6話
私はベスさんんから引き続き貸してもらえる事になったキャットオブナインテイルを持つ。
前は力任せに握っていたけれど手に入っていた力を一度抜き、ベスさんの言葉を思い出す。
『大事なのは『会話』だよ。もちろん言葉を聞くんじゃない。しっかりと見る。観察するのさ。』
観察する。どう振るうと、どう反応するのかを。
キャットオブナインテイルを手首のスナップ効かせて振るい、触れるか触れないかギリギリの茸の表層だけを打ってみる。すると茸はピピクンと小さな痙攣を起こした。
数度触れるか触れないかという距離を保って打ち、やがて思い切り9本の鞭全てを大きく振るって強く打ちあてる。
するとビクーン、ビクンビクンと一際大きく痙攣し、膨張率も大きくなった。
またベスさんの言葉が思い起こされる。
「呼吸だよ……呼吸。
相手の望む事を理解した上で、その上に行った時……あんたも破裂させる事ができるはずさ。」
呼吸。相手に息を合わせるということ。よく見ていなければ合わせることはできない。
この茸は打たれるか打たれないかというギリギリの攻めの後に全力で打つと、一段と大きな反応を見せる。きっとこれを続けていけば……破裂させることができるはず!
同じようにムチを振るう。
だけれど一番大きくなった状態から何度同じように責めても、それ以上変化しなかった。
私は限界を感じトミーに目を向け助けを求める。
するとトミーが鼻から溜め息をつきながらビクンビクンと痙攣をしている茸に向って近づき
「おっらぁっ!」
止めを刺してくれた。
「はぁ……」
私も溜息が漏れる。
叩き方で茸の膨張率が変化するのは分かるようになったけれど、それでも破裂させる事はできていない。
「まぁ普通はそんなもんだろ? 教えてもらったからってすぐにできるわけねぇ。」
「そうなのかなぁ……」
「あたりまえだろうが。俺があのクソ騎士に何回ぶん殴られたと思ってんだよ。スキルで格闘があっても人より身体がうまく使えるってだけで、騎士の野郎の攻撃みてえに予測できねぇこととか、分かってても避けきれない攻撃とか、そんなのは経験しないと対応できるわけねぇよ。」
「うむ……だから学校もあ……る。」
トミーと一緒に来てくれたボブさんもフォローしてくれた。みんな優しい。
「うん……そうだよね……私頑張るっ!」
「俺が騎士の攻撃を避けれるようになるまで……2年かかったからな。まぁ学校を出るまでに茸をなんとかできりゃあ上々じゃねぇか?」
「ふふっ」
「……なんだよ?」
「ありがとう。トミー!」
「……うるせぇよ。ほら次行くぞ。」
「うむ……とにかく身体を使っておぼえ……ろ。」
「うんっ! ボブさんも有難う!」
「むう……気にする……な。」
--*--*--
俺の名はロバート。
親しい者からはボブと呼ばれている。
元々口数が多い方じゃあなく自分で名乗る事よりも呼ばれる事の方が多い。
特によく行動を共にするジャックがボブと名前を呼ぶものだから、周りの人間からはロバートではなくボブと認識されてしまっている。だが、一々それを訂正するのも悪い気がするので俺の名前はボブで良い。
俺は辺鄙な村の生まれだが幸運な事に槍のスキルに恵まれた。槍といえば強者に分類される武器スキル。
村の長老が賢明な人だったおかげで、村にいる間にスキルに振り回されない程度に槍を学ぶ事が出来た。そのおかげで今期の入学生の中では成績優秀者として十指の中には入っているだろう。
この成績に奢らず、ダンジョン探索を生業としてどこかの貴族のお抱えになれるように努めて行きたいものだ。
学校では俺のように見込みがある者に教官が教えてくれる事がある。
それは貴族とダンジョン探索者の関係だ。
ダンジョンは学校を出る事で得られる免許を持つ者しか入る事は許されていない。
つまりこの国でダンジョンに入れる者は皆、学校を出ているという事になる。
この学校は国と貴族たちが出資しており、貴族は出資の見返りとして学生の人となりを知る事が出来るようになっている。
そして三ヶ月毎に探索者を一人だけ貴族が指定して面倒を見る事が出来るのだ。
要約すれば、成績が優秀な者は貴族の子飼いとなるチャンスがあるということ。
もちろん双方の合意が必要だが、貴族の子飼いとなった探索者は、その貴族の庇護の下でダンジョン探索に励む事が出来る。食事や寝床の心配もなく、さらに装備だって与えられる。ダンジョンから持ち帰った成果によっては一生楽に暮らす事だってできる。
逆に貴族の庇護の無いダンジョン探索は生活費などの日々の糧を得る必要があり、基本的に浅い階層で日銭を稼ぐ事が主になるのだ。
なにせダンジョンに入ることができる場所はしっかり管理されていて毎回、免許の提示がきちんと求められる。出入口に併設しているダンジョン素材の買い取り場も国が管理している。
だから偶然貴重な素材を手に入れたとしても、その提出を国から求められることになるのだ。
もし逆らえば免許を失効し二度と入れなくなるのだから皆、貴重だと分かっていても提出する事になる。もちろんその提出に対する対価は、しっかりもらえるのだから悪い事ではないだろう。
だが貴族の子飼い……お抱えの探索者は違う。
まず手にした素材は国への提出ではなく、お抱え貴族への献上に変わる。買い取り場という名の徴収場を利用する必要が無いのだ。つまり日銭を稼ぐのではなく、より深い階層へと潜り、貴重なお宝を狙う探索をする事が出来る。
献上した品が素晴らしい物であれば、貴族からの待遇もより一層良いものへと変わる。中には貴族の娘と結婚し、探索者でありながら貴族の仲間入りをした者もいる程だ。
そして、この街の有力貴族は10人。
だから学生の内の十指に入るという事には大きな意味がある。
中でも有望株は同行しているトミーだ。
英雄願望が強いせいで癖も強いが、口に負けぬように努力をしている事はその腕が語っていた。
こういう人間は好感が持てる。
もうそろそろ卒業も近づいてきているが、できる事ならば今後も良い関係を築いて行きたいものだ。
まぁ、子飼いになった探索者同士というのは貴族間の関係によっては対立する事もあるというから、あくまでも希望でしかないが。
……しかし。
…………なんだ。
俺の目が一点に釘付けになる。
トミーの気にかけていた幼馴染だが、なんだ。
ムチを手に入れてからというもの、そのなんだ。
鞭を振るうエリーに目が釘付けになる。
豊満な体をしていて、なんだ。
なんともけしからんような気がして、なんだ。
なんで、あんなに激しく揺れるんだろうか、なんだ。
鞭を振るうごとに揺れる胸に目が釘付けになる。
見過ぎていた事に気が付き、視線を逸らしたり半目状態にして無関心を偽装する。
まぁ、なんだ。
彼女が貴族のお抱えになる事はないだろうが願わくばこれからも良い関係でありたいものだ。
ふとその時、自分を見ている視線に気がつき、すぐさま視線をそっちに向ける。
もしトミーにエリーの胸を見ていたことを知られれば面倒な事になりかねない。
だが俺が感じた視線の先には、まったく知らない人間が居た。
4人組全員が立派な鎧を纏っていた。かなり長い間潜っていたのだろうか疲れた雰囲気が見て取れる。だが、それでも精鋭という空気が漂っていた。
身につけている鎧や肩当、ベルトや鞄などに同じ紋様があった事から貴族の子飼いの探索者であることも分かった。
その中の一人がこちらを見ていた……と思ったが、どうにも俺には目もくれず、ただエリーの様子を伺っている気がする。
だが、すぐに俺の視線に気が付いたのか、片手を上げて挨拶をして去っていった。
……正直、同じ男として理解できる。
できてしまう。
何日もダンジョンに潜っていて、ようやく街に戻る事になり、その出口付近でエリーがその胸を揺らしていれば、どれだけ立派な人間だろうと凝視の一つもしたくなるだろう。
俺は貴族お抱えになる探索者も、同じ人間なのだとどこか安心したような気がした。
そしてまたエリーの鞭捌きを半目で眺めるのだった。