おにいちゃんの星
寒い寒い夜でした。
部屋の中で、ストーヴだけがチリチリ音を立てています。
ジュリは毛布にくるまって、部屋の隅っこでこっそりと膝を抱いて座っておりました。なんとなく、声を出してはいけない、動いてはいけないと、そう思われて黙ってじっとしておりました。
お母さんが椅子から立ち上がって、部屋を出ていきます。ジュリはそれについていきました。お母さんがこっちを見て、優しい声をかけてはくれないかと、後ろをついて回りましたが、お母さんはなにも言ってはくれません。
お母さんは外へ続く扉を開けて、出ていきました。ジュリは慌てて帽子をかぶり、コートを着て、手袋をして、マフラーを巻いてから追いかけます。ブーツを履くときはお父さんが手伝ってくれました。
外には満天の星たちが、チカチカ、きらきら、輝いています。
天はどこまでもどこまでも遠いような、手を伸ばしたら届きそうな、なんとも不思議な高さにありました。
お母さんは遠くへ行くようでした。先へ先へとどんどん足を進めておりますので、ジュリもサクサクする雪に足を差し込んで、お母さんの横まで行きました。
たくさんの星たちは、それぞれに違う色、違う強さで光っています。あの星たちのうち、ほとんどすべての星が、まるでランプのように自分で燃えているのだとおにいちゃんが教えてくれました。
冬の夜が寒ければ寒いほど、星のランプの光はよりいっそう輝きを増して、目の中に飛び込んてきます。
「だからぼくは、冬が好きなんだ」
病院の部屋から空を眺めながら、おにいちゃんはそう言って笑っておりました。その星空をお母さんは黙って見上げていますので、ジュリも今はおしゃべりをせずに、同じようにしておりました。
でも、しばらくすると足の先っぽは熱くなり、鼻の奥はつーんと痛くなってきます。手の指も、もこもこの毛糸の外側から、チクチク針に刺されるようです。ほっぺたが凍りついてしまうのではないかと思われるほど、寒く冷たい夜なので。
ジュリはお母さんの、むき出しの指に手を伸ばしました。握り返されることのない手を、それでもジュリは離しませんでした。
「星を、探しているの」
お母さんは顔を天へ向けたまま、ほうと息を吐きだして言いました。ジュリはようやくお母さんの声が聞かれて嬉しく思いながらたずねました。
「どんな星を探してるの」
「おにいちゃんの星よ」
「おにいちゃんの星?」
「そうよ。おにいちゃんはね、星になったの。だから、お母さんが探してあげなくちゃ」
「なら、あたしも一緒に探す。おにいちゃんと一緒に、あったかいおうちに帰ろうね」
ジュリがそう言いますと、お母さんの目からポロポロ涙が滑り落ちました。後から後からこぼれていきます。お月さまの光の下で、それはまるで流れ星のように見えました。
「お母さんのほっぺを、星が滑っていくみたい」
それを聞いたお母さんは、足を止めて、ジュリをぎゅっと抱きしめました。お母さんの冷え切った肩に手を回して、ジュリはいつもしてもらっているように、お母さんの頭をなでながらじゅもんをとなえます。
「いたいのいたいの、飛んでいけ。お空の向こうへ飛んでいけ!」
ジュリはけんめいにお母さんをなぐさめました。こんなにも寒くて痛いから、きっとお母さんも涙が止まらないのでしょう。
そうしていると、ふたりの後ろにずっと立って待っていたお父さんがやって来ました。お母さんの肩にコートをかけて、あたたかい腕でふたりを包み込みました。
「帰ろう」
お父さんが言いました。
お母さんはコックリとうなずきます。
ジュリもあたたかい部屋で飲むココアが恋しくなっていました。でも、ここで帰って朝になってしまっては、星になったおにいちゃんを見つけることができません。
「あたし、帰らない。だってまだおにいちゃんを見つけてないんだもん」
お母さんのほっぺたをまた、星が流れます。お母さんは首を振って言いました。
「もう、いいの。おにいちゃんのことは、大丈夫。ジュリがお母さんの涙の星を、お空へ飛ばしてくれたから。きっと、お母さんの星がおにいちゃんの星を見つけてくれるわ」
「おにいちゃんを、迎えに行くの?」
「そうよ。おにいちゃんのことは、お母さんの星に任せましょう。ぴゅーって飛んでいったから、今頃もう、おにいちゃんを見つけているでしょう」
「おにいちゃんはもう、帰ってこないの?」
ジュリがそう聞きますと、お父さんがうなずきました。
「星になってしまったからね。おにいちゃんには、ここはきゅうくつすぎるんだよ。ずっと遊びたがっていたからね」
「おにいちゃんは、さびしくならないのかな」
「お母さん星がいるから大丈夫だよ。ジュリがおにいちゃんに会いたくなったら、お父さんと一緒に空を見上げようね。ジュリを見つけたら、きっとウインクしてくれるはずさ」
「うん!」
「じゃあ、おにいちゃんにバイバイしておうちに帰ろうか。声は届かないけど、ジュリのことを見ているよ」
「うん。バイバイ、おにいちゃん。またね。お母さんの星も、またね」
お母さんの星がお空へ飛んでいったように、また今度、お父さんの星とジュリの星もお空へ飛ばしてあげようねと、お父さんと約束しました。
その夜、ジュリはおにいちゃんと遊ぶ夢を見ました。きらきら光る星たちは、みんなおにいちゃんのお友だちです。お母さんの星、お父さんの星もいます。
みんなが笑うと、ひかりがチカチカまたたくのです。だから、あんなにも星が光る天は、まったくさびしくなんてないのです。ジュリはそれを知って、心がほうっとあたたかくなりました。
おしまい。