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第1話

「奥路、昼飯食おうぜ」


 さらりとした髪の毛が目立つ、友達の平川が弁当箱を持って僕の席までやってきた。


 奥路というのは僕の名字だ。奥路真、それが僕の名前。名は体を表すなんて言葉があるように、小さい頃は王子様とか言われてちやほやされたこともあったが、人間年を取ればただの人。今ではそんな扱いをしてくれる人なんて誰もいない。


 いや、一人いた。その一人を視界の端に捕らえながら、目の前にいる平川との会話に戻る。


「ん、ごめん今日はちょっと用事があるんだ。また明日ね」


「お、なんだ呼び出しか? 奥路もとうとう不良になっちゃったか~」


「違う、誰が不良か誰が。これでも僕は模範的な生徒だっていうのに」


「はは、模範って言うのは綾瀬さんみたいな人のことを言うんだよ」


「あんなのに比べられたら誰だって凡人だ。比べられるこっちの身にもなって欲しいよ、まったく」


「まぁ確かに。綾瀬さんって本当、完璧だもんな~」


 友達のそのひと言に、胸がチクりとした。


 自分から言っておいて、いざ肯定されると傷心を抱く僕。自分の面倒くささにびっくりだ。


「で? 結局何の用事なんだよ」


「ん、まあ大したことじゃないよ。昼休みが終わるまでには済むと思う」


「そりゃ昼休みが終わっても戻ってこなかったら問題だろう。いよいよもって不良じゃん」


「だから不良じゃないってば」


 溜息交じりに返答しつつ教室を後にする。廊下にはそわそわと落ち着かない様子の綾瀬姫乃が待っていた。


 午前の授業が終わった後、綾瀬は僕にしか分からない「二人きりで話そう」という合図を送ってきた。その合図とは左手で左肩を三回揉むといった仕草だ。幼い頃から何度も使ってきた、僕と綾瀬しか知らない合図、大事な話をする時にはこうして二人で話し合ったものだ。


「覚えててくれたのね、嬉しいわ」


「忘れるには馴染み過ぎたからね……」


 実際に使われたのは数年ぶりだが、それでもこの合図を見逃す僕では無かった。見逃せればよかったのだけれど。知らない振りをするにはあまりにも深く、僕と姫乃の中に根付いていた。


「じゃあ行きましょうか」


「行くってどこへ。学食にでも行くの? 財布持ってきてないよ」


「すぐに分かるわ。ついてきてくれる?」


「まぁ、今更逃げ出すわけには行かないでしょ」


「真ちゃんは逃げたりなんかしないでしょ。いつも私の側にいてくれるんだもの」


 綾瀬はそう言って、ご機嫌な様子で前を歩いて行く。綾瀬の言うとおり、なんだかんだで彼女について行くのは癪だ。しかし逃げたところで綾瀬はまた別の機会に僕を呼び出すだろう。なら今この場で彼女の話に乗るのが一番手っ取り早い。


 中学の頃から彼女に対して劣等感を抱くようになっても、結局彼女から離れられずにいる。きっと綾瀬には何か中毒性のある、フェロモンのような物質が体から放たれているのだろう。食虫植物のようだ、とも思う。


 もっとも、綾瀬に近づく人間の中で傷つくやつなんて僕くらいのものだろうけど。他の人間は綾瀬を「完璧」と見なして自分とは別の存在と区別している。だから変に自分と比べて自尊心を傷つけるなんてことはない。


 幼い頃からずっと側にいる僕だけ、その痛みを味わっているのだ。他でもない、僕自身のせいで。蝋の翼を持ったイカロスが愚かにも太陽に近づいたことでその翼を失ったように、僕が彼女の近くにいるから彼女の眩しさに焼かれてしまう。


「着いたわ。ここなら二人きりで話が出来るでしょう」


「屋上、か」


「ええ。掃除当番の私だけしか入れない、秘密の場所よ」


 綾瀬はポケットから鍵を取り出し、屋上の扉を開ける。扉の向こうには透き通るほどの青空が広がっていた。暗く埃っぽい踊り場から、眩しく透明な空へ。僕の心に綾瀬という光が射すかのように。


「で、こんなところまで呼び出して一体何の用? 合図をしてまでのことなんだから、よっぽど大事な話?」


「ええ、とっても。私たちの一生に関わるくらい、重大で重要で肝心で、大切で必要でかけがえのない、それでもって得がたい話よ」


「とりあえず大事そうなのはわかった」


 綾瀬の表情は決意に染まった顔をしている。おそらく、その大事な話とやらを僕に話すために何かを決心してきたのだろう。


 ひょっとすると、授業中どこか上の空だったのはこの話をするためだったのかもしれない。あの優等生の綾瀬が授業そっちのけで考え込むほどの話。それは一体、どんな内容なのだろうか。

 そもそも綾瀬の一生ならともかく、僕の一生にも関わる話とは一体? 僕の人生は今後も綾瀬とか変わり続けることは彼女の中では確定事項なのだろうか。


「ねぇ真ちゃん。私たち今年で十七歳になるわね」


「ああ。綾瀬は六月で、僕は十一月。お互い中途半端な季節に生まれたものだね」


「そうかしら。私は好きよ、だって夏とか冬とか決めつけられるよりいいじゃない。毎年暑いかじめじめしてるか、寒いかそうじゃないかって変わって楽しいわ」


「それで楽しめるのはきっと綾瀬くらいだよ」


「言ったのは真ちゃんよ。幼稚園の頃のね」


「そうだっけ……覚えてないよ」


「そうよ。真ちゃんの言った言葉は私忘れないもの」


 それはそれで怖い。綾瀬に嘘をつけば一発でバレそうだ。事実何度も嘘を見破られているのだけれど。


「でも十七歳になるから何だって言うのさ。特別な年齢でもないでしょ、十七歳なんて」


「うん、今年(・・)はね。特別なのは来年……」


「来年……?」


 はて、来年ということは十八歳になる年のことを言っているのだろうか。十八歳といえば何があるか。車の免許が取れる? いやそれともお酒やたばこを嗜む年齢になることか。あ、そっちは二十歳だったか。では一体何のことだろうか。


「十八歳になれば結婚出来るわ」


「けっ……!?」


 ケッコン……聞き間違えで無ければ今、結婚と言っただろうか。結婚と言う単語を耳にして否応なく今朝の夢を思い出してしまう。


『おおきくなったら僕と結婚してください!』


 あの夢を見たのは虫の知らせだったということか。いやまさか、偶然だ。結婚と言っても何も僕と綾瀬のこととは限らない。綾瀬に思い人がいて、その相談を受けるだけかもしれない。


「来年になったら、小さい頃に交わした約束通り私たち結婚するでしょ? でもいきなり結婚しても上手くいくかは分からないわ。だから一年、恋人同士になってお互いの仲を深める必要があると思うの。よりよい結婚生活を送るために」


 やっぱり僕と綾瀬のことだった!! というか、結婚するのは確定事項なのか!?


 そもそも十八歳になったらすぐ結婚するつもりなのか。学生結婚をするつもりか、こいつ? 学生結婚にしても大学生なら分かるが、高校生同士がするか普通!?


「た、確かに昔プロポーズしたけど……あれは子供の頃の約束だろう? まさか今でもあのこと……」


「あら、私は本気よ? だって大好きな真ちゃんからの求婚だもの……」


「いやでも、学生同士だしそもそも僕たち……」


「大丈夫、私生活力はあるから!」


 駄目だ、完全に本気(マジ)な感じだ……。


「……じゃあ、大事な話って……」


「ええ」


 綾瀬は決めの細かな白い頬を朱色に染め、いつもより上擦った声で、しかしその目はしっかりと僕を見つめたまま言った。



「あなたのことが好き、大好き。私と付き合ってください!」


 絶対に結ばれることのない幼馴染みに、告白されてしまった。それも結婚を前提とした付き合いを……。

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