焼き目のついた食パンにバターを滑らせ、大きな口でかぶりついた。
※
「ぎゃぁぁあああ!」
ジェイドは自分の両手が、先ほどまで楽しく会話していたはずの母のものと思われる腕を持っていることを発見した。その腕には狼にでも食いちぎられたような跡があった。そして自分自身の口の周りには、血生ぐさい匂いと、べったりとついた鮮血が存在していた。
《忘れることができなんだか。昔からお前は格段に優しかった。それでも、お前は受容しなければいけない。自らの汚れた手と、それでも人を愛する心とを》