コインと祭り③
舞台上に居るタダコロが俯いている。会場の様子は先程と変わらねえが、まあ、ギャングの世界に興味がある奴しか知らねえよな、あいつのこと。知ってたら会場に居る皆もタダコロの様に俯くだろう。
机を挟んでタダコロの前に立つのは、ニッポリ。間違いねえ、奴だ。何しに来やがった。つーかどこに居た。客の中に紛れてやがったのか。
MCは今までの試合と同じ様に進行する。コップを手渡し、中を見させた。そこで私は違和感を持つ。今までと違う所があるのだ。それは二人の立ち位置。今まではトーナメント表の左側に名前を書かれている奴が舞台でも左側に立っていた。それが今回は逆、タダコロが右側に立ってしまっている(表には左側に書いてあるのに)。そのせいでタダコロが寒色の黒を持つこととなった(いつも右側の人が寒色を持っている)。
これは、何か意味があるのかな。それともただ単に早い者順で席を決めたってだけなのか。うーむ、熟考の余地あり。
「ハブさん」
思考に集中して気付かなかったが近くにユリが居た。そういえばこいつ消えてたな。
「今、頼んで、許可貰いました。ハブさん、私の代わりに二回戦お願いします」
「・・・」
私は内心驚いた。願ってもねえ提案だ。こいつ、行動してたのか。マジかよ。よくやった。危ねえ。二回戦出れるんだ、私。
「ユリ、お前にも分け前をやる」
「え。いえいえ、そんな」
「運営の奴らは簡単に認めなかったろ」
「はい。でも、上目遣いで粘りました」
「上目遣い、面白えな。勝負を降りる理由はどうした」
「それはですね、私達って二回戦から賭けの対象になるじゃないですか、だからもし負けたら私に賭けた人に何されるか分からないって言ったんです」
「・・・尤もだ」
タナボタ的に二回戦突破だ。助かった。危うくデカを手放すところだった。デカの協力は地味に必要不可欠だからな。私の中で物事を暴力で解決する時代は終わっている。これからは合法的に解決、警察にギャングをやっつけてもらう。
そのやっつけるべきギャングであるニッポリは既にコップをひっくり返している。表は5411。5で四枚、結構強いんじゃねえか。一方でタダコロの手は、強い。55322で5が二枚ある。私には分かるぞ。このタダコロの二枚目の5、これをどっちが取るかでこの勝負は決まる。
『マックスナンバープロティクトゥ、・・・2! 2だ。いくゼ。ファイブ! フォー!』
先攻はタダコロ、5をどうするか。いきなり5を相手の1に避難させてもいい気がするが、タダコロの選択は自分の5に4を食わせるというものだった。それにより95322対511となる。
続くニッポリは3を取って9522対811。タダコロの番で5を逃し922対861。・・・ん、これ、タダコロの勝ちっぽいぞ。
次のニッポリ、92対881。その次、(10)2対88。次、(10)対(10)8。最後、(18)対(10)でタダコロの勝利。
『いえええええい、決着ぅ! タダクゥロォ、二回戦進出ぁおおう! おめでとぅ!』
タダコロは喜ぶ様子なくさっさと戻って来た。ニッポリは何もなかったかの様に観客の方に行く。ニッポリ、負けた。あいつは、何をしに来た。普通に負けたけども。・・・別に、何もねえよな。ニッポリが居るとよくねえことが起きる気がして仕方ねえのだが、・・・負けに来ただけ?
「なあ」
浮かねえ表情のタダコロが私に話し掛けてきた。
「俺、大丈夫だよな、もうギャングじゃないし。つーか、そもそも何も悪いことしてないよな」
こいつ、ニッポリを負かしたもんだから不安になってんのか。もしかしたらニッポリに恨まれてしまったんじゃねえかと。調子のいい野郎だ。私がお前の不安を取り除いてやるとでも思ってんのか。今までの私への暴言を看過してやる訳がねえだろ。
「知るか、クズ。ニッポリに目ぇ付けられたんじゃ終わりってのは確実だよ」
「おま・・・、性格悪いな、ブス。さっさと帰れや、ボーケ」
タダコロのキショい声に付き合ってやってるとMCから集合が掛かった。二回戦進出者が舞台に上がる。
「おい、何でお前も来るんだよ」
私は文句を言うタダコロの背中を押した。黙って歩けという意味だ。タダコロは戸惑いながら私と舞台に上がった。
『じゃあ、並んでくりぃ。おっと、お知らせだ。さっきの浴衣の女の子ユリは棄権したゼ! 代わりにサングラスのハブだぁぁぁ!』
「何だ、それ。ありかよ」
「並べって言われてんだからさっさと並べ、クズ。お前は一番向こうだろ」
「くそ、女は特別扱いって訳か」
「死ねクズ」
タダコロが不機嫌そうに鼻を鳴らしてやっと私から離れた。私に付き纏ってくんじゃねえよ。てか、何であいつはこの大会に参加してんだ。金ねえのか。
『ウォーキィ、これを持ってくれうぃ』
MCが私達にコップを渡していく。私の赤から始まり、タダコロの黒で終わる。何で今持たせた?
『さあ、皆! 誰に賭けるか決めとぅかあああい? そいつの色を覚えとぉ、あっちで賭けとぉくれい! 配当はモニターで見てくりぃ。んじゃあ購入開始ぇ!』
この言葉を皮切りに会場が動く。さっきより人が増えてるな。祭りの端っこでやってるマイナーイベントかと思っていたが。寧ろ大人気だ。歴史が深えのかな。
私は舞台の上でただ突っ立っている。他の者も手持ち無沙汰だ。何、この時間。私は観客に向かって何やら言ってるMCを呼んだ。
「おい、MCさん、ちょっと」
私に気付いたMCは口からマイクを離して近付いて来た。
「あ、何、何ですか」
「戻っちゃいけねえのか」
「あ、ま、そう、そうですね、すいません」
「どんくらいここで立ってればいい」
「あのー、その、すいません、えー、もう少しだけ」
「もう少しって具体的にあと何分だ。終わりも見えねえのにずっと立たされる私達の身にもなれ」
「あ、すいません。はい、すいません」
「すいませんじゃなくてあと何分だ」
「あ、でも、はい、分かりました」
MCが舞台の中央に戻った。マイクを構えて客席に叫ぶ。
『皆! 誰に賭けるか決めとぉかぁい? もういいかんなぁ? じゃあ、参加者の皆には戻ぅぉってもらうゼ! コップぅわぁ置いていってくれ。じゃあな!』
こいつ、マイク持つとスイッチ入るんだな。怖え。私は舞台を下りた。
「おかえりなさい」
パイプ椅子に座っていたユリが私の許に駆け寄って来た。ユリか。この感じだと二回戦までまだ時間がありそうだし、話を聞いてみるか。
「お前、何だっけ、悩みだっけ」
「お前か、ハブに権利譲ったのは」
私の話を横から遮って、タダコロがユリに詰め寄ろうとした。ユリみてえな世の中を知らねえ高校生がタダコロというクズと関わるメリットなど何もねえ。ユリを守る義理などねえが、放っていく程冷血じゃねえからタダコロを腕力で遠ざけた。
「気安く話し掛けてくんじゃねえよ」
「んだよ。別に脅してる訳じゃねえじゃねえかよ」
「てめえのクズが移ったらどうする」
「よく言うぜ。お前の方がよっぽどクズだろうが」
タダコロは私向けていた怒りの眼差しを急にユリの方に向けた。そして私を指差しながら叫ぶ。
「お前もこんな奴と付き合うなよ。親切心から教えてやってんだ。ロクなこと起きねえぞ」
「・・・誰と付き合うかは自分で決めます!」
お、ユリ、言い返したか。気ぃ強いな。
「・・・馬鹿どもが。勝手に大会のルール変えんじゃねえよ」
捨て科白と共に去るタダコロ(去るといっても少し離れるだけだが)。ユリはバッキバキの目でタダコロを見送っていた。
私と居てもロクなことが起きねえか。確かにそうだな、タダコロの言う通りだ。現にユリの目がバッキバキになってる訳だし、ユリのためにも深く関わるのはよそうか。
「どういった人ですか、あの人は」
「元ギャングだ。元といっても完全にギャング達と関係が切れてる訳じゃねえから気を付けろ」
「ギャング・・・。あの差し支えなければ教えてほしいのですが、ハブさんももしかしてギャングと・・・こう・・・」
ユリが口籠る。他人の過去を深く詮索するのはよくねえと考えているんだろう。でも、現に聞いちゃってるからな。しっかり詮索してる。まあ、私は別に隠してる訳じゃねえからいいけど。
「もちろん私もだ。だからお前はもう帰れ」
「え」
「何も知らねえのにギャングに関わるなんざ、正体不明の危険物が入った鞄をわざわざ拾いに行く様なもんだ。そういうのは専門家に任せて自分は行かねえだろ」
「・・・そうですね」
「忠告したぞ。早く帰れ」
「・・・嫌です」
「嫌じゃねえ、帰れ」
「私にはハブさんの力が必要なんです」
「お前に必要なのは親とか警察とかの力だ」
「だからさっきも言いましたけど」
「もう終わりだ。これ以上は話さねえ。私の耳はもう日曜日状態だから」
私は耳を手で塞いで椅子に座った。私としては突っ撥ねたつもりだったが、それでもユリは隣に座ってくる。だから、耳から手を離せねえ。
試しに少し手を耳から離してみた。すると、それに合わせてユリの口が少し開く。手を戻すと口は閉じる。また手を離すと口が開く。もういいよ。
「言葉分かんねえのか、お前」
「分かります」
こいつ、しつけえな。こいつのことを思って帰れと言ってやってるのに。
「お前、参加費はどうした。そういえば身なりがいいな。家は金持ちか」
「んー、まあ、そうです」
「ケッ、金持ちのボンボンか。親の所に今直ぐ戻れ。もう私のことは諦めろ」
「諦めません」
「他人を困らせんな」
「それは申し訳ありません。でも、諦めません」
・・・どうしたものかな。かなり頑固な奴だ。私が幾ら言っても帰らねえな、こりゃ。じゃあ、そうだ、あれだ。ここに居辛くすればいいんだ。こいつのことを極端に子供扱いしてやろう。そうすれば恥ずかしくなって立ち去るだろ。さっそく実行だ。
「後でわたあめ買ってあげるから帰ろうね」
「ほんとですか。やった。じゃあ、半分こしましょうよ。あ、わたあめじゃないんですけど、さっき私食べたんですけど、チョコバナナが美味しかったですよ。チョコスプレーがカリカリなんです。そうだ、私じゃんけんに勝ったんです。タダで二本も貰えたんですよ。今度はハブさんがじゃんけんしてみて下さい」
何だ、凄え喋るな、こいつ。全然思い通りになってくんねえ。もう、いいか。そのうち帰るに決まってるもんな。テキトーにあしらおう。
「ハブさんはギャングと戦ってるんですか」
「戦ってねえ。帰れ」
「でも、ハブさんに守ってもらったって言ってた人が居ましたよ」
「何かの勘違いだ。帰れ」
「じゃあその人が言ってたのは何なんですか」
「何なんだろうな。帰れ」
「帰れって言うのやめてもらっていいですか」
「おっと、私の出番が来た。じゃ、行ってくるけど私が戻って来るまでに帰れよ」
私はユリをできるだけ突き放すことを言い、席を立った。ユリは不満げな顔だ。そんな顔をされても私は相手しねえからな。
続く