30話
「うわぁ……」
姿見に写る自分の姿に対して、どう反応をしたものか分からず、ため息にも似た声が漏れる。
テーカが『父が迷惑かけたっぽいからー』という理由で買ってくれた服は、これまでに着た事がないほどに質の良い服ばかり。特に下着はツルツルすべすべしていたり精巧な飾りがついていたり、木綿の下着しか知らなかったエリーには驚くことしかできない。
ただ……どうにも露出が激しすぎる。
探索用の服を身に着けてみると、ウエストがきゅっと締め上げられているが胸を中途半端な位置までしか覆っておらず、どうにも胸の谷間が強調されてしまう。下半身や足回りにしても、太腿まで覆った長靴下のような防具はガーターベルトで留めるしかない。もちろんそういう作りの為、下着はその上から履くように注意された。そしてその下着の上から装着できるのは黒に染色された革製ビキニ。つまり探索の時、下着はどうにも面積が少ないものしか着れそうにないし、そしてそういう下着しか揃えられていない。
とりあえず、ここまでの装備を身につけ姿見に写してみるが、とにもかくにも恥ずかしい。
急いで膝上まであるフレアスカート型の防具を付け、肩と胸回りを隠せるケープを纏うと、ようやくなんとか羞恥心を感じずに見ていられる格好になった。フレアスカートのベルトには鞭をストックしておくことができるギミックも備えられていて、そこにキャットオブナインテイルをセットして、全ての装備の完了だ。
フル装備の姿を、もういちど姿見に写しながら、鞭を手に取りブンブンと振るってみると、胸の前で結んだケープが跳ね、チラチラと肌や谷間が見えるような気がしないでもない。
「うぅ……ちょっと恥ずかしいなぁ……」
『女の身体は全てが武器なのよ! 余すところなく有効に使わなきゃ!』と、装備を買ってくれたテーカが力説していたので恥ずかしさを飲み込んで部屋の外に出る。
なにしろ今日はテーカ様とダンジョン探索にゆくのだ。
「はーい。というわけで、今日は私とルークとエリーちゃんで行きましょー。」
指定された通りにお屋敷の方に向かうと玄関前で元気よく片手をあげるテーカとルークの姿。
「あの、なんだかメチヤ様の視線を感じるんですが……」
二階のガラス窓の向こうに見えるメチヤの顔。
その顔は、これまでにない形相だった。
「お父さんはエリーちゃんを連れまわして公務をサボってばかりだったので、今日はお仕事ですー。ねぇあなた。」
「あ、あぁ……まぁ、メチヤ様でなければ決断できない仕事も多いからね。うん。」
明らかに『なぜ置いていく』と言わんばかりの表情でギリギリと歯を鳴らしているっぽいメチヤに一切視線を向けずにルークが答えた。
エリーもそれに倣ってメチヤから視線を外す。
「はーい、さっさと行きましょー。無視よ無視―。」
先頭に立って歩き始めるテーカ。
「あ、あの、今日は3人で良いのですか?」
「あぁ、大丈夫だよエリー。テーカはこう見えてもダンジョンに潜り慣れているからね。今日はテーカが実際にエリーのできることを確認したいというのがメインだから、そんなに深く潜ることも無いし心配はいらない。必要なものは私が持っているからね。」
「そうよー。ルークの『こう見えて』っていうのは、きっと誉め言葉なんだと思うけど、どうにも私って頼りなさそうにみえるみたいなのよねー。でもちゃんと25階くらいまでならルークと二人でだっていけるくらい余裕よー。」
「い、いぇ、もちろん力量の不安とか、そんなことではなくて、えっと、普通4人くらいで潜るって学校で聞いていたので、すみません。」
メチヤに対するテーカのシールドバッシュを間近で見ているエリーにとって、テーカを頼りなく感じることなどあり得なかった。
ただ、単純に貴族に囲まれてばかりいるのが辛いのだ。とっても偉いだろう貴族に気を使われるなどエリーの精神的な消耗が激しすぎ、ストレスなのだ。故に、少しの緩衝材か、癒しか、逃げポイントが欲しかっただけのことから出た言葉でしかない。
「そうねー。しっかり潜る時は、やっぱり4人は欲しいわよねー。でも2人コンビとかで潜ってる人も結構いるし、あまり人数にこだわらなくてもいいのよー。パーティ内での相性っていうのもあるしー。どれだけ連携がスムーズかの方が重要だしー。昨日の買い物でエリーちゃんと私の相性って、そんなに悪くないと思ったのよねー私。」
馬車に辿り着き、開かれた扉を前にして振り返るテーカ。
「その探索服。とっても似合ってるわよーエリーちゃん。」
にっこりと微笑むテーカに、同じ貴族でもメチヤよりはストレスが少なそうと、エリーは少しだけ胸をなでおろすのだった――
「よいしょー」
降り降ろされたムカデの頭を軽く躱すテーカ。
「これはねー、ここをこうすると楽よー」
躱した動きの流れでムカデの頭を片手でつかみ、そして胴体を足で踏みつけて軽く手首をひねるテーカ。すると、ムカデの首付近の関節がパキョリと音を立て、ムカデはピクピクと痙攣して動かなくなった。
「簡単でしょー? 虫系は大体こんな感じで倒せちゃうわよー。」
「は、はひぃっ!」
「あー……エリー? テーカは盾術だけじゃなくて護身術とかのスキルも持っているから簡単に見えるだけだからね。いきなり真似しようと思っても簡単にできる事じゃないから安心しなさい。まぁ、それでもモンスターの倒し方の一つの知識として覚えておいて損はないぞ。」
「は、はひぃっ!」
「んー、きっとエリーちゃんは気持ち悪さが勝ってるんだろうけど、こんなのは慣れよ慣れー。いざやってみたら簡単なものよー。」
ポイっとムカデを捨てながら蹴飛ばすテーカ。
手をポンポンと払うが、その手に汚れは一切ない。
テーカから投げられた視線に『次はヤレ』と言われているのかと感じ、若干震えつつルークに目を向けると、ルークは苦笑いを浮かべながら首を横に振った。その様子を見ていたテーカが肩を一度だけ怒らせるジェスチャーをする。
「もー、分かってるってばー。今日の目的は別だしねー。あれー? 亀だっけ?」
「あぁ、そうだねテーカ。酔いどれ茸の次の階から出てくる亀でエリーの鞭の能力を試すんだ。」
「っていうワケだから、そこが本番だから、そこに着くまでは、ただのお勉強と思って見ててねー。さー、きびきび移動するわよー。楽しみねー。」
スキップするように軽快に動き出すテーカ。
テーカはメチヤと違った意味で怖かった。
ふわふわと柔らかく優しい印象を全身から放ちながらも、これまでに出てきた茸や蛇など、あっという間に無手で殲滅してしまうのだ。茸すら倒せないエリーにとって、同じ女性でありながら千切っては投げ千切っては投げという風にモンスターを屠るテーカに圧倒的なまでの戦力差を感じてしまい、そこから感じる無力さに表情が陰ってしまう。
テーカはマイペースに、すいすいとダンジョンを進み、襲い来るムカデを掴んでは捻る、時には勢い余ってブチっと頭を千切ってしまい、千切った頭を失敗したなぁと言わんばかりの顔を作りながら、つまらなそうにポイっと捨て、ルークから手ぬぐいを借りて拭き、そしてまた歩き出す。
しばらく歩き、またテーカがムカデをカウンター首ポキリした瞬間、目と目が合った。
「あらー? どうかしたー? エリーちゃん。顔色わるくないー?」
不思議そうに首をかしげるテーカ。
「いえ……あの、私って役に立てないなぁって思って。」
「んー、かわいいんだからー。」
「ふぇっ!」
ぽいっとムカデを捨て、ルークから渡された手ぬぐいで手を拭き、唐突にきゅっと抱きしめてくるテーカ。
防具を身に着けているにも関わらず、ところどころ柔らかいテーカの身体の感触にどぎまぎしてしまう。
「大丈夫よー。エリーちゃんにはエリーちゃんのできることがあるんだからねー。」
よしよし。と言わんばかりに優しく撫でられ、ポンポンと跳ねるテーカの手。
その手の動きには、なんとも言えない安心感があった。
「は、はい。」
返事をするが、抱きしめから解放してくれないテーカ。
「ううーん。なんだか妹のちっちゃい時を思い出しちゃうわねぇ~。妹はエリーちゃんと年も近いしー。」
「あ、歓迎会の時にいらっしゃった方ですよね。」
エリーの歓迎会の時、メチヤ、ルーク、テーカの他に後3人の姿があった。
もちろんしっかりとメチヤから紹介されているのだが、あまりにも目が回りすぎていたエリーは、兄弟がいっぱいいて良いなぁと思ったことと、かろうじて、その場のエムネン家が男3人、女3人だったことしか覚えていない。
「そうよー。マーちゃんはダンジョンに入るのは好きじゃないから、学者さんみたいなことばっかりしているけどねー。」
「学者さん? ですか?」
「あぁそうだよ。エリーのおかげで手に入った茸の菌糸とかも預けてある。まだまだお若いが、のめりこむように夢中になるタイプだから、何かを研究することが性に合ってるらしい。」
「えっと、テーカ様は三姉妹……で良かったでしょうか?」
「ん? 違うわよー? あ、そうね、エリーちゃんの歓迎会の時は、みんな揃ってなかったもんねー。まだエリーちゃんの会ってない兄と弟がいるわよー。」
「そうなんですか?」
ようやく抱きしめから解放される。
だがテーカの手は肩にかかったままだ。
「うふふー、弟の方はモーちゃんって言うんだけど、マーちゃんと双子なのよー? 珍しいでしょー。」
「わぁ、私、双子の方って初めてです。」
「モーは、マーと違って逆にダンジョンが好きで、よく入り浸っている。結構長く潜るタイプだから、また機会があれば会えるだろうな。まあ、二人とも凝り性なところなんかそっくりだよ。」
「というわけで、マーちゃんもモーちゃんも得意なことを頑張って、そのおかげで色んな事を発見できたりするし、エリーちゃんもエリーちゃんにしかできないことがあるんだから、そこで頑張ればいいのよ。」
「は、はいっ! 頑張ります!」
軽くウィンクをしながら離れるテーカ。
「さぁて、カメー。カメーはどーこだー。」
「まだまだ先だよ。テーカ。」
「知ってるー。」
できることを頑張ろうと気合が入る。
だが、具体的にどう頑張るかを考えてみたら、また表情が陰り始めた。
「あ、あの!」
「なーにー?」
「か、カメを叩く時って、どうやったらいいんでしょうか!? ま、まさか、ま、前のメチヤ様みたいに、テーカ様が抑えたりするなんてことになるんでしょうか!?」
記憶に蘇るモンスターの拘束を頑張るメチヤの姿。そして自分が振るった鞭が、ガンガンメチヤに当たってしまったこと。
まさかテーカが同じことをするとなったら……そう考えるだけで身体中から汗が噴き出てくる気がした。
「んー? ……これくらいのカメだから、私が甲羅踏んで動けなくしてたらいいんじゃないかなぁ? どう? 難しそう?」
両手で50cmくらいの輪っかを描きながら答えるテーカ。
「あ。それなら、多分……大丈夫です。」
「頭、伸びるし叩きやすいと思うよー。」
「ほっ、なんだか安心しました……有難うございます。」
「はーい。じゃいっきましょー。」
亀のモンスターを目指して歩き出すのだった。