俺は『私』として、生きていく ~かつて男の、悪役令嬢の終わり~
一発ネタ。
一時間くらいで書き上げました。
「──え? え、え? えぇ?」
気が付いたら、俺は金髪ツインテールの女の子になってました。
うん、何を言ってるのか分かりませんよね。
安心してください、俺もです。
「っていや! いやいや、そうじゃなくてッ!」
危うく現実逃避していた意識を引き戻し、ガバッと目の前の鏡に駆け寄った。
そこに映るのは俺……だけど、俺じゃない。
黒髪短髪だった頭は、金髪ツインテールに。
ヨレヨレのTシャツは、純白のドレスに。
メタボ体型は、スレンダーな体つきに。
「なんじゃこりゃあああああ!?」
そう……つまり俺は、女の子になってました。(二回目)
◇ ◇ ◇
「つか、ここマジでどこだよ?」
やたら豪奢なベッドに腰かけて、俺はやたら広い部屋を見回した。
高そうな調度品。きらびやかな天井。何もかも全て、今まで俺がいた部屋ではなくなっていた。
俺の部屋といえばそれはもう汚くて、ゴミやら洗ってない服やらがところ狭しと転がった汚部屋だ。断じてこんな、貴族様が住んでそうな部屋じゃない。
「……ん? 貴族?」
と、ふと頭に浮かんだ言葉を口に出す。
貴族……確かにそんな感じだ。思えば、いま俺が着るこのドレスも、もろ貴族な感じじゃないか。
だからこそ意味がわからない。
何でこんなことになっているのか。本当の俺の姿はどこにあるのか。
考えていると……。
「お嬢様!?」
「うおわぁッ!?」
どんどん、と扉を叩く音に驚いて大声を上げてしまう。
誰だ、と思うより早く、扉を開けて部屋の中に入ってくる女性。
「どうされましたか、お嬢様!? 先程の大声は!?」
「え、あ、いや……」
顔面蒼白のまま、女性は俺に詰め寄った。
何と言っていいか分からず、とりあえず言い訳を口にした。
「ちょ、ちょっと、発声練習を……」
「はぁ?」
何言ってんのコイツ? という表情の女性。
まぁ、我ながら苦しい言い訳だったな……なんて思っていると、その女性は。
「まったく……年頃の女性ですから、もっとお淑やかになってくださいね──エミーリアお嬢様」
俺にとって衝撃的な名前を告げた。
その名前は、俺が少し前までプレイしていた乙女ゲームの登場人物……悪役令嬢の名前だったからだ。
◇ ◇ ◇
エミーリア・ファシウス・エルンスト──それがいま現在の俺の名前、ということになる。
エミーリアはとある乙女ゲームに出てくるキャラクターで、その役割は悪役令嬢……つまり、主人公である女の子に色々とちょっかいをかける、いじわるな貴族のお嬢様だ。
何で男の俺が乙女ゲームなんてやってたのかっていうと……興味本意、ただそれだけだ。
まぁ世の中にはエロゲーやる女性だっているだろうし、乙女ゲームやる男がいたって不思議じゃないだろう。
いや、問題はそんなことじゃなくて。
「何で俺が、その悪役令嬢さまになってんだよ……」
配役おかしいだろ、どう考えても。
せめて他の、攻略対象の男どもにしてくれよ。
「つか、どう考えてもあれだよな。これって……」
つまり、異世界転移。
いや、元の姿のままじゃないから、正確には異世界転生になるのか?
まぁ、どっちでもいい。転移でも転生でも。
俺は向こうの世界に未練なんてないからな。
両親はすでに他界してる。友達はいないし、ニートやってるから金もねぇ。
両親が残してくれた僅かな遺産を食い潰していたロクデナシだ。今さら帰りたいとも思えない。
だったら、この世界でどう生活するか、だが。
「とりあえず……」
面倒事は避けたいところだ。特に、ゲームみたいな悪役ムーヴして全方位から嫌われるなんて真っ平ゴメンだからな。
「お淑やかに、とりあえずお淑やかに生活するぞっ」
これが、俺の異世界での生き方として決定したものであり。
これから先、ずっと続けていくことになることだった。
◇ ◇ ◇
「──したの? 大丈夫かい?」
「……え?」
そんな、在りし日のことを夢に見ていた私は、隣に座る彼の声で目を覚ました。
「うなされていたわけじゃないけど……少し、泣いているようだったからね」
「泣いて、いた? 私が……?」
「うん。何か悲しい夢でも見たのかい?」
「…………」
言われ、私は目元をそっと拭った。
指先には、確かに透明な滴が付着しており……本当に泣いていたのだと理解した。
何故だろう。そう考えて、想いを馳せて──分かったのだ。
私は、あの日の夢を見たのだと。
あの日、この世界に女として転生した自分。
エミーリア・ファシウス・エルンストとして生きることを決意した日のことを。
最初の頃は、本当に大変だった。
当然だ。今まで男として生きていたのに、急に女性に……しかも貴族の女としてなど、到底無理があった。
苦労して、苦労して……しかし、その苦労もすぐに慣れてしまった。
それは恐らく、すでに十数年間貴族として生きた、このエミーリアの肉体そのものが覚えていたからだろう。
貴族令嬢としての振る舞いは、ちょっとやるだけで完璧にこなすことができたのだ。
それは運が良かった、と言えるけど。
でも……今も時々、思うことがある。
本当のエミーリアのことを。
悪役令嬢だった本当の彼女はどうなってしまったのだろうか。考えても詮の無いことだけど、考えずにはいられないのだ。
特に、今日のような日には。
「……いいえ。大丈夫ですわ、クラウス様」
「そうかい? 君がそう言うのならいいが……」
「はい。……お待たせしました、行きましょうか」
「あぁ。……さぁ、手を」
差し出された手を握り、私は立ち上がる。
今日は、私とこの人の結婚式だ。
クラウス・フォン・ビッテンヴルグ様──私の許嫁であり、大貴族のご子息様。
この方は乙女ゲームの中では、エミーリアに愛想が尽きて主人公に惚れてしまうのだけど、私が悪役として生きなかったことで、こうして結婚することになったのだ。
だからこそ、考えてしまう。
エミーリア。貴女がこの光景を見たら、何を言うのかしら。何を思うのかしら。
考えても、詮の無いことだけれど。考えてしまうの。
「さぁ、エミーリア。皆が手を振ってくれている。僕らも」
「はい」
二人で並んで歩き、ビッテンヴルグ家の大広間に集まった多くの方々の前に出る。
集まってくれた方々は、この国の貴族をはじめ、私が通った学園の同級生たちの姿もあった。
数年振りに会う彼ら、彼女らは皆、大人びていて成長を感じられた。そして、その中には──
「エミーリア! おめでとう!」
「────」
私の大親友の、あの娘がいた。
彼女こそ、原作の乙女ゲームで悪役令嬢……つまり私と仲違いを起こし、その亀裂を最後まで戻すことがないまま終わってしまった人。
主人公の役割を与えられた女性だった。
けれど、この世界で私は悪役令嬢にはならず、結果として私達は親友のまま、今日までやってこれた。
彼女はとても明るく、友達思いで、優しい女性だ。
誰にだって好かれる、本当に魅力的な人。
彼女と敵対することを選ばず、本当に良かった。
あんなにも素晴らしい人を失いたくないから、私はあの日の自分の選択を誇りに思おう。自慢に思おう。
「──ありがとう! ありがとうございます!」
この場に集まった全ての人に聞こえるような大声で。
この場に集まった全ての人に見えるように大きく。
私は手を振った。
そしてこれも、私の人生の一幕だ。
ゲームなんかじゃない、これからも私の人生は続いていくのだから。
『俺』ではなく、『私』になって。
いつの間にか男だった自分は消えていき、女としての自分になっていった。
男として生きた日のことを忘れだして、男としての自分の名前を忘れてしまったとしても。
この世界で、私はエミーリアとして、生きていく──。
終わりです。