6/28の夢に大幅な加筆修正を加えて
昼の貧民街は人々でごった返していた。
ちょうどお昼時だからだろう。皆みすぼらしい格好に銀色のお皿を抱えて食料を支給する店の周りを彷徨っている。
ここまでの人混みは初めての経験かもしれない。
僕はその群衆に揉まれながらかろうじて行きたい方向へと移動していく。たまに背中の大きな荷物が人に当たって舌打ちをされる。確かに文句を言われても言い返せないようなくらいの大きさのリュックを僕は背負っている。
しばらく人の波と悪戦苦闘していた僕はやがて、移動のコツを掴んできた。こういうときは流れに逆らわない方が良いのだ。基本は波に乗りながら少しだけ自分の意思を介入させる。それがこの密集地帯を抜け去る1番の近道のようだ。
「遅い!」
やっとの思いで人混みを抜け出して、ほっと一息ついていると、待ちくたびれた素ぶりでハルがこちらにじっとりとした視線を向けてきた。
「そう言うなよ、ほら、お前より荷物も体もでかいんだから」
「はいはい、言い訳はけっこう、と言いたいとこだけどアオイちゃんがまだ戻ってきてないから許してあげる」
そう言ってハルは先ほど通り抜けてきた人の塊へ目をやる。大方が廃墟となった街のあちこちの厨房で湯気やら煙が上がっていた。厨房の中では屈強な体格をしたコックたち(もちろんほとんどが無免許だ)が群がる浮浪者たちに炊き出しを配っていた。無論、ほぼすべてが違法食材だろう。
「アオイちゃん、コウくんが遅いからあたしたちの分も炊き出しもらってきてくれるってさっきもう一度あっちの方戻っていったの」
「そうだったのか。ありがたい」
図書館での戦いを終えて僕の体にはかなり疲労が溜まっていた。ここで食料補給できるのはかなり助かる。
「でもあたし絶対あの謎の肉だけは却下。見た?絶対やばいやつだよあれ」
確かに、道中軽く厨房の中をのぞいたが、明らかに得体の知れない異形生物の死骸をさばいていた。
「食えればいいんだよ、特にここに住んでる人たちにとってはな」
げ、とハルは露骨に嫌な顔をするが、すぐに神妙な面持ちになる。
「でもさ、ここ、ちょっとギルナの街に雰囲気似てるよね」
「…そうだな」
この、民度は低いが活気付いてる下町の雰囲気。
もうどれくらい帰っていないかわからない、帰れるかもわからない故郷の名前を出すのは反則だ。しんみりしてしまう。
「お待たせしました〜!」
そんなことを言っていると、食料をもらいに行っていたアオイちゃんが戻ってきた。
何やらスープのようなものが入ったお皿を3つ両腕に抱えて走ってくる。危なっかしい。
「ありがとう、アオイちゃん」
「えーと、これがコウさんの分で、これがハルちゃん、これが私です」
そう言ってせっせと配膳してくれる。
スープの味はまあまあだった。何が入っているかについて想像を膨らませなければ普通に美味しくいただける。
腹ごしらえをさっと終えると、僕らはすぐにその場を発った。いつ図書館での件が王家の奴らに知られて追っ手が来るかわからない状況だ。移動は速やかに行った方がいい。
「で、今日の寝床はどこなの?」
ハルが聞いた。
「この方向に行った先にショッピングモール跡があるらしい。そこにしよう」
もちろん、“先客”はいるだろうが。
「りょーかい。じゃあとっととたどり着いちゃいましょ」
そう言ってハルはスタスタと先を歩いていく。僕はアオイちゃんと一緒にその後をついていく。
ショッピングモール跡地は意外に遠く、ついた頃にはもうあたりは薄暗くなっていた。
目の前には巨大な鉄筋コンクリートの城が佇んでいる。なかなかの規模だ。かつてはさぞ盛況なショッピングモールだったのだろう。今では見る影もないが。
正規の入り口には案の定、「封鎖ズミ 侵入禁止 入ルナ」という殴り書きと共に厳重に石ブロックで封鎖がなされていた。
僕たちは別の入口を探す。
「あ、ありました。多分ここです」
アオイちゃんが生い茂る雑草をかき分けて建造物の割れ目を発見した。
僕のリュックがなんとかギリギリ通る程度の大きさだ。背の高い雑草たちに巧妙に隠れている。
「ここみたいだな。行こう」
ショッピングモール内部は当たり前だが真っ暗だった。僕は小型ライトを取り出す。
寝床としてちょうど良さそうな場所を探す僕らの足音が静まり返ったフロアに響き渡る。
ハルもアオイちゃんも急に大人しくなって無言で後ろをついてくる。
「二人とも急に静かになってどうしたんだよ、まさか怖いのか?」
「ば、ばか、怖いわけないでしょ!ちょっと疲れただけよ、ほら、さっさと進んで!」
明らかに怖がっている。ちょっと脅かしてやるか。ライトを顔に下から当てて後ろを振り向く。
「「ひっ」」
二人の顔が引きつる。
「なんだ、やっぱり怖がってるんじゃないか。そんなんじゃこの先大変…」
「ち、違うんです、コウさん、うし、後ろ…!!」
後ろ?振り向くとそこには僕の背丈の3倍くらいもの大きさのムカデのような甲殻類が僕らを見下ろしていた。
「まずいっ」
オオムカデはそのまま僕らめがけて体を叩きつけてくる。とっさにみんなで避ける。飛んできた瓦礫で少し頬のあたりを切ってしまったが、かすり傷だ。
僕はすぐに臨戦態勢をとった。カバンからナイフを取り出して左手に持つ。右手のライトで相手の位置を捕捉しながら相手の弱点を探る。
「目よ!そいつの弱点は目!それ以外は硬すぎて傷一つつかないわ!」
瞳を緑色に光らせて、ハルがこっちに向けて叫ぶ。どうやらこの短時間で解析を終えたみたいだ。
了解。僕はうねるオオムカデの足元付近に滑り込むとそのまま奴の体に沿って顔付近まで到達する。
しかし、オオムカデはこちらに気づいて顎の牙を構えてこちらに噛みつこうとしてきた。くそ、死角を攻めたつもりだったが。そうか、この頬の傷の血の匂いに反応したのか。
その攻撃をかわした僕は足元の瓦礫に足を取られてバランスを崩す。すかさずオオムカデはそこに口から突っ込んでくる。まずい。
ガァン!!という音が響きオオムカデが苦しそうな声をあげる。
音の方を見ると、アオイちゃんがショックガンを構えていた。
ナイスだ。僕はすぐさま体勢を立て直すとそのままオオムカデの顔を踏みつけナイフを奴の左の目ん玉に突き立てた。
オオムカデは断末魔のような甲高い叫びをあげ、僕を振り払うと、身を翻して逃げ帰っていった。
「よかった。なんとか追い払えたみたいだ」
そう言ってハルとアオイちゃんの元へ駆け寄ろうとした瞬間のことだった。
「動くな」
首にナイフを当てられている感触。背後から何者かに命を握られている。おそらくここの住人だろう。声から察するに若い男性だ。ひょっとすると自分と同じくらいか。後ろに目をやるがフードをかぶっていて顔はよく見えない。
「いくつか質問に答えろ。まずお前たちは何者だ?」
「三人で旅をしている。今夜だけここに宿泊させてほしい」
「どうやってここのことを聞いた。目的はなんだ」
「メルトの街の貧民街で情報を得た。目的は療養だ。ここ数日まともに屋内で眠れていない」
「ちっ、スラムのジジイどもが…。わかった、ただし持ち物検査をさせてもらう」
そういうとそいつは僕のリュックの中身を探り出した。大丈夫、こんなところに住み着いている奴には次元収納魔術は見破る知識はないはずだ。図書館で手に入れた石版たちが見つかることはない。
案の定、荷物検査はお咎めなしと判断されたようだった。
「オーケーだ。連れの女二人も一緒に外来者用の寝床に案内する。見張りがついているから少しでも怪しいそぶりをしたら即殺す。いいな」
仕方あるまい。争い事にならないだけ十分だ。
ハルとアオイちゃんも取り押さえられていた。ハルを抑えている奴は中年男性のようだ。この距離でもほんのりと酒臭い。
「ひぇっヘッヘ。お嬢ちゃんみたいな若い女の子久しぶりすぎておじさん興奮しちまうなあ」
「うるっさいわね、黙ってなさいクソジジイ」
こんなときでもハルは強気だ。
僕たちは住人数人に連行されて、ショッピングモールの一角、どうやらフードコートだったような場所に案内された。
「今夜はここにいろ。出て行くときは速やかに出て行け、いいな」
「わかった。恩にきる」
くれぐれも変の行動は取るんじゃないぞ。そう言い残すと彼は住民たちを従えどこかへ去っていった。
「全くなんなのよ!あのくそじじい!!気持ち悪い目で見やがって!」
ハルは怒りが収まらない様子だった。
「まあまあ、なんだかんだ寝床は得られたんだから、そう怒らないでくださいハルさん」
アオイちゃんがなだめる。
「おいおい、俺がァなんだって?」
その声の方を見ると先ほどハルを取り押さえていた飲んだくれの中年の男がそこにいた。僕らの見張り役に仰せつかったようだ。
「ひっ、キモおやじ!」
「おいおい嬢ちゃん、キモおやじは傷つくなあ。ったく、娘を思い出すぜ。ところでお前たち強えンだな。あの東棟の主に一撃食らわせて追いやるなんてよ」
「東棟の主?あのオオムカデのことですか?」
「そうさ。東棟より先はあいつの縄張りなんだよ。俺らも進入できねえ。お前らがここに入ってきたのは気づいちゃいたが、東棟の方へ向かったから放っておいたのさ。勝手に死んでくれるぶんには構わねえからな」
ウエッヘッヘとおじさんは笑う。
「あ、あれくらい朝飯前よ、私にかかれば」
「お前よりアオイちゃんのおかげで倒せたようなもんだけどな」
僕はアオイちゃんの方を向く。
「あのときは助かったよ。ありがとうアオイちゃん」
「い、いえ、私はそんな、最低限の援護をしただけです…」
アオイちゃんは恐縮そうに俯く。普段は普通の控えめな女の子のようで、いざ戦闘になると冷静沈着に相手の急所を仕留めるのだからすごい子だ。
「へえ、嬢ちゃんも戦うのかい、最近の子はすごいねえ」
おじさんは感心そうにつぶやく。
「ところで、おじさん、トイレはどこにありますか?」
「ああん?あっちの方に昔使われていたトイレがあるぜ。今は色々ぶっ壊れちまってるけどな。そうだにいちゃん、一緒に連れションとでも行くかい」
そう言って酒臭い息を吹きかけてくる。僕は渋々その申し出を受け入れる。見張りなのだからついてこられるのはある程度は仕方ない。
ショッピングモール内に二人分の足音が響き渡る。
「さっきは手荒な歓迎しちまってすまなかったな。俺はヨセフっつうもんだ。あんまり詮索するつもりはねえがよ、にいちゃんはなんで旅なんてしてるんだい」
さっきまでとは打って変わって真面目なトーンでおじさんが話し始める。
このおじさんに裏があるようには見えないが、こちらとしてはさっき出会ったばかりで明日には別れるような他人にペラペラと旅の目的を喋るわけにもいかない。僕はうまくごまかす。
「故郷を追われてしまいましてね。行くあて探しってとこですよ」
「そうかあ、大変なもんだなあ、まだ若えのによ。若えのに大変といえば、ここのリーダーやってるさっきのあいつもだ。ここのロクでもねえ奴らをまとめるなんて並大抵の努力でできるもんじゃねえ」
「さっきの人がリーダーなんですか」
「そうさ、手荒な真似してすまなかったな。こんな時代だからよ、俺らみたいな社会のはぐれもんはみんな助け合わないといけないってのはわかってるんさ、あいつもな。昔はな、あいつも人情溢れるリーダーだったのよ」
「そうなんですか」
意外だった。さっき言葉を交わした感じからは冷静で非情な人間にしか見えない。
「あいつが変わっちまったのには理由があるのよ。俺の娘を守れなかったことをあいつは今でも悔いてるんだ」
「娘さん?」
「何だい、驚いたか?こんな飲んだくれのおっさんでも、愛する娘がいたのさ」
「聞いていいのかわかりませんが、娘さんに何かあったんですか?」
「連れ去られたのよ。帝都の奴らにな」
僕は息を呑んだ。まさかこんなところにまで奴らの手が及んでいたとは。
「ちょうど1年前くらいだったな、あれは。お前らみたいにここに迷い込んできた奴らがいたのさ。その頃のリーダーはまだ今と違って人情があったから快く受け入れてやってよ。でもよ、そいつら、実は帝都の奴隷商人だったのさ」
「奴隷商人…。それで娘さんが…?」
「そうだな、朝起きたときにはそいつらと俺の娘がいなくなってた。まだ10歳ちょっとだった子だ。そして、後にそいつらがこういう廃墟に住み着く奴らを専門に狙った人買いどもだってわかったんだ。もちろん俺も凹んださ。そいつらを追いかけて帝都まで行こうともした。でもよ、リーダーが俺を止めたのさ。あの子はいつか自分が必ず帝都に出向いて取り戻してみせるから、あなたまで犠牲になろうなんて考えないでほしい。ここの住人はもう誰一人として失わせないって、涙を流しながらな」
トイレを終えても僕たちはそこで話し込んでいた。その事件の後リーダーが今のように外部の放浪者に対して非情になったこと、いつか来る蜂起のときを待って帝都の情報を集めていること、娘さんとの思い出など、ヨセフの話は止まらなかった。
「でも、どうしてそんな話を僕にしてくれるんですか。ひょっとしたら僕だって帝都の奴隷商人かもしれません」
「ああ、それはな、わかったからさ。あのリュックを調べたときに…」
そのときだった。ズン、という大きな地響きがトイレの外から聞こえてきた。
「何事だ!」
外に出てヨセフはトランシーバーで状況を確認する。
「侵入者あり!明確な敵意を持っているようです、全身が機械仕掛けのアーマーで覆われていてレーザーのようなものを照射し破壊活動を行なっています、被害状況は不明!」
その報告を聞いて僕は図書館で遭遇したロボット兵を思い出した。あいつらだ。なぜここに現れた?僕たちを追って、というのなら情報が早すぎる。
まずいな…。そうヨセフはつぶやくと、
「にいちゃん、あんたたちはここから逃げる準備をしたほうがいい。おそらく俺たちが帝都の情報を集めていることが奴らに漏れたんだ。ここから先は戦闘になる」
「僕たちも戦います!少しは力になれると思います」
ヨセフは僕の返答に少し考えた後、困った顔をして「とりあえずお嬢ちゃんたちのところに戻るぞ」とだけ答えた。
「もう!遅いじゃない、ねえ、なんなのこの音?」
フードコートに戻るとハルとアオイちゃんが不安そうな顔をして待っていた。
僕はヨセフに聞こえないように二人にだけ小声で
「おそらくあいつらだ、図書館で遭遇したあのロボット兵がなぜかここにきている」
と伝えた。二人にも緊張感が走る。
「で、どうするの?狙いはあたしたち?」
「まだわからない。何れにせよもし僕たちの身の安全だけを考えるならここから脱出するの一択だ。でも」
言葉を切る。そこから先の三人の気持ちは一緒だった。
もうこれ以上人が死んでいくところは見たくない。
「場所は?中央広場だな、よし俺もすぐ行く!」
ヨセフはトランシーバーで連絡を取ると武器を取り出して現場に向かおうとする。
「おい、にいちゃん、あんたももし来るんならこっちだ!もっとも、嬢ちゃんたち連れて逃げてもらっても構わねえけどな!」
「バカ言わないで!あたしの強さを舐められたままじゃ終われないわ!」
ハルが息巻くと、アオイちゃんも無言で頷いた。
「あのロボット兵だとしても一体ならきっと倒せる。いくぞ、図書館での借りを返そう」
***
中央広場ではすでに交戦が行なわれていた。
ライトとナイフや銃を持ったショッピングモールの住人たちが相対する向こうには、人型のロボットが立っていた。不気味に目の位置が赤く光っている。間違いない、あいつだ。帝都図書館のガードロボットと同じ。握る拳に力が入る。
ロボット兵はライフル銃での攻撃を意に介さず手からレーザーのような光を出してショッピングモールを破壊していく。
「くそっ、なんなんだあいつは」
「リーダー!」
ちょうど今駆けつけたリーダーは舌打ちをする。
「おい、旅人。あれはお前が呼び込んだのか?」
「わからない。でも、おそらく、帝都の差し金だ。目的が命令としてプログラムされていて、それを達成するまでは止まらない。その目的はまだわからないが」
帝都の、のところでフードに隠れたリーダーの表情が変化した気がした。
「そうか。まさかそちら側から出向いてくれるとはな。みんな、例の作戦を決行だ!」
そう言って住民に指示を出す。見ると住民たちはフォーメーションのようなものを組んでロボット兵をどこかへ誘導しているようだ。
「ここから東棟へ向かう途中に動力室があるのさ」
隣でヨセフが口を開く。
「そこであいつに大量の電力を流し込んでショートさせる。それがこういった事態に備えて俺たちが周到に用意してきた作戦だ。本来人間相手に感電させるつもりの設備だったが、あの機械野郎だって無事じゃ済むまい」
確かにそれならあいつの動きを止めることができるかもしれない。
僕はハルに念のため、解析をお願いする。
「やれるか?おそらく相当複雑なシステムになっていると思うから時間はかかると思うけど」
「まかせなさい、あたしはそのために来たのよ。見てなさい、あのときの借りはきっちり返してやるから」
そう言ってハルは、ロボット兵に攻撃されないギリギリまで近づくと、瞳を緑色に光らせた。
その間にも住人たちによる誘導作戦は着実に遂行されていた。動力室らしき場所の目の前に何やら危なっかしい装置が置いてある。
その装置の台の上までロボット兵を誘導できれば電力を放出できるのだそうだ。
ロボット兵はそうとも知らずに住人の攻撃を受けて反撃をしながら少しずつその場所へと誘導されている。
「よし、そろそろ準備だ」
リーダーが指示を出す。そして、ロボット兵がちょうど台に乗ったところで大声で号令を放った。
「今だ!出力最大!!」
その瞬間まばゆい光とともに台の上でロボットが光り輝く。とんでもないパワーだ。こんな力がこのショッピングモール跡に備わっていたのか。辺り一面が光で照らされる。
やがて電気の放出が止まったとき、ロボット兵は完全に動かなくなっていた。目に灯っていた赤い光も消えている。
「どうだ、思い知ったか、化け物め」
リーダーは高らかに勝利を宣言する。歓喜の声が住人からも漏れる。
想像以上にここの人たちが準備をしていたおかげで、僕たちの出る幕はなかったみたいだ。まだロボット兵の近くで解析を続けているハルに僕は声を掛ける。
「ハル、どうやらやっつけたみたいだ。もう解析を終えていい」
「違う…。待って…もうすぐ終わるけど…こいつまだ…!」
その瞬間ロボット兵の目に再び赤い光が灯る。
「何っ」
リーダーがそう叫ぶ間も無くロボット兵は周囲に向かって無差別にレーザーを撒き散らした。周囲の壁が大轟音とともに崩れ、煙が立つ。
「ハル!!!」
一番至近距離にいたハルにも当たったかもしれない。なんてことだ。帝都の作ったロボット兵だぞ。緊急電力くらい用意していて当たり前じゃないか。
急いで現場に駆けつけると、ハルが倒れていた。
そして、ハルに覆いかぶさるようにもう一人。
「おじさん!!」
慌ててヨセフの体を抱きかかえると手にべっとりとした液体がついた。血だ。
「うっへへ…、ちょいとかすり傷食らっちまった」
「クソジジイ、あんたどうして…私なんか庇って…」
「手厳しいねえ嬢ちゃん。なんだか、娘のこと思い出しちまってさ。気がついたら体が動いちまってたよ、この体たらく、大して速くも動けねえってのに」
傷は腹部の側面を抉り抜いているようだった。出血量が多い。このままだと、率直に言ってまずい。
「しかし、参ったもんだなあ。俺たちが必死に考え出して用意した作戦もあいつには通用しねえのか」
「まだ諦めることはないですよ、今のでおそらく緊急電力に切り替わりました、もう一発くらわせられれば今度こそ勝てます!」
「そうか…。でもな、にいちゃん、さっきので溜めてた電力のほとんどを使っちまってんだ…どのみち無理なのさ…もうあの機械野郎の破壊行為を止める方法はねえんだ…」
ヨセフは変な汗をかいてヒューヒューと苦しそうな息をしている。
「おじさん」
ハルが口を開いた。
「おじさんのおかげで解析が最後までできた。あのガラクタ、表面はやけに頑丈だけど内部に弱点がある。内部のコアさえ破壊できればあいつの動きは停止する」
「でもそのためには頑丈な外部を破壊しないといけないってことだろ?何か方法はあるのか?」
僕はハルに尋ねる。僕たちの装備ではそんな硬い物質を破壊できるアテはない。
「ひとつだけ…」
そう言ってハルは声を潜める。
「なるほどな。つまり俺の出番ってわけだ」
ヨセフは立ち上がろうとする。
「おじさん!無理です、その傷じゃまともに動けません」
「へへ…天国で娘を待つときによお、そんときに手土産の武勇伝、一つくらいねえと困るんだよな。俺に任せとけ。必ずやり遂げる」
そういうとヨセフは立ち上がった。本来ならまともに意識を保つことすら難しいくらいの重傷だ。
遅れてリーダーが駆け寄ってきた。ヨセフの傷を見て絶句する。
「ヨセフおじさん!すみません、また僕のせいだ、僕がまた油断をしてしまったから…」
「おいリーダー。自分を責めるんじゃない。お前はよくやってるよ。1年前も、今もな。自分を見失うな。俺がいなくなっても、この場所を頼んだぞ。いつか娘が帰ってきたときは盛大に迎えてやってくれや」
リーダーは無言で頷く。
「んじゃ、最後に一仕事してくるかあ。達者でな、嬢ちゃん。にいちゃんも」
ヨセフは僕にある言葉を耳打ちをする。それを聞いて僕は心底驚いた。
「おじさん、それって…!」
それに答える気はない、と言うように、ヨセフは背中を向けたまま手を上げると、よたよたと向こうでショッピングモールの破壊を続けるロボット兵の方へ歩いていく。そして叫んだ。
「おい機械野郎。おめえ、目的ってやつ全然達成できてねえぞ。見てみろ、俺一人殺せてやしない。このポンコツが!!」
その音を聞いてロボット兵が振り向く。ゆっくりと進行方向を変えるとヨセフに向かって動き出した。
「よーし、いいぞ。こっちだこっち」
ヨセフも腹に手を当てながら東棟の方向へ歩いていく。
「動けるものは負傷者の手当てを!あの化け物はヨセフが戦ってくれている!」
リーダーは呆然としている住人たちに語りかける。
「何をしている!顔を上げろ!前を向け!まだ俺たちは負けてなどいない!ヨセフはまだ戦っているのだ!俺たちの心が折れてどうする!」
それを聞いてそれまで絶望の色を浮かべていた住人が力を取り戻していく。それを見てヨセフは微笑んだ。
やがて、ヨセフとそれを追うロボット兵は東棟にたどり着いた。僕は万が一の事態に備えてそれをやや遠くから追う。
ロボット兵はもうほぼヨセフに追いついていた。それだけヨセフの動きがのろくなっているというのもあるが、これはすべて彼の作戦通りだった。
ロボット兵とヨセフの距離が2m程度になったところでヨセフは急に進路を逆向きに変え、ロボット兵との距離を詰めた。意表を突かれたのか、ロボット兵は混乱してレーザービームを撒き散らす。一部がヨセフの足に当たった。しかしヨセフは止まらない。
「へへっ、もう逃がさねえぞ、ポンコツ」
そのままロボット兵に抱きつく形になる。
「おじさんは、何をしているのですか…?」
横にいたアオイちゃんが尋ねる。
僕は答えられなかった。アオイちゃんも薄々気がついているはずだ。彼が何をしようとしているかを。
ロボット兵は必死にヨセフを引き剥がそうとするが離れない。一体どこにそんな力が残っていたのか、というくらいビッタリとロボット兵の側面にしがみついている。
「さあ、俺の血をいっぱい味わいやがれ、ほら、そろそろお前をぶっ壊す最終兵器のお出ましだ」
その瞬間、暗闇から何やら巨大な影が飛び出してきた。そのまま勢いよくロボット兵に噛み付く。それに合わせてヨセフは間一髪でロボット兵から離れると、床に転がった。うめき声をあげる。
「おじさん!!!」
僕はすぐさま駆け寄ろうとしたが、ヨセフはこちらを見て無言で「くるな」と訴える。
噛み付いたのは、紛れも無い、ここで一番最初に僕たちを襲った”主”だった。
———あたしたちが襲われたあの東棟のオオムカデ。あいつの牙なら硬度でロボット兵を上回れるわ。でも問題が一つ、あのオオムカデはロボット兵のような金属物体には反応しない。
———じゃあ、どうやってあいつにロボット兵を襲わせるんだ。
———おいおいにいちゃん。ここまでくれば答えはもう出てるじゃねえか。あいつの体に俺の血をべっとりと塗りたくるんだよ。そういうことだろ?嬢ちゃん。
主は思惑通りその鋭く硬い牙でロボット兵の体を真っ二つに切り裂いた。核が露わになる。
———じゃあ、そのあと核の破壊方法は?
———わかってる。嬢ちゃん、言わなくていいぞ。やるからにはちゃんとそこまでやってのける。
「ったく、好き勝手に壊してくれやがって。これじゃあ娘が帰ってくる場所が無くなっちまうじゃねえか。そんな奴にはお仕置きが必要だよな」
ヨセフは真っ二つになったロボット兵の元へ這いずりよると右手で手榴弾の栓を抜いてロボット兵の体に突っ込んだ。
次の瞬間爆発音が辺りにこだました。
僕はまぶしすぎるその爆発をしっかりと目に焼き付けていた。命が散っていくその瞬間を今度は、しっかりと。
***
「その、色々とすまなかったな。お前たちがいなければここのショッピングモールはあいつに破壊されていたよ」
一夜明けてリーダーは申し訳なさそうに僕を見送ってくれた。
「いえ、いいんです。ヨセフさんからリーダーのこと、聞きました。こんな時代だからこそ、それでいいんだと思います」
「そうか。俺はまた仲間を守ることができなかった。ヨセフおじさんに託された言葉を胸にまた一からここを作り上げていくことにするよ」
「ほら、コウくん、早くいくよ」
後ろからハルに急かされた僕は、それじゃあ、とリーダーに礼をしてショッピングモールを旅立った。
———にいちゃん、帝都に反逆しようとしてるんだろ。いいこと教えといてやる。あの石板はまだ完全体じゃない。あとひとつ、王家の連中が持ってるんだ。それを手に入れるこった。大昔に、帝都で鍛冶屋やってた老いぼれジジイからの助言だよ。
おじさんがロボット兵を倒しに向かう直前に僕に耳打ちした言葉を反芻した。
荷物検査をされたとき、おじさんは次元収納魔術を見破って石板も見つけていたんだ。その上で僕たちを助け、アドバイスをくれた。
おじさんの娘の名前をリーダーから聞いておいた。キーラ。帝都へ戻ったら、彼女のことも見つけ出さなくてはいけない。彼女の帰る場所を命を賭して守ったおじさんのためにも。




