ドングリいっこでおなかいっぱいになる方法
あるところに、「逆さ虹の森」と呼ばれている森がありました。
森には様々な生き物が暮らしており、食いしん坊のヘビも、森で暮らす生き物のうちの一匹でした。
ある日、ヘビは思いました。
「お腹いっぱいご飯を食べたいな」
どこまでも広がる逆さ虹の森では、立ち並ぶ木々はたわわな果実を実らせ、川の中ではきらきらとうろこが光る魚が泳ぎ、森の生き物たちは森の恵みのおかげで元気に暮らしています。ヘビも今までにご飯に困ったことはありません。
しかし、食いしん坊のヘビは、もっともっと、今までに味わったことがないくらいお腹いっぱいになってみたいと思いました。
「そうだ、ドングリ池にお願いしてみよう」
ドングリ池というのは、この森の中にある池です。
とても大きな逆さ虹の森には、いくつもの不思議がありました。森の名前の由来となった逆さ虹も、森で見られる不思議のうちのひとつです。
そして、またひとつの森の不思議であるドングリ池は、ドングリを投げ込むとお願い事を叶えてくれると言われていました。ヘビはそのドングリ池へ行ってみることにしたのです。
ちょうど季節は秋。オレンジ色に染まった森には、ブナやシイやコナラといった木々が落としたドングリが辺りに落ちていました。
ヘビはドングリ池に持って行くドングリを集め始めました。細長いしっぽを地面で滑らせ、落ちているドングリを転がします。どれも帽子をかぶったかわいらしいドングリたちです。
かき集めようとすればドングリはコロコロと転がり、しっぽから逃げていきます。
最初は一個運ぶのにも苦労していたヘビでしたが、何個も集めているうちに、しっぽもずっと細かく器用に動かせるようになり、スムーズに集められるようになっていきました。
いくつものドングリを一箇所に集めて、さあこのドングリを持ってドングリ池に行こうとして、ヘビは困ってしまいました。
いったいどうやってドングリを池まで運びましょう。
ヘビには器の代わりになる手も、物を摘まめる指も持っていません。集めた時のようにしっぽで転がしながら行くには、ドングリ池はここからではあまりにも遠すぎます。
ヘビの体で器になりそうなところはかろうじて口しかないと、ためしにひとつくわえてみましたが、普段から食いしん坊なものですから、うっかりそのまま飲み込んでしまいました。これではやっぱり、自分で運ぶことは無理です。
代わりにドングリを運んでもらえないか、ヘビは誰かに頼んでみることにしました。
森の中をさまよい、ヘビはコマドリを見つけました。
コマドリは高い木の枝の上で美しい声で歌っています。
「コマドリさん。お願いがあるんだ」
「なんでしょう。もしも私の歌を聴きたいとおっしゃるのなら喜んで」
「ドングリをドングリ池まで運ぶのを手伝って欲しいんだ」
「そんなことは無理ですよ」
コマドリはきっぱりと断りました。
「なにが無理なんだい? 君には手のように広がる羽根があるし、小さくても僕にはない足もある。木の実をつかむことぐらいできるだろう?」
「ヘビさん、よく見てください」
コマドリはまるで手を広げるように羽根を広げてみせました。
しかし、コマドリのきれいな羽根は手とは決して違います。
「私の薄い羽根は空を飛ぶためのもの。ドングリを持てるようにはできていません。私の細い足はこの体を支えるためのもの。ドングリをつかめるようにはできていません。とてもじゃありませんが、あなたのお願いを叶えてあげることはできません」
コマドリは飛び立つと、広げた羽で優雅に空を舞い、違う枝へ移ってみせました。
「これで、私には無理なことはわかったでしょう。さあもう行ってください。私は歌うのに忙しいんです」
ふたたび歌い始めたコマドリは、もうヘビの方を見ようとしません。
しかたがないので、ヘビは手伝ってくれる他の誰かを探しにいくことにしました。
ヘビが次にお願いしたのはアライグマでした。
アライグマは、川に身を乗り出してバシャバシャと水を立てていました。小さな手が細かく動いて、水をさらっています。
あの手ならきっと、ドングリをつかめるだろうとヘビは考えました。
「アライグマさん。お願いがあるんだ」
「なんだい。僕は今忙しいんだ」
アライグマは川をかきまぜる手を止めずに言いました。
「ドングリをドングリ池まで運ぶのを手伝って欲しいんだ」
「なんで僕がそんなことをしなきゃいけないんだい」
「ドングリ池にお願いして、お腹いっぱいになりたいんだ」
「そいつは魅力的なお願いごとだね。僕も今、お腹が空いていて、魚を獲ろうとしているところなんだ」
「だったら、一緒にお願いしに行こうよ」
「ダメだね。ドングリ池はここからじゃ遠すぎる。お腹が空きすぎて途中で倒れちまうよ」
「でも、ドングリ池まで行けば、お腹いっぱいになれるかもしれないよ」
「僕は今、お腹が空いているんだ。――ああもう、話していたから魚が逃げちゃったじゃないか! いつまでも邪魔をしていると、おまえを引き裂いて食べちゃうぞ!」
怒った暴れん坊のアライグマに牙を向けられて、ヘビは慌ててその場を去りました。
ヘビは次にクマに出会いました。
クマはヘビに出会った瞬間、木の向こうに大きな体を隠そうとしました。
「クマさん、クマさん。君は今忙しい?」
前の二匹に忙しいと断られたので、ヘビはまずそれを聞きました。
「ううん。忙しくないよ」
クマは木の幹から少しだけ顔をのぞかせながら言いました。
「だったら、お願いがあるんだ。ドングリをドングリ池まで持って行くのを手伝って欲しいんだ」
クマは体が大きく、手も大きいです。あの手ならきっと、ドングリをいくつもまとめて持って行くことができるだろうとヘビは考えました。
「僕にはむりだよ」
「どうして? 君は今忙しくないし、それに、立派な手があるから、ドングリを運ぶことは簡単じゃないのかい?」
「僕、君が怖いんだ」
怖がりのクマはヘビから離れたまま言いました。
「君はヘビじゃないか。君の牙にガブッて咬まれたら、食い込んで抜けなくなってすごく痛いんだ。僕、知ってるよ」
「君を咬んだりしないよ。だから、お願い」
「ひいい! かんべんしてくれえ」
するりと近づこうとしたヘビに驚き、クマはのっしのっしと走っていってしまいました。
またまたお願いをきいてもらえず、ヘビはとてもがっかりしました。
ヘビはさらにお願いしてまわりましたが、なかなか引き受けてもらえません。
それでも、森をあっちへこっちへとお願いして回って、快く引き受けてくれる動物にとうとう出会うことができました。
「付き合ってくれてありがとう、キツネさん」
「いえいえ、いいんですよ。困っている時はお互い様です」
ペコペコと頭を下げるヘビに、キツネはフサフサのしっぽを振ります。
キツネと一緒にドングリを集めた場所まで戻ってきて、ヘビは驚きました。
「ドングリがない!」
集めたドングリが一個も見当たりません。
慌てるヘビを見て、キツネは首を傾げます。
「場所を勘違いしているわけじゃないんですか?」
「まちがいなくここだったよ。この木の根っこから上を見上げて……そう、あそこで木の枝が三角形を作っている。真ん中には三枚の葉っぱ! やっぱりそうだ、間違いなくここだったよ」
「じゃあ、ヘビさんが集めたドングリはどこへ行ってしまったんでしょう?」
キツネが辺りを見回すと、少し離れたところに小さな動物の後ろ姿を見つけました。
それは、ふんわり巻いたご自慢のしっぽを立てたリスでした。
「リスさん、ここら辺りにあったドングリを知りませんか?」
近づいたキツネが声をかけると、それは優しい声だったにも関わらず、リスは飛び上がって驚き、ぴょんぴょんと駈け出しました。
その時、リスはなにかを落としました。
「あ、ドングリ!」
ヘビはコロコロと転がるドングリ一個に気がつきました。
振り返ったリスの左右の頬は、ぷっくりとふくれていました。
「リスさん、僕が集めたドングリを食べちゃったの?」
ヘビに聞かれて、めいっぱいにドングリをほおばった顔でリスは首を振ります。
「ちがうちがう、僕は落ちていたのを拾っただけだよ。落ちているものはこの森のもの、今は僕のほっぺの中だから僕のものだよ」
口からこぼれそうになったドングリを押しこんで走り出し、リスは今度は立ち止まりませんでした。
いたずら好きで、普段から森の動物たちを困らせているリスの身のこなしは、まさに電光石火でした。
ヘビはとてもがっかりしました。
「僕が集めたドングリがなくなっちゃった」
「もしかしたら、リスさんはリスさんで集めたのかもしれませんよ」
「そうだね。僕が集めた分は、他の誰かが持っていってしまったのかも」
お人好しのキツネに言われて、ヘビもそう考えることにしました。
キツネはリスが落とした一個を拾ってヘビに差し出しました。
「また集めますか? 手伝いますよ」
「ううん。それで行くよ。一個だけでもあれば、お願いはできるからね」
ヘビは一個だけのドングリをキツネに持ってもらい、ドングリ池へ行くことにしました。
たどりついたドングリ池は周囲に誰もおらず、とても静かでした。
「さあ、お願い事をしましょう」
ドングリを差し出すキツネをヘビは見上げました。
「キツネさん、君が僕の代わりに投げ入れてくれる?」
「それだと、私のお願いが叶えられてしまうんじゃないですか?」
「でも、僕には腕がないし。……そうだよ、せめてもう一個あればキツネさんもお願い事ができたのに。やっぱり集め直せばよかったね」
「私はヘビさんのお手伝いをするだけだからいいんですよ」
ペコペコと頭を下げるヘビに、やっぱりお人好しのキツネはにこにこと首を振るのでした。
「でも、やっぱり投げるのはキツネさんがやってくれないかな」
「うーん。じゃあ、こういうのはどうでしょう。私がドングリを投げるから、ヘビさんがしっぽで打って池に入れるんです。それでヘビさんが投げ入れたことにならないでしょうか」
「僕のしっぽで?」
ヘビはしっぽをぐるぐると振ってみました。
手も腕もない体でドングリを集めるために動かし続けたしっぽです。なんだか軽くて、今ならどんな風にでも動かせる気がしてきました。
「それでやってみよう」
二匹はドングリを投げるための距離を取りました。
「いきますよ」
「うん、お願い」
キツネがドングリをゆっくりと投げました。
ヘビはしっぽを素早く振ります。
すると、ドングリは見事に弾かれ、虹のような放物線を描きながら池の真ん中に向かって飛んでいきます。
——パンッ!
水面に入る瞬間、殻が割れたような大きな音がして、ヘビとキツネは驚きました。
と同時に、池からなにかが飛び出してきました。
それは二匹の魚でした。丸々と太ったお腹を白く光らせて、岸辺でピチピチと跳ねています。
「わあ、おいしそう!」
ヘビはとても喜びました。
「この魚がヘビさんのお願いだったんですか?」
「うん。僕、お腹いっぱいご飯を食べたかったんだ」
「なるほど。よかったですね、こんなに大きいのが二匹もいればお腹いっぱいになれますね」
ヘビのお願い事が無事に叶えられたことに、キツネも喜びます。
ヘビはまだ跳ねている魚の一匹を、キツネの方へしっぽで押しやりました。
「この一匹はキツネさんの分だよ」
「私の分ですか?」
首を傾げるキツネに、ヘビはうなずきました。
「一緒に池にドングリを投げたから、きっとそうだよ」
「まああ。それじゃあ、私も一緒にドングリ池の恵みをいただきましょうか」
池のほとりに並んで腰を下ろすと、ヘビはさっそく魚を咥え、ごくんと丸呑みにしました。
「ああ、おいしかった!」
「早いですね。お腹いっぱいになれましたか?」
「ちゃんとお腹いっぱいになったよ。ほら」
あっという間に食べ終えたヘビは、魚の分だけ太くなった胴体を見せました。
「それならよかった。私は丸呑みはできないから、ゆっくり食べさせてもらいますね」
「どうぞ」
「ではいただきます。……これはこれは、ぷりぷりとして甘くておいしいです」
キツネはとてもおいしそうに魚をかじっています。
ヘビは隣で寝そべりながら、心地よい気分に包まれていました。
優しいキツネに付き合ってもらって、ドングリ池のおかげで一緒にご飯を食べることができて、お腹よりも胸がいっぱいになっていたヘビでした。