休眠期
死んだ人間がどうなるか、なんて、考えたこともなかった。
地下11階からずっと、ジェイドは人を多く殺してきた。その人間というものが、死んだあとに、どのような変遷を辿るのか。死んだというのは何か? ジェイドの認識で言えば、それは動かないということだ。動かないのならば、死体が歩いてどこかに行ったというわけでもあるまい。だとすると、どこに消えたのか。
——そう、ジェイドが殺した人間は、消えていた。何らかの理由で同じ場所を通りかかったとき、あるいは、常に同じ場所に留まりながらも生きるために人を殺したとき。殺した対象は、気づけばそこになかった。
「誰かが、食ったのか?」
考えたくないことだが、ジェイド自身がそうした可能性もあった。食べられるものなんて、汚染層とも揶揄される地下11階に潤沢にあるはずもない。死んだ動物の肉であるとも、枯れた草々の残骸とも見えたそれらが、人間の死体でなかったという保証はない。
そもそも、死んだ人間と、人間ではない死んだモノの肉との違いはなんであろうか。ジェイドが今までに食したものの中で、鼻を突くような刺激臭が強くなかったものはない。いわゆる味の違いなど、ジェイドにはわからなかった。
「同胞……朋輩、舌、さワル……」
倫理も善悪もない究極のスラムで生きてきた人間が、同じ姿形の者どもを仲間と見做し、その名誉の挽回を願うならば、ヒトをクズのように扱っていたのは自分に他ならないことに否応無く向き合わされるのだ。
あの日手のひらで口に押し込むようにして食べたぐちゃぐちゃした何かが、また別の日に口の中の痒みを紛らわすために食んだ何かが、自分と同じように思考し、歩き、微睡むモノであると考えたことすらなかった。
長く細いトンネルから出てきた人々が、次々に踏みつけた死体はどうなるのか。それらは突然消えるのか、徐々に消えるのか。あるいは——変わるのか。人ではないナニカに、変容してしまうのか。
ジェイドは振り向いたまま、固まってしまった。黒服たちのように、死体が空気に溶けていく様子は見られない。
ジェイドは——溶けるように眠りについた。とても頭が重く、体が熱く、舌の奥の方で棘のような感触の生ぬるい液体が渦巻いている。
《受容しろ、我が息子よ。それまではゆっくり休むがいい。私が確実に、お前から忘れさせてやる》