夏祭りは告白時
スー ハー
みんなとの待ち合わせは一の鳥居前。気持ちを落ち着かせるために、俺は深呼吸を繰り返していた。
「やだ。なんか怪しくない、あの人」
「バッカ、見ないの」
その俺の横を通り過ぎた女性の会話が聞こえてきた。
・・・って、いまのは俺のことか?
確かに腕を広げてスーハ―と繰り返していたけどよ。
・・・そうか、そんなに怪しく見えたのか。
少し落ち込み気味に鳥居のほうを向いて項垂れた。
「なーに、項垂れてんのよ。シゲル」
この言葉と共に背中に衝撃が来た。後ろを向くと浴衣を着た女の子が三人。その中のミサキがニヤニヤと笑いながら、俺の背中から手を離すところだった。
お前か、叩いたのは。
・・・いや、この女の子達の中では、こういうことをするのは、こいつしかいない!
文句を言おうとした俺はミサキを見て、固まってしまった。
ミサキはさっぱりとした性格の女子だ。男子にも気軽に話しかけるような奴だ。大口を開けて笑うし、声も大きい。行動も俺ら男子と大して変わりない。急いでいる時なんて、階段を一段飛ばしで降りていくような奴だった。
そんなミサキは女子に人気がある。髪もショートにしているし、陸上なんかやっているから日に焼けているけど、すらりと伸びた手足。ミサキの性格もあって、女子、特に下級生に人気がある。バレンタインもそこら辺の男子よりチョコをいっぱいもらっていたくらいだ。
そんなミサキが浴衣を着て佇んでいた。短いながらも右耳側の髪に花の飾りなんかつけている。いつもと違う雰囲気に言葉が出て来なかった。
「なんだよ、似合わない格好だって言いたいのかよ」
ミサキが顔をしかめて俺のことを見てきた。
「あー・・・いや、そうじゃなくて・・・」
「あっ! いたいた!」
俺が何か言う前に男の声が聞こえてきた。見ると待ち合わせをしていた親友の、コウとリョウタだった。
「お待たせ~。って、みんな可愛いねえ~。浴衣が似合っているよ」
「本当だな、いつもより女の子度が上がっているんじゃないか」
コウもリョウタもさらりと褒め言葉を口にした。
言われた三人は軽く照れて「そんなことないよ」なんて言っていたけど、まんざらでもない様子。
「それじゃあ、行こうか」
コウの掛け声にみんなは神社に向かって歩き出したんだ。俺はみんなより一歩遅れて歩き出した。
軽く落ち込みながら、な。
俺は口下手で、思ったことをなかなかいうことが出来ない。
俺だって、三人の浴衣姿が可愛いなと思ったさ。
それを、言おうとは思ったんだぞ。
だけど、緊張してしまって、言えなかった。
こんなんで大丈夫か、俺。
せっかくコウとリョウタに協力してもらって、夏祭りに来たのに。
こんなんで告白なんて出来るのか?
いや、今日のために練習したんだ。
頑張っていいところを見せて、花火の時までに告白するんだ。
俺は決意を固めて拳を握った。
参道の両側には屋台が出ていた。みんなと冷やかしながら見て歩く。
早速、女子はわたあめを買い、三人で仲良く分け合って食べていた。コナミもアヤカもミサキも楽しそうに笑っていた。
「あっ!」
射的の屋台のところでコナミが小さな声をあげた。
「どうかしたの、コナミ」
すかさずミサキが聞いていた。
「あのね、あれ」
と、指さした景品。どうやらあのウサギのぬいぐるみが気になるみたいだ。
「取ってあげようか」
リョウタが射的屋のおっちゃんにお金を渡しながら言った。コウも同じようにしていた。二人は俺を見て言った。
『勝負な!』
俺もおっちゃんにお金を渡して銃を受け取った。渡された球は5発。狙いをつけて撃っていく。三人で同じものを狙っているから、球が当たるとぬいぐるみは少しずつ動いていった。そして俺が5発目をセットした時に、ぬいぐるみは落ちてしまったのだ。的を失くした俺は茫然として引き金を引いた。球は的に当たり景品が落ちた。
「ああ~」
隣から絶望の声が上がった。見ると幼稚園児くらいの女の子がいた。彼女の視線は俺に渡される景品に向いていた。隣に立つ父親らしい人が殺気を込めた苦笑いを浮かべていた。どうやら娘におねだりされて父親が頑張っていたのに、俺が落としてしまったようだ。女の子の目に涙が浮かんできた。どうしよう。
「あんたは、何をやっているのよ」
耳元でミサキの声が聞こえたと思ったら、手に持っていた人形の箱が消えた。
「ごめんね~。横取りするつもりはなかったのよ。よかったらもらってくれるかな」
「・・・いいの~?」
女の子はミサキから箱を受け取りながら、俺のほうを見つめてきた。ミサキがわからないように背中をどついてきた。
「いいのよ。このお兄ちゃんの目的はあれだったの。こいつらは誰が落とすか勝負をしていただけなのよ。ねっ」
「ああ。そういうことなんで、貰ってくれると助かる」
再度どつかれて、俺も何とか答えた。女の子は凄く嬉しそうに箱を抱きしめていた。父親は射的代を払うといってくれたけど、こちらは勝負が目的だったからといったら、恐縮しながら離れていった。
このあと、皆に苦笑まじりに笑われたのだった。
次に立ち止まったのは、水風船釣りのところ。
みんなで一つずつ釣り上げて、ビヨンビヨンさせながら歩いて行く。
「シゲル、やめなさいよ」
「なにが」
「だから、それ。誰かにぶつけたらどうするのよ」
ミサキが忠告してくれたけど、少し遅かった。
伸びたゴムが戻る時に何かに引っかかったのか、いきなり風船が割れて水は俺の右足にパシャリとかかったのだ。
・・・周りの視線が痛い。
「ほら~、言わんこっちゃないでしょうが」
ミサキに引っ張られて、屋台の隙間から参道を外れた。ハンカチをだして拭いてくれようとしたから、それを俺は止めた。
「いいよ。暑い時だし、すぐに乾くから」
だけどそんな俺にお構いなしに、ズボンにハンカチをあてて拭いてくれたんだ。
「大丈夫、シゲル君。これ良かったら使って」
コナミもタオル地のハンカチを渡してくれた。断るのも悪いかと思い、受け取るとズボンを拭いた。少しは良くなったところで、コナミに言った。
「洗濯してから返すよ」
「いいよ、気にしないで」
伸びた手にハンカチは奪われていったのだった。
なんかいいところがないな、俺。
と思いながら、歩いて行く。ミサキにもハンカチを洗濯して返すと言ったのに、断られてしまった。
とりあえずお礼にと思い、たこ焼きを買ってみんなで食べようとしたのに、暗くなってきて足元が良く見えなくなってきたせいか、何かにけつまづいて、せっかくのたこ焼きをぶちまけてしまったんだ。
まだ乾いてなかったズボンの右側は泥だらけになったし・・・。
みんなに駄目な子を見るように労わられているし。
これは告白は諦めるべきかと落ち込みながら、みんなと花火を見る穴場に向かって歩いていった。
やはり穴場には人はいなかった。ここは遊具などのない小さな公園。知らなければ、ただの空き地と間違われるようなところだ。だけど何故かベンチだけはあった。少し花火会場から離れるけど、座ってみることが出来るのがいいと思っていた。
俺は落ち込んでベンチに座りこんでいた。隣のベンチではカップルになったばかりの二人が、楽しそうに話している。
それを横目に見ながら俺は立ち上がった。
「シゲル、どこに行くの」
「コンビニに行ってくる」
ミサキが声を掛けてきたのに、俺は一応答えておく。
「あ~、なら私も!」
「欲しいものがあるのなら買ってくるぞ」
「・・・いや、行く」
ミサキが並んで歩き出した。公園から5分のコンビニに向かって歩いた。他の奴らからは何も頼まれなかった。
ミサキはトイレに行きたかったようだ。かくいう俺も行ったけどな。用を足して、飲み物とお菓子を少し買ってコンビニをあとにした。
俺は気まずい思いのままミサキと並んで歩いていた。コンビニに向かう時にもミサキは何も話そうとしなかった。
もう少しで公園に着くというところで、前を歩いていたミサキが立ち止まった。そしてくるりと振り返った顔を見て、でかけた軽口は引っ込んでしまった。
「残念だったね、シゲル」
一瞬何を言われたのかわからなかった。なので、首を捻りながら言った。
「えーと・・・なんのことだ」
「平気な振りをしなくていいわよ。私、シゲルが好きな人のことを知っているんだから」
ミサキの言葉にドキリと心臓が音を立てた。まさか、気づかれていたのか?
ということは、他のみんなにもバレバレだったのか。
俺はドキドキとしてきた胸を押さえながら、気持ちを落ち着かせようとしていた。そんな俺の気も知らずに、岬は言葉を続けた。
「ごめんね、シゲル。私、あんたの気持ちを知っていたけど、友情のほうを優先しちゃったんだ。本当に・・・ごめん」
ミサキは辛そうな顔をして下を向いた。
ミサキのいう友情の優先。それはコナミのことだった。コナミはさっきリョウタに告白した。告白されたリョウタも告白を仕返して、二人は晴れてカップルになった。
それにコウとアヤカもなんとなく雰囲気がいいことに気がついた。高校に入ってから数回、俺たち六人は遊ぶことがあった。元々は一緒の班になって気が合ったということからだったのだけど。
「でもさ、私、実はホッとしたんだ。コナミとリョウタ君がうまくいって。コナミのことを好きなシゲルには悪いけど、失恋したのなら私にもチャンスがあるんじゃないかと思ったの」
下を向いたミサキの声が震えている。
「失恋したシゲルにこんなことをいうのは、弱ったところに付け入るようで嫌なんだけど・・・」
ミサキは顔を上げた。涙で濡れた頬を隠しもせずに、真直ぐに見つめてきた。
「私はシゲルのことが好きなの」
俺は一瞬ピキッと固まった。すぐに固まっている場合じゃないと思い、ミサキに近づき抱きしめた。
「ほんとに? 俺のことが好きなのか」
「好き。シゲルのことが大好きなの」
「ヒャッホー!」
俺は叫び声をあげると、ミサキのことを抱えあげた。
「えっ? えっ?」
そのままグルグルと回りだした俺にミサキの戸惑った声が聞こえてきた。俺は目が回る前にと、ミサキのことをおろし真直ぐ見つめた。
「俺もミサキのことが好きだ! 大好きだ!」
「ええっー!」
ミサキは驚いた顔をしたあと、ヘニャリと顔を崩して泣き出した。
「な、なんなのよう~。あんたはコナミのことが好きだったんでしょ。私に合わせてくれなくていいんだよ~」
「違うって! 俺が好きなのは、最初からミサキなんだって」
そう言ったら、ミサキはますます泣き出した。
ドーン
そこに花火の音が聞こえてきた。どうやら始まったみたいだ。
このあとミサキの誤解を解くために俺は苦労をさせられることになった。泣き止まないミサキに言葉の限りを尽くして宥めたのだった。