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4話

「お金持ちになるぞー!」


 私は、このダンジョン都市『リスヒト』にやってきた時、たしかにそう宣言した。

 本心だった。心のそこから沸いたままの気持ちだった。

 それはもう外聞も気にせず高らかに宣言した。


 でも


「お金が……ない。」


 私は壁にぶつかっていた。



--*--*--



 入学に当たり許可証に押された判子に記されていた金額は、お婆ちゃんが用意してくれたので持ってきていたのだけれど、その金額は『必要最低限』の金額でしかなかった。


 『必要最低限』


 この言葉の指すところはといえば、3ヶ月間の学校生活における本当の最低限必要な物だけという事。つまり『授業代』『宿泊場所代』『食事代』には足りる。という事。


 授業代。

 これはダンジョンに入る為に必要な知識を教えてくれる講義や、実際にダンジョンに入る実習授業などを受講するにあたって必要な講師代や使用する備品に掛る費用などの金額。


 宿泊場所代。

 これは、学校の所持している寮。

 しかも、なんと女子寮だと入寮者1人1人に個室が与えられているという豪華な作り。その部屋の使用料金。もちろん豪華と言ってもベッドだけしかない部屋で、荷物を置いてしまえば寝る場所を、どんどん浸食してくる程度のギリギリのスペースがある程度だけれど。


 食事代。

 これは、寮の食堂で出る朝と夜のご飯代。


 以上の金額は納めた。だから、習って、食べて、眠ることはできる。

 でも、裏を返せば、これ以外の物は全て自分で負担しなくてはならないのだ。


「うぅ……お昼抜き……」

「おいエリー。これ食うか?」

「有難うトミーっ! うぅーっ!」

「毎度毎度メシくらいで、いちいち泣きそうになるなよ……」


 そう。お昼ごはんも自分で準備する必要があったのだ。


「らって、らっておかねが……」

「わかったから食いながら喋るな。で……午後からの実習はどうするんだ?」

「あ……うん。流石に足を引っ張るのも悪いから……」

「……そっか。」


 一言だけ残してトミーは離れていった。

 私は一人寂しくトミーのくれた蜂蜜を塗ったクレープのような物を食べる。

 トミーは甘いのが苦手とか言っているのに、なぜ毎回甘い物を買うんだろう?


 私の通っているダンジョンの学校は、10~18歳までの人が集まってきてダンジョンについて学んでいる。そしてこの学校は分かり易い程に実力主義。というのも、みんながみんな『お金持ちになりたい』とかのダンジョンに対する熱い思いを持ってやってきているからだ。

 だからこそ、ダンジョンの事を学べる学校において、在籍する人の価値の基準となるのは『ダンジョンに入って役に立つかどうか』これだけが、この学校においての絶対的な価値になっている。


 そして、その価値を一番判断しやすいのは『スキル』。


 剣や槍、弓なんかのスキルを持っている人は価値が高い。

 魔法なんかを使える人もとても人気がある。

 罠発見なんかの特殊スキルを持つ人なんて引く手数多。


 寮を利用しているのは基本的に遠方の村などの出身の子が多く、そんな子達は自前の武器なんかを持っていない子も多いので、学校では短剣やナイフ、槍。その他、魔法の補助につかう杖なんかも訓練用で用意されている物を借りて使う事が出来る。

 もちろんダンジョンや学校に詳しい都会出身の子は、あらかじめ自前の武器を用意する子が多い。


 でも、自前の武器を持っていない子は訓練用の物を借りることになるのだけれど、一般的に使われる武器しか置いていない。そして私のスキルは『鞭』。よく首を捻られたスキルだけあって、これまでの入学者に鞭のスキルを持った人はいなかったらしく、私が借りる事ができる武器が無かった。私だけ借りることができる武器がなかったのだ。


 仕方なく借りることのできる鉈に似たナイフなんかを借りて使ってみたけれど階層の浅い層での実習訓練とはいえダンジョンに入れば魔物も出る。当然スキルも無い私は、うまく武器を使えず役立たず。完全に足を引っ張ってしまうので、使えない武器を置き、荷物持ちくらいしか手伝えることが無かった。


 ダンジョンはパーティを組んで入る事が常識で、狭い道も多いため大体4人組が適当とされている。実習でもこの常識を守るように教え込まれる為、私が荷物持ちで入ってしまうと残りは3人。3人で戦いを頑張らなくちゃいけなくなる。しかも困ったことに荷物持ちなのに、あまり力もないからそんなに多くの荷物が持てない。


 この学校の入学者は皆真剣。

 真剣だからこそ、はっきりとしていてダンジョンに入る時に私を誘ってくれるような人はいない。


 ……でも、トミーだけは誘ってくれる。


 トミーはといえば格闘術スキルを持っていて、入学当初から自分の腕に合った武器も持っていた。

 トミーは、ちょっと乱暴ではあるけれど面倒見もいいし、困ったときには庇ってくれたり助けてくれることも多いから同期入学の人達から人気があって、先生からの期待も大きい。トミーがパーティに加わるだけでダンジョンの探索が捗るみたい。


 実習とはいえダンジョン探索で得られた稼ぎは探索者達の物になる仕組みになっているから、みんな少しでも利益を得ようと必死だ。

 そんな必死な生活の中で、トミーは時々、私をダンジョンに連れて行ってくれたりする。だけれど荷物持ちでトミーについていくのは、流石に他の人の視線が痛かったりして辛い。


「はぁ。ちゃんとした武器……鞭さえあれば……きっと……」


 私がお昼を抜いてコツコツと節約してお金を貯めている。

 それも全て鞭を買うため! 私のスキルにあった武器。ちゃんとした鞭さえ手に入れば、きっと他の人達のように活躍できるはず!


 …………幾らかかるのか。

 そもそも、どこに売っているのかすら検討がついていないけれど。


 ぐすん。



--*--*--



「おっらぁ!」


 一本の角を持つ茸の突進を左足を軸にして回転しながら躱し、回転の勢いのまま大きめの兎ほどはありそうな茸の胴体に裏拳を打ちこむと、2、3回痙攣して動かなくなった。


「ひゅう! トミー今日も絶好調だな。」


 最近よく組む短刀スキルを持つジャックが口笛混じりに声を送ってくる。

 目を向ければ他のやつらもみなとどめを刺しているようだ。俺もすぐに茸の傘についている角を力づくで折る様にもぎ取り、取れた角とキノコの身体の両方を鞄に仕舞いながら口を開く。


「無駄口叩いてねぇで行くぞ。まだまだ数がいそうだ。」

「おっけー。この茸、意外と良い値がつくからなぁ。」


 槍を使うボブと、剣を使うクリスも仕留めた茸を鞄に仕舞ったのを確認して先に進む。


「俺は金が要るんだよ。」

「あぁ知ってるって。幼馴染に武器をプレゼントするんだったけ?」

「ち、ちげぇよジャック。俺はなぁ……金が好きなんだよ!」

「ふふふ……そうだろうとも。金を嫌いな人はいないよね。でもさぁトミー。本当に必要だったら僕が用立ててあげてもいいんだよ? いつでも声をかけてよ。」


 ジャックの軽口にクリスが髪に手櫛を通しながら嫌味ったしい声で続いた。

 こいつはリスヒトの生まれの14歳のガキだけれど、入学の時から豪華な自前の剣を持ってきていた。それだけでも金持ちなのが分かるがジャックが言うには親が金貸しで財を成したヤツらしい。金に関わることは気をつけろと忠告も受けた。


「お前から借りたりなんかしたらケツの毛すら残らなそうだから遠慮する。」

「ふふふ。酷いなぁ、僕はトミーを評価してるだけだよ。回収できなさそうな人に貸したいとは思わないからね。」

「金の貸し借りは……友人同士でしない方が長続きするもん……だ。」


 俺より一つ上のボブが静かにそう言った。

 ボブは静かだが、このパーティの中でなら一番信頼できる。こいつだけはエリーを一緒に連れてきても嫌な顔一つしない。ほんと良いヤツだ。


「ふふふ……いやだなぁボブ。『友人』なんて一番曖昧で信頼できない響きの代表じゃないか。」

「人それぞれ……か。」


 呆れた様にクリスが溜め息を吐きながら大仰に両手を天に向けて首を振る。ボブはその様に鼻から小さく息を吐いた。

 ジャックはといえば、もう既に先に進み角の向こうを様子見している。どうやらまた茸がいたらしく、こっちにアイコンタクトを送ってきていた。


「どうでもいいから行くぞ。お前ら。」

「ふふふ……そうだね。」

「……だ……な。」 


 ジャックに追いつき、その手と指の動きから茸の数と位置を確認する。

 後ろに向き直りハンドサインで俺とジャック、ボブとクリスの二手で分散攻撃を提案すると全員が頷き、即座に行動を開始した。


 俺は金が要るんだ。


 あの鈍くさいエリーは使える武器がないだけで、ちゃんとスキルを持っている。

 俺の……なんだ。そう、俺の同郷の人間が役立たずだと思われるのは、なんていうか心外だからな。

 そう。そうだ。俺の同郷なんだから、そうなんだ。なんてたって俺は英雄になるし、顔も見せに来ないがハンスのヤツは勇者だ。エリーだって、ちゃんと武器さえ持ってれば、ちゃんと役に立つヤツになるはずだ。きっとそうだ。

 もし役に立つなら俺のパーティに入っても誰も文句は言わないだろうし、あいつだって変な気を使わないはず。


 もうすぐ大抵の武器なら買えるくらいには貯まる。


 教官に話を聞いて、特殊な武器を扱っている店や情報を持ってそうなヤツにも当たりをつけた。


 エリーが武器さえ持てば……クリス当たりを放出しよう。

 コイツはなんかエリーと話をさせたらいけない気がしてならない。

 なんせエリーは鈍くさいからな。クリスの言う事を「へ~」とか呑気に聞いて簡単に騙されそうだ。クリスのやつは遠巻きにどう騙してやろうかって目でしか見てねぇのを知らねぇんだ。


 ええい! とにかく金だ金!



--*--*--



「おうエリー。武器見に行くぞ。」

「えっ?」

「なんだ? 今日はダンジョンに入れない日だろ? 予定でもあんのか?」

「ううん。特には……」

「じゃあ行くぞ。」


 金は貯まった。

 大抵のことなら、なんとかなる程度には貯まった。

 これでコイツも武器を持てる。やっぱり幼馴染が役立たずとか体裁が悪いからな。そういうのはアレだ。うん。アレだからな。


 情報屋から『鞭? ……あぁ、ムチな。へへへ。ならここに行ってみな』と聞いた場所を目指し、道を進んでゆく。

 どことなく小汚く、お世辞にも綺麗とは言えない裏通りだ。確か色街が近かったはずの道だ。


「ねぇトミー。トミーはもう立派な武器を持ってるじゃない? 新しいのが必要になったの?」


 道に不安になったのかエリーが喋り出す。

 多分、道の先がどこに続くのか不安で怖いから帰りたいと思っているのだろう。

 面倒だが、コイツに武器を持たせる為にもちゃんと話をしてやる事にする。別にエリーと久しぶりに話したいとかじゃなくて、コイツを安心させる為だ。仕方なくだ。


「あぁ? 俺は今のが手になじんでるから十分だよ。買うのはお前の鞭だ。」

「えぇっ!? 私!? ……私お金……まだ……」

「俺が金貯まったんだよ。それであれだ。なんか投資? とか言うのか? なんか都会のヤツが言うには貸しを作っておけば、いつか大きく返してもらえるって聞いたからな、それなら、貸しを作る実験をエリーでしてみようと思っただけだ。なんせ、お前の事は昔から知ってるしな。金ってのは寝かしといてもダメっていうらしいからな。なんかそういうもんらしい。」

「え? う、ううん? でも……」

「だから実験だって! 付き合えよ。……それにお前だってダンジョンにあまり入れないままでいると、このまま役に立たないと思われるかもしれないんだぞ?」

「うぅ……そう言われると……でも……私、鞭とかどこに売ってるかもしらないし……」


「あー、ぐちぐちうるせぇなぁ。お前、武器欲しいのか? 欲しくないのか? どっちだよ!」

「そ、それは……欲しいけど。」

「じゃあ、いいじゃねぇか! 一応店聞いてきてあるし、見るだけ見とけ!」

「う、うん……」


 よし。エリーは大抵の事は強引に進めれば結構受け入れる。

 これでエリーに鞭を買ってやることができるだろう。


 黙ったエリーをつれて道を進むと、目だけ隠すマスクをドアに下げた小屋が目に入った。ここだ。俺はドアをドンドンとノックをする。


「おい! 居るか!? ムチが欲しいんだ!」


 ノックをするとドアが軋んだ音を鳴らした。あまり丈夫な作りじゃない。


「ちっ……なんだい……うるさいねぇ……」


 開いたドアにもたれかかるようにしながら女が、のっそりと顔を出した。


「わっ!」


 エリーが慌てたような声を出し、俺もすぐに目を逸らす。ただ鼓動は早くなってしまう。

 なにしろ出てきた女は裸だ。いや、ローブを羽織っているけれど隠しているのか隠していないのか分からないような恰好、中には何も着てない事が分かる恰好をしていたのだ。


「おい……前が開いてるから……締めろよ。」

「ふん? 見たいなら見てりゃあいいんだよ。どうだい? でかいから嬉しいだろう?」


 折角忠告をしてやったのに鼻で笑われ、少しカチンと来る。

 そりゃあエリー並みにでかいとは思うが、なんというかエリーとは全然違う。エリーはもっとぱっつんぱっつんに張ってる感じが服の上からでも分かる。


「って、何を考えてるんだ俺っ!」

「ふはははっ! なんだい正直もんだねぇ。で? なんだって?」


 これ以上相手のいいようにされるのも癪だから、すぐに用件を済ませよう。


「ムチを買いたい。」

「ムチ? ……アンタが使うのかい?」

「俺じゃあない。コイツだ。」


 後ろのエリーを顎で指す。


「ふぅん……」


 品定めするように乱れた髪をかき上げながらじっくりとエリーを見る女。

 小さく鼻を鳴らし、すぐに俺に視線が戻ってくる。


「あんたたち……この道に入るのには早すぎるだろう? もうちょっと子供らしく過ごした方が良いんじゃないかい?」


 言葉の端々から断わる雰囲気が感じられる。これはいけない。


「おいエリー! お前ムチ欲しいんだろ! 言ってやれ!」

「わっ! あ、あ、うんっ! えっと、私! 実は……スキルが鞭なんです!」

「……なんだって?」


 女の雰囲気が変わった。

 これはいけるかも。


「分かっただろ? コイツのスキルは鞭。でも肝心の鞭が無いんだよ。スキルを磨くのなら年も早い内から始めるに越した事はないだろう?」


 女が口を手で隠して何かを考え始めた。

 ここは引かずに押すべきだ。


「アンタが色んなムチを持ってるってのは情報屋から聞いた。金は用意した。アンタがコイツに合う……いや、アンタだからわかるコイツのスキルに合った鞭を見繕ってくれ!」


 女の目がエリーに向く。


「……お嬢ちゃん。名前は?」

「あの……エリーです。」

「エリー。入りな。」

「あ、あ、はい。」

「坊主はそこでお預けだよ。待ってな。」


 俺の返答を待たずに踵を返した女。エリーは不安な心境を表すように何度か振り返りながら女の部屋に入っていった。


 俺は、そんなエリーの姿に、少し不安になり聞き耳を立てる。


 二人は何かを話しているようだが聞こえない。

 何とか中の様子が分からないかと思い、ドアの薄い隙間から中を覗く。

 すると赤い蝋燭に火が灯っていてエリーが女から次から次に鞭を手渡されては、巻いた毛布に試し振りをしているのが見て取れた。


 一体どんなものを使っているのか気になったが、詳しく理解できるほど中は見えず諦めた。


 しばらく待っていると、結構早くエリーは中から出てきた。

 その手には一振りのムチを握って、笑顔で。


「トミー! ムチを貸してくれるって!」

「えっ? 貸す? ……金は?」


 無邪気なエリーが騙されていないか、女を一睨みする


「ふん……金はいいさ。まずはエリーがちゃんとムチを使えるかどうかを試してみないといけないからね……だが、スキルを持ってるってのは、ソレっぽかったね。初めて振ったとは思えない音……私がようやく身につけて鳴った音がしていたよ。」

「有難うございました! ベスさん!」


 エリーが勢いよく頭を下げる。


「いいってエリー……私もちょっと嬉しいのさ。

 アンタなら私のこの『キャットオブナインテイル』を使いこなしてくれるんじゃないかってね……」



 こうしてエリーは鞭『キャットオブナインテイル』を手に入れたのだった。




 帰り際。


「2人とも……若いからって……あんまり無茶をするんじゃないよ。」


 と、どこか困ったように微笑みながら言ったベス。もしかすると案外いい人なのかもしれないと思った。


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