厄介払いの報酬
ハブさんがお金を雑に折り畳んでポケットに突っ込みながら舞台を下りた。そのまま私に目も暮れず会場を去ろうとする。あれ、私のこと無視なの?
会場を出るためには観客の方を通らないといけない。ハブさんは観客の方へ向かうと、観客達は自然と道を開けた。それどころか拍手までしてくる。私はその道が閉じる前にハブさんに続いた。
会場から少し離れた所にジャケット姿のおじさんが立っていた。ハブさんはその人に声を掛けて少し歩き、会場から離れると何やら会話を始めた。私はその会話が聞こえる距離まで近付く。
「お前の望み通りの結果になったんじゃねえのか」
「ああ。タダコロのツラを拝むのがこんなに楽しかったことはねえよ」
「お前も誰かに賭けてたのか」
「ああ、タダコロに賭けてた」
「は?」
「お前が負けてタダコロが勝ったら腹立つじゃねえか。念のために買っておいたんだよ」
「・・・食えねえ奴だ」
「約束通り協力するよ。ただ、あのノートだけじゃ本部長は動かねえぞ。内容も古いし、真偽も定かじゃねえ」
「じゃあ、どうすればいい」
「そうだな・・・、今の事情に詳しい奴だな。そいつの協力があれば動くかもしれん」
「おいおい、どこに居るんだ、ドラッグ事情に詳しくて警察に喋っちまうくれー口が軽い奴なんて」
「あとブームだな。ドラッグブーム」
「は、ブーム?」
「警察ってのは常に人員不足なんだ。世間や俺達の中でブームを作んねえと後回しにされるのがオチだ」
「どうやってブームなんて作るんだ」
「さあな。知らねえ」
「・・・協力する気あんのか」
「俺は本当のことを言ってるだけだ。俺だけが上からの仕事無視して捜査しても意味ねえだろ。組織全体を動かすにはそれだけのモンが必要なんだよ」
「つまり、現実的じゃねえってことか」
「悪いな。俺は下っ端だから」
「今年中に警視総監になる予定はねえのか」
「ねえよ。偉くなっちまったら仕事サボれなくなるだろ」
「・・・楽することしか頭にねえのか」
二人の会話が止まった。何の話をしてるんだろ。ドラッグって違法薬物のドラッグかな。ドラッグと警察・・・、あ、取り締まるのかな。ってことはギャングにダメージを与えるんだ。やっぱりハブさんはギャングに立ち向かうヒーローってことじゃん。
「そこの子はお前の知り合いか」
おじさんがタバコを持つ手で私を指差した。ハブさんが振り向き、私と目が合う。
「ん、居たのか」
「子供を巻き込むんじゃねえぞ」
「何だ、その言い方」
「じゃ、俺は仕事にでも戻るか」
おじさんが人混みの中に溶けていった。ハブさんはおじさんを見送りもせずにどこかへ歩き出してしまう。私は慌てて小走りで追い付いた。
「ハブさん、優勝おめでとうございます」
「ああ? それを言うために追い掛けて来たのか」
「あ、いや、そういう訳じゃないんですけど」
「関わろうとするな、私と」
「いえ、関わります。ハブさんのこともっと知りたいです」
ハブさんが溜め息を吐いた、と思ったら今度は何かを見てニヤッと笑った。立ち止まって私の方を向く。
「お前、コインから剥がしたシールはどうした」
ハブさんに言われ、私は財布を出した。剥がしたシールをまたコインに戻すかもしれないと考え、財布に貼っておいたのだ。この財布の素材はシールがちゃんとくっ付くし、綺麗に剥がすこともできる。
「分け前をやると言ったな。やるよ」
ハブさんは近くの屋台、お面の屋台に向かって歩き出した。その屋台の人に、万札でもいいか、と聞き、狐のお面を購入した(あの伝統っぽいって言えば分かるかな、キャラクターとかじゃなくて墨で色を付けたみたいなデザインの狐のヤツ)。
ハブさんはそのお面を脇に挟んでお釣りを受け取ると、私から財布を奪い、そのお釣りを入れた。次に財布に貼られた数字のシールを二枚取って私に返し、その二枚のシールを狐のお面の左右の目の所に貼った。
「勝てたのはお前のお陰だ。受け取ってくれ」
ハブさんは私にお面を付けてくれた。しかし、目の所がシールで潰れているため私は何も見えない。
「ハブさん、何も見えないです」
・・・無視された。もう、私はハブさんのからかいに付き合わなきゃいけないの? 面倒だけどハブさんに突っ掛かって心証悪くするのも嫌だし、付き合うか。
「ハブさーん、どこですかー」
・・・また無視だ。もう。
・・・。
・・・。
・・・・・・・・・あ。
私はお面を外した。すると、ハブさんが居ない! ああっ! 騙された!
何てこと。私を置き去りにするだなんて。何て非常識な人。私、周りの人から笑われてたに違いない。もう、悔しい。絶対に見付けてやる。
「あの! 私と居たサングラスの人! どこに行ったか見ませんでしたか!」
私はお面の屋台の人に聞いた。
「え、あっち行ったけど」
「ありがとうございます!」
私は屋台の人が指差す方へ走り出した。待ってなよ、ハブさん。私が会いに行ってあげるから。