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5話

「えいっ!」


 エリーが角の生えた茸に対して、あの女から借りたキャットオブナインテイルで鞭打つ。

 すると鞭を打たれた茸は、元が兎ほどの大きさだったにも関わらず、ビクンビクンと激しく痙攣したかと思うと1.5倍程の大きさに膨らみはじめた。


「「「 ……う~ん。 」」」


 俺、ジャック、ボブの3人でその光景を眺めながら首を捻る。

 エリーはこちらに振り返りもせず、ひたすら、えいっ! えいっ! っと言いながら茸を一生懸命鞭打つ。

 エリーの放つ鞭の攻撃は流石にスキルなだけあって綺麗にクリーンヒットしており、茸に当たる度に大きな音がなり、茸も鞭うたれる度にビクンビクンと痙攣する。だが、大きくなりビクンビクンと痙攣する以外の反応はない、何度打ってもビクンビクンと痙攣する。

 膨張も止まり、もうこれ以上大きくなりそうにはない状態になっても、ただ打たれる度にビクンビクンと痙攣しているだけだ。


「おっらぁ!」


 俺がエリィの間に入って殴ってみると、茸はビクーンと大きく痙攣したあと動かなくなった。

 絶命した反応の痙攣だ。茸はその大きさのまま完全に動かなくなる。


「「「 う~ん…… 」」」

「ごめんなさい……」


 俺達がまたも首を捻っているとエリーが申し訳なさそうに呟いた。


 俺が止めをさしたことからも分かるようにエリーの鞭は、まったく殺傷能力が無い。

 どれだけモンスター相手に鞭をふるっても、なぜか茸系モンスターが大きくなるという特殊能力だけ。倒せない。


 エリーの残念そうに呟いた謝罪に、考えていた頭を止めフォローの言葉を考える。すると俺より早く、大きくなった茸から、でかい角を毟りとって鞄に入れていたジャックが陽気な声を出した。


「いや、エリーちゃんが鞭で打った茸はでかくなるから買取りの査定も良くなる。クリスが抜けた分の補填で考えても、お釣りがくるレベルの査定になるだろうから全然気にしなくていいんだよ。」

「うむ……エリーは役に立ってるから気にする……な。」


 ボブもジャックに続いてフォローをしている。俺は完全に出遅れた。

 しかし、なぜかボブが妙にどこか照れているような……頬が赤いような気がするのだが多分気のせいだろうか。なんとなく声をかけなきゃいけない気になり口を開く。


「おう。エリー。こいつらもこう言ってるんだから安心しろ。お前はちゃんと役に立ってるぞ。」

「でも、私……全然倒せてない……」


 フォローの甲斐なくエリーが落ち込みはじめる。


「エリーちゃん。そこなんだよね俺達が気になってたの。」

「……うむ。そこ……だ。」


「えっ?」


 ジャックとボブの言葉に驚いたような反応を見せるエリー。やっぱりコイツは分かってない。


「あぁ。俺達が首を捻ってんのはそこだよ。役にたたねぇとか以前に、この茸が明らかに死んでるだろって回数攻撃されてるのに全然死なないだろ。そこが気になってんだ。」

「……?」


 首を傾げるエリーの理解の遅さに頭を掻きながら補足説明を始める。


「いいか? 例えばの話だけれど俺が軽いパンチでも茸を殴り続ければ、どれだけ軽いパンチでも小さいダメージが茸に残るだろ? ずっと続けてればダメージが蓄積された茸はやがて死ぬ。それが普通のはずだ。」


 コクリと頷くエリー。


「だけど、お前が鞭打つとダメージは入ってる反応なのに全然死ぬ気配がないんだよ。どう考えても茸はもう死んでてもおかしくないダメージを食らってるはずなのに、ただピクピク反応し続けるだけ……それが気になったんだ。」

「……もしかして……私……モンスターを倒せない?」


 エリーの言葉に頭を掻きつつ視線を逸らす。

 ジャックもエリーの視線を交わすように中空に目を向けた。

 ボブは……頬を赤らめて少し下を向いた。なんだコイツ。


「そんなぁ……」


 エリーの落ち込んだ声。

 俺だってモンスターを倒せないと言われれば凹みたくもなる。


「あ~……エリー? ほら、あれだ。ここは逆に考えてみろよ。なんか殺せなくても茸がでかくなってるしさ。お前は茸を殺さずに成長させる事が出来て高く売れる状態にする事が出来るってことじゃねぇか。

 このダンジョンは深く潜らなけりゃあ出てくる敵は茸が多いらしいし、取っただけ買取りもしてくれるってんだから得じゃねぇか。」


 苦し紛れに思いつく限りでフォローをしてみる。

 いや、だが実際のところ、かなり特殊で有用な能力だろう。やっぱり俺の幼馴染だけある……たぶん。


「私……お金持ちになれるかな?」

「う~ん……」


 直球の質問は止めて欲しい。


 正直普通に生活して食うには困らない程度に稼げるだろうけれど、果たして金持ちになれるかと言われると難しい気がする。

 ダンジョンで金持ちになった伝説が残ってるような奴ってのは、深層にまで潜って貴重なお宝を発見したり、珍しいモンスターを倒したヤツばかりだ。


「お金持ちは……無理かもしれないけど、小金持ちは目指せるんじゃないかな? 例えばだけどさ、もう少し潜れば、小さいけど高い茸とかも出るらしいし、それを叩いてでかくできたらいい稼ぎになるんじゃない?」

「うむ……小金持ちにはなれそうだ……な。」


 俺の歯切れが悪かったのを察したのかジャックとボブが口を出す。

 その言葉を聞いてエリーが下を向く。だがすぐに顔を上げた。


「そっか……私、小金持ち目指して頑張るっ!」


 ニッコリ笑い、その表情は、いかにもやる気満々の顔だった。


「いいね! それじゃあもっと茸を狩ろう!」

「うむ……俺達が茸を引きつけてくる、また鞭でムクムクと大きくしてく……れ。」

「うんっ! 任せて!」


 俺は笑顔でやる気を見せるエリーに、ため息が漏れた。


 こいつはいつもこうだ。

 きっと……後で一人こっそり泣くんだろう。



--*--*--



 はぁ……


 私は皆が連れてきてくれた茸達に一生懸命に鞭を打ちながらも内心で盛大に溜息をつく。

 

 なんで私はこんな特殊なスキルになったんだろう。

 もっときちんとモンスターと戦えて、しっかりとお金を稼げるようなスキルが良かった。


 そんなことを思うと、どんどん悲しくなり、その悲しい思いにつられて、じわっと目頭が熱くなりそうになって慌てて上ってきた涙をのみこむ。


 トミーも言ってくれたように、なぜか私が鞭を振るうと茸がムクムクと大きくなって買い取り価格を上げる事ができるんだから何もなかった時よりもずっといい。

 きちんと食べていけるようにはなれるはず……


 でも、それならおばあちゃんの手伝いをして田舎で暮らしても、あまり変わらない。

 正直……私はダンジョンに向かない事は薄々気づいてた。


 ダンジョンは暗くて怖い。

 罠を見分けるのも得意じゃない。

 荷物だって男の人ほど沢山持てないし、私にできる事は茸を大きくすることだけ。

 一人じゃ茸のモンスターすらやっつけることが出来ない。誰かが居てくれないとダメ。一人じゃあ何もできない。やっぱり裁縫とかのスキルが良かった。


 そんなことを考えていると悔しさから茸をムチ打つ手に自然と力が籠る。

 だけれども、茸はただ膨れるだけ。

 大きくなったのを見定めたボブさんが、すぐに槍で止めを刺していく。


「大量大量。流石にもう持ちきれそうにないな……なぁトミー。今日はこれくらいで十分じゃないか?」

「うむ……もう俺の袋もパンパン……だ。」

「あぁ……そうだな。今日は上がるか。エリーもお疲れさん。」


「うん! 今日は有難う!」


 元気に返事をする。

 ジャックさんもボブさんも笑顔を返してくれた。

 だけど、トミーだけがいつもよりもヒドイ仏頂面をしていた。


「……どうかした? トミー。」

「エリー。お前、今日はアレだ。ダンジョンを出ても早い時間だから、それ貸してくれた人のとこに行って話して来いよ。」


「えっ?」


「その鞭について俺はなんも分かんねぇからな。俺はあのクソ騎士に格闘習ったから今、好きなように動けるんだ。お前だって習えば……もっと色々できるかもしれねぇだろ?」

「あ……」

「お前は、それを使えたんだから自信持てよ。で、分かんねぇことは分かる人に聞けばいい。」

「……そっか。」


「お? トミーやさっしー。」

「うむ……その通り……だ。」

「お前らうるせぇよ! 茸を売ったお前の取り分は俺が預かっといてやるから。」

「うん! 有難うトミー! 私、行ってみる!」




--*--*--



 ドアを叩く音が響く。

 まだ私にとっては寝起きといってもいい時間だ。こんな時間にやってくるヤツに腹が立ちそうになるけど、身体を起こしてローブを羽織りドアを開ける。


「……なんだ……昨日の娘っこじゃないか。」

「あ、あの、ベスさん! ムチ! 有難うございました。」


 オドオドとして頑張って喋っている姿が初々しく、そして可愛らしく、つい鼻が鳴る。

 娘……エリーの後ろをチラリとみれば、鼻の穴の膨らんだ男どもの目があった。


「ちっ!」


 つい醜悪な視線を向けている事に対して舌打ちが出た。

 ここの男達に慎みなんてものを期待するのが間違いだけれど腹は立つ。ついでにエリーのお守りの坊主がいない事にも腹が立った。


「あ、す、すみません。」


 エリーが頭を下げる。

 私の舌打ちの原因の何かしらが自分だと思ったのだろう。違うのに。


 頭を下げたせいで前かがみになると、その大きな胸が一層強調され、なんとなしに観察してしまう。観察していると、後ろからエリーを舐めるように見ていた男達の視線がエリーのスカートに向いたのもわかった。露出が多くなった足を見ているのだろう。


「……はいんな。」

「あ、はい。あ、失礼します。」


 なんだか守ってやらないといけない気がしてしまい、上げる気も無かったのに、気が付けば招き入れていた。

 少しの後悔に頭を掻きつつも、よくよくエリーを見てみれば私のムチを大事そうに抱えている。鞭を持った女に声をかけてくる男もそうそういないだろうから余計なお世話だったかもしれない。


 そんなモヤモヤ気分を飲み込みつつ、まだ寝ぼけて働いていない頭を動かすために首の凝りを軽く動かし、手でも揉んでコリを取る


「べ、ベスさん!」

「んあ?」


 生返事でベッドに腰かけ、パイプを手に取ってタバコを詰める。


「あの、ムチ! これ! 有難うございました!」

「ん、ああ。」


 タバコに火をつけ、深くタバコの紫煙を吸い込む。そしてゆっくりと細く煙を吐き出す。

 気だるい頭の中が、さらに気だるくなるような、だけれどもどこか冴えるようなそんな感覚になってくる。


「で……使ってみたのかい?」

「はい……」

「その反応からすると、あんまりいい感触じゃあ無さそうだね。」


 期待外れだったかと思いつつ、再度煙を吸い込む。


「あの……私にできたのは……茸を大きくすることだけだったんです……」

「ゲホッ!」


 吸い込んだ煙が鼻や口にひっかかり苦しくなる。


「ごほっ! ……今、あんた……キノコを大きくすることしかできなかったって……言った?」


 聞き間違いかと思わずにはいられない。

 エリーの雰囲気は田舎の純朴な娘そのもの。あの坊主とそういう関係になっていたとしても、そういった事を堂々と口に出す娘だとは思ってなかったからだ。


「はい……私にできたのは、茸を大きくすることしかできなかったんです……」

「……ん、オホン、エフン。そっか……え~っと、それはなんだい? あの坊主と使ったのかい?」


「はい。でも、最後まで倒しきれなくて! 私! ただ大きくすることしかできなかったんです!」

「最後までって……いや、アンタ、ムチで最後までって、まだ初めて使ったばかりだろうっ!?」

「え? ……やっぱり最初はそんなもんなんですか!?」


 嬉しそうな顔をするエリー。

 この子は一体どこまでを求めているんだろうか。


「当たり前だろう? あんた普通ムチだけでなんて、そりゃあキノコをでかくするのがせいぜいだよ。」

「……ムチって、やっぱりしっかり(とど)めさせない物なんですか?」

「止めって……まぁ? 私なら……なんだ。破裂させるくらいワケないけどね。」


 エリーの驚いたような顔。

 そりゃそうだろう。この街でムチだけで果てさせることができるのは私くらいだ。

 だけれど、そんな技ができたとて大っぴらに自慢できるようなものでもない。


「私っ! 私もムチで破裂させたいんですっ!」


 なのに、この娘は、なんて真っ直ぐな目で見てくるんだろう。

 こんな真っ直ぐな目で見てくる娘を、この道に入れてもいいんだろうか? いやダメだ、早い。早すぎる。


「……あのさぁエリー。アンタにはその身体があるだろう? 若いんだから、それを使えばどうとでもできる。 違うかい? ムチだけなんて、そんな過酷な道を選ぶ必要はないんじゃないかい?」

「私……私にはムチだけなんですっ!」

「っ!?」


 真っ直ぐな目。

 純粋に求める心。


 それは私がどこかに置き忘れてきたものだ。

 あの坊主の為に、ここまで真っ直ぐ教えを乞うだなんて……


「エリー……アンタの決意で、いつか後悔することになったとしても……それでいいのかい?」

「……はい。私、人生は1度きり……だから。だから! 今、悔いを生みたくないんです! 今できることがあるなら! 一生懸命やってみたいんです!」

「あんた……」


 私が昔捨てた情熱の火。

 それがエリーの中にあった。


「……ふふっ」


 気が付けばエリーの火は、私の中の消えたはずの何かに火をつけていた。


「わかったよ……エリー。あんたに私が仕事に行くまでの間に技……いいえ、心得を教えてあげる。」

「有難うございます!」


 私は気まぐれから、エリーに鞭を教えることにした。


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