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7話

 エリーがブルンブルンと鞭を振るう様をトミーやボブ、時々ジャックが眺める日々もそろそろ終わりが近づいていた。


 卒業。


 そう。ダンジョン探索の為の必要技能を学ぶ学校は入学から卒業まで3ヶ月しかない。

 新天地にやってきた者達にとっては目まぐるしい変化もあって、その3ヶ月はあっという間に過ぎてしまう。


 だが、その短い期間だからこそ、その期間の内に何かを成すという事は重要な事だ。

 ダンジョン探索者にとってダンジョンは常に未知と遭遇するものである。

 だからこそ、その未知に触れた時に何かを成す事ができる非凡さも優秀なダンジョン探索者に求められる技能の一つなのである。


 そしてエリーもまた、この短期間で非凡な才に目覚めようとしていた。


『……ンゴぉ!』

「えっ――」


 それは直感に近い感覚。

 観察に観察を重ね、何度も茸に鞭うった。

 茸の膨張率の最も高い鞭の振るい方を研究したのだ。


 真剣に鞭打ったあとビクンビクンと膨張する茸を観察し、そのビクンビクン度合を見た。

 そして自分の振るう鞭と茸ビクンビクンの関係を全て経験として貯え、エリーの中での鞭の振るい方に対する、おおよその茸の反応のカテゴライズが出来た。


 『こう鞭を振るえば、茸はこう反応する』

 『この状態の時には、こう打てばこう反応する』


 それを完全に掴めたと確信し、茸に鞭を振るう自信を得たその時


『ンゴぉ!』


 茸の声が聞こえたのだ。


「どうしたエリー?」

「……わかる……わかるわ……こうして欲しいのね!」


 鞭を振るう。


『ンゴぉっ!』


「お、おい? エリー? どうしたんだ!?」

「私! 聞こえたの! 茸の声が! 今ならできる気がする!」


 鞭を握る手に力が入った。

 だが、敢えて鞭うたずに鞭のボディを左手で全て掴んでピンと張る。


「ふふっ、聞こえた。聞こえたのよ! もう分かってる。 あなたもう限界なのよね? もう破裂しそうなんでしょう?」

『ンゴ……ンゴォ……』


「うふふ。あぁ、分かる。わかるわ。ギリギリ……ギリギリを耐えているのね。」

『ンゴォ! ンゴォ……』


「そう……もう今一撃を入れられたら、もうどうなるか分からないのね……ふふふ。」


 左手を離しムチをしならせ、敢えて茸の横の地面を鞭うつ。

 

『ンゴォ! ンゴォっ!』


 懇願するようにビクンビクンと痙攣する茸。


「ふふふ……」

『ンゴ……ンゴ……』


 ビクビクビクーンと小刻みに痙攣する茸。

 エリーは見せつけるように、ゆっくりと鞭を持った右手を上げてゆく。


「さぁ破裂なさいっ!」

『マタンゴォーーーーッ!』



--*--*--



 エリーの雰囲気が変わった。

 なんだか、いつもの押したら受け入れるような雰囲気じゃあない。


「お、おい? エリー? どうしたんだ!?」


 心配になり再度声をかけると嬉しそうな顔で振り返った。


「私! 聞こえたの! 茸の声が! 今ならできる気がする!」


 エリーはこれまで茸に止めを刺す事が出来なかった。

 もう卒業も近くなり、これから俺達はバラバラに行動する事になるだろうから、せめてそれまでにエリーの力を伸ばしてやりたかった。

 どうせ学校の世話になっている間は、俺達は浅い階層にしか入れないのだから、ボブとジャックにはその階層で手に入る茸をエリーがでかくできるという事を理由にエリーの同行を認めてもらっていた。

 だが学校を卒業すれば、俺もボブも、そしてジャックもきっと貴族と契約する事になるだろう。

 そうすればエリーを同行させてやる事も難しくなる。


 俺は英雄になる男だから、いずれ貴族に俺の融通を聞かせることができるくらいの成果を上げて、エリーを連れて行こうと考えているが、そうなるまでには時間もかかるかもしれない。

 その時までエリーが食っていけるようになっていなければ、こいつは諦めて田舎に帰ってしまうんじゃないかとも思っていた。


「ふふっ、聞こえた。聞こえたのよ! もう分かってる。 あなたもう限界なのよね? もう破裂しそうなんでしょう?」


 だから、今、何かを掴んだっぽいエリーの様子が嬉しかった。

 鞭のスキルがようやく自分の物になったのかもしれない。


「うふふ。あぁ、分かる。わかるわ。ギリギリ……ギリギリを耐えているのね。」


 エリーの様子を見て、あのエリーが珍しく興奮しているのが伝わってくる。


「そう……もう今一撃を入れられたら、もうどうなるか分からないのね……ふふふ。」


 あぁ、その感覚は分かる。

 相手が次で致命傷を負うだろうという確信を得た感覚だ。

 そして自分が確実に打ちこめるという自身を持った時の感覚!


「ふふふ……」


 いいぞエリー。

 やってしまえ! そして掴むんだ。


「さぁ破裂なさい!」


 エリーが叫び、鞭を打ちこむ。

 その瞬間、茸はビクンと一際大きく痙攣し、そして瞬間的にこれまでに無い膨張率で膨らんだ。

 それを見て直感的にマズイと感じエリーの腕を掴んで引き寄せる。


「きゃっ!」


 予想した通り、茸は激しく変化した。

 最後の抵抗だろうか、エリーの居たところに向けて角を飛ばし、そして大量の粘液糸をまき散らしていたのだ。

 エリーを守るように抱えた事で、間一髪エリーを角と粘液糸の両方から守る事が出来た。


 茸はビクンビクンビクンビクンと激しい痙攣を続け、角が取れた所から粘液糸を飛ばし続ける。

 だがその勢いはすぐに弱まり、あれだけ膨らんでいた茸もシワシワに萎んでいた。

 痙攣も死後の物に変わり、やがて止まった。


「……大丈夫か? エリー」

「だ、大丈夫……ありがとうトミー。」


 場が落ち着きを取り戻す。

 俺は安全が確保できたかをエリーを抱えながら確認する。

 すると、ジャックが散らばった粘液糸を棒切れでつつきながら口を開いた。


「これは……菌糸ってヤツだろうな。」

「菌糸だと?」

「あぁ、茸ってやつは、この菌糸から大きくなっていくんだ。」

「むう……つまり、これは茸の子供……か。」

「そういう事だろうな。死ぬ前に最後の抵抗と次代を残したんだろう。」


「あ……あの……トミー……」

「ん? なんだ?」

「あの……その、そろそろ……離して……その」


 しどろもどろになっているエリーの様子に目を向ける。

 そして気が付く。俺の左手がエリーの柔らかい物を掴んでいる事に。


「っ!? すっ、すまんっ!」


 慌てて解放する。

 慌てた離した事で、エリーが尻餅をついた。


「うっ、ううん。その、助けてくれたんだもんね。有難う。」

「いや、悪かった。わざとじゃないんだ。」

「わかってるって! もう……」


 チラリと見ると恥ずかしそうに顔を抑えるエリーが目に入った。

 そして俺が触れていた胸にも目が移り、自分の顔に血が巡ってくるのがわかってしまう。自分の左手が行き場をなくし勝手にワキワキと動く。


「うむ……よかった……な。」

「何がだ!?」

「何がです!?」


 ボブの声にエリーと俺が強い抗議の声を上げた。


「むう? 角があたらなくてだ……が?」


「あ……おう。」

「あ……はい。」


 だよな。


「お~……見ろよこれ。」


 ジャックの声に気を取り直し、エリーを起こす為に手を差し出しながら目を向ける。

 するとジャックの視線の先には、シワシワの茸があった。


「そんな……」

「なんだこれ……」

「これは買取りもしてくれねぇだろうな。」

「むう……やりすぎたということ……か。」


 学校の卒業が間近に迫った今日。

 エリーは茸を倒す事が出来た。


 そして茸を倒しても、エリーが倒した茸が金にならなそうと言う事実も合わせて手にしたのだった。


 俺達はエリーのショックを受けた顔に気を取られ、この光景を紋様の入った鎧を着た探索者が興味深そうに見ていた事に気が付いていなかったのだった。


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