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「さあ、お前ら席につけよ。これからホームルームを始める」
天照先生が引き戸を開け、教室に侵入してきた。
「今日でお前らの学園生活は2日目に突入するわけだが、ここでこのクラスをまとめる、取りまとめる犠牲者を吊し上げなければならない」
(言い方!!!!)
クラス中の誰もがきっと同じことを思ったであろう。考えたであろう。
「さて、名乗り出る勇者はいるかー?」
先生がぐるりと、くるりと、はらりと、さらりと、ふるりと、生徒を見渡すが、誰も手を挙げようとはしない。立候補しようとはしない。
「おいおい、誰もいないのか?」
こういう場合、そういう場合の、どういう場合の、ああいう場合の、あるあるとして、ないないとして、としてとして、誰も教師と目を合わせないように、目を合わせまいと、やや下、やや斜め下、机と前の席の椅子との境目を見ているというのは、見つめているというのは、常套手段ではないだろうか??
そんな中で、こんな中で、どんな中で、あんな中で、真っ直ぐに、直立に、垂直に、直直に、天井へと向けて綺麗に伸びる手が、腕が、一つだけあった。
その手の出どころは、この手の出どころは、どの手の出どころは、あの手の出どころは、間違いなく、間違えようもなく、間違えるはずもなく、間違えるわけもなく、僕の隣から伸びていた。伸ばされていた。飛び出ていた。生えていた。
ここまで説明したのなら、その手の正体はもう言うまでもないだろう。そう、木鷹である。
「はい。誰もやる人がいないなら、私やります」
「ふーむ、まぁどれだけ時間を割いても、待てど暮らせど、決まりそうもないしな。よし、それじゃあ、決まりだ。このクラスの学級委員長は、えーっと木鷹ね」
「先生、木鷹です」
「え、あ、ごめん。テメェら何笑ってんだ! 人間誰でも間違えることはあるだろうが!!」
逆ギレもいいところである。
「おほんっ! まぁいい。もういい。今日から本格的に授業が始まるわけだから、中学生の春休み気分はとっとと取っ払わないと補修の毎日になっちまうから気を付けろよ。それじゃあ、これでホームルームは終わりだ」
こうして、そうして、どうして、ああして、ホームルームは幕を閉じたのだった。
「学級委員長なんて凄いな。僕には真似できないよ」
「そうですか? 学級委員長なんて誰でもできますよ?」
木鷹は人差し指を口元に当て、宛てがい、可愛らしく答えた。
「誰でもってそんなわけないだろう……。お前が優秀だからできるんだよ。僕がやったら明日には学級崩壊しているよ」
「またまた。ご謙遜も程々にしないと嫌われてしまいますよ?」
「謙遜じゃないっての」
ここで彼女のいいところをまた一つ発見してしまった。彼女のいいところ、それは彼女自身が他人よりも、他者よりも、優れていたとしても、決して他人を見下さない。優しいというべきなのか、表現すべきなのか、将又、油断しないということなのか、気を抜かないということなのか、彼女の真意は不明である。
そもそも、もそもそ、僕はどうしてこのようなことを思ったのだろうか? 単純に、純粋に、粋粋に、他愛もない会話だと聞き流せば良いだけの話なのに、それなのに、それだというのに、どうして僕はこのような、そのような、あのような、どのような、捉え方をしてしまったのだろう。
そう思わせるナニカが彼女にあるのか?
「いやいや、考え過ぎたろ。多分、あの怪人ハサミ女に悪い影響を受け過ぎてるんだな。そうだ、そうに違いない」
「何か言いましたか?」
「あー、いや、こっちの話だ」
「ん?」
特に面白い場面があったわけでもないので、特段話したい場面があったはずもないので、授業シーンはバッサリ、パッサリ、サッパリ、スッパリ、カットさせてもらうとしよう。
ということなので、昼休みーーー
「やっと昼休みかー」
僕は後ろに身体を反らし、手を万歳、思うがままに伸びをした。
「ううう、あー」
「まだ前半なのにお疲れですね。授業中、ぼーっとしてたらみたいですけど」
「僕はやっぱり君と違って出来損なってるからな。こんなもんなんだよ。ガッカリしたか?」
「いいえ、ガッカリなんてしませんよ。ただ授業はちゃんと受けなきゃダメですよ? 授業は全部私たちに必要なことなのですから」
「………そう思えるのがすげえよ」
「そうですか?」
何食わぬ顔を木鷹は浮かべている。
どうやら、彼女は根っからの優等生なのだろう。見た目だけではない、見せかけだけではない、紛い物ではない、偽物ではない、本当の優等生。真の優等生。
見本のような優等生、お手本のような優等生、優等生の中の優等生。優等生のような優等生、優等生の鑑のような優等生、一寸先の優等生、腹が減っても優等生、武士は食わねど優等生、大食は命の優等生、転ばぬ先の優等生、良薬は優等生、つまり優等生。優等生ユウトウセイゆうとうせい。
僕と木鷹がそんな優等生な会話をしていると、こんな会話な優等生をしているとーーー
「お前、緋崎だよな?」
「そうだけど、誰?」
「いや、誰ってわけじゃないんだけど」
「僕ってそんな有名人?」
「いや、有名人じゃない。って、お前変わってんのな」
「そうか?」
「そうだよ。なぁ、よかったら昼飯一緒に食おうぜ?」
他愛もない、つい先程までの、ついさっきまでの、木鷹との会話に比べれも他愛もない、他愛すらない、そんな取るに足りない会話から、僕に声をかけてくれたのは。
「えっと、それで誰なんだっけ?」
「俺は九重フドウ。よろしくな」
九重フドウだった。
「よろしく」
この九重という男はなんというか、なんと言うべきか、どう言うべきか、全体的に中の上であった。何がとは言わない。中の上な男であった。これ以上は何も言うまい。それ以上は何も言うまい。あれ以上は何も言うまい。どれ以上は何も言うまい。
九重との昼食はお気付きの通り、勘付きの通り、特に、特別、特段、代わり映えするような話はなかった。地元はどこだとか、中学どこだとか、勉強は得意かとか、好きな子いるのかとか、とかとか、とかとかとか、とかとかとかとか、であった。
とりあえず今日のところはひとまず、まずひとまず、学校生活のくだりは割愛させてもらうとしようではないか。まだ入学して2日目なので、そこまで面白い話があるはずもないのだから。
むしろ、というよりも、そんなことよりも、こんなことよりも、あんなことよりも、どんなことよりも、僕のまわりでは学校以外で、学校以上に、特殊で、異常なことが起こり過ぎているのだと思う。
家に住まう喋る猫に、怪人ハサミ女と、プライベートが充実し過ぎている。充実ではなく、渋滞している。
「さて、帰るか」
木鷹は早速、学級委員長として先生に呼び出されており、今日知り合ったばかりの、知り合いたてホヤホヤの九重に関しては部活の体験入部に行くとかいう中の上のような行動しているようなので、僕は一人で駅に向かう。
「あら、今帰りなのかしら」
聞き覚えのある声が、後方から聞こえてくる。
僕がそのまま、このまま、どのまま、あのまま、振り返ると、振り向くと、首元には鋏が突き付けられていた。
「げっ」
「げっ、とは何よ。わざわざ美少女の私が会いに来てあげたのに、ちょっとは喜びなさいよ。媚びなさいよ。媚び諂いなさいよ。こびり付きなさいよ」
「いや、最後のはちょっとよくわからんぞ」
「アナタ、この状況でよく落ち着いていられるはね。感心したわ。それに感動もした」
「どうして?」
「アナタ、お口が固いみたいだから。てっきりビビり散らして、ビビり倒して、喚き散らして、ベソをかきながら、汗をかきながら、恥をかきながら、私のことを言いふらすと思っていたから、黙ってくれていたこと、そこは素直に御礼を言わせてもらうわ。ありがとう」
名前も知らない彼女は、とても美しい笑顔で、腰を折った。会釈した。礼をした。お辞儀をした。その姿は、その角度は、その全ては、驚くほどに、驚きを通り越して驚かないほどに美しかった。
「あんなこと誰に言えばいいかわからねえんだよ」
「まあそうよね。私がアナタの立場でもそうするわ。だって相手を刺激してしまっては怖いもの。でも残念、アナタがどうしようとも、アナタは今日ここではないどこかで死んでしまうのだもの」
そう発言する彼女の声からは、並々ならぬ何かを感じずにはいられなかった。
to be continued.