27話
1話前に、これまでのあらすじをまとめてあります。
また更新頑張ります!
「未開のダンジョン……ですか。」
「えぇ……私もさっき耳にしたのだけれど、話を持ってきた侯爵のことを考えると……きっとハンス、あなたのところに話が行くことになると思う。」
着飾った紳士淑女の集う華やかな宴席。
その中にあって取り分け目を惹きつけてやまない美丈夫は、衆目を惹きつける笑顔を変えることなく、また華麗なダンスの足さばきも止める事なく会話を続ける。
ダンスパートナーである姫もまた、そのにこやかな王族らしい微笑みを崩すことなく言葉を紡いでいる。二人の様子から、傍目には、二人が楽しげに会話をしているようにしか見えないだろう。
ハンスが姫と踊っているのは、この宴席がハンスがアムー家に名を連ねることが決定された事を祝う祝賀会であり、ハンスが主役だからである。
普通であればパーティの主役であったとしても姫の前では膝をつき、恐れ多くも触れることなどできはしない。例え祝いの席であったとしても姫と踊ることなど許されるはずはない。
だが、ハンスは国単位、いや、世界単位でみても類稀なる勇者のスキルを持っている貴重な人間だった。
また田舎の出ではあるが、持前の社交性と品のよさ、そして知識欲を有していたハンスは、10歳で王都に連れてこられてから教育者たちに恵まれ様々なことを貪欲に学んだ。そして15歳となった今、貴族の生まれと言っても誰も疑わない程の風格と気品を持ったイケメンに育っていたのだ。
そんなハンスが得たアムーの名は、王国における騎士団長を務める侯爵が当主を務める家名。
貴族の最上位である公爵の下位ではあるが、序列二位に相当する爵位を持った家名である。
義理の父が栄えある王国騎士団長。名の価値は侯爵。そして類稀なる勇者のスキル持ちともなれば、ハンスは国王が自分の娘と交流を持たせ、仲を親密なものとしようと考えるのも最早当然とも言える価値のある人間だった。
そして国王から任を与えられた姫もまた、伝説と呼ばれるスキルを持つ勇者であるハンスを10歳の頃に一目見て、運命の人だと感じていた。
そんな国ぐるみでの勇者包囲網でじわじわと外堀が埋められていくのを感じながらも、ハンスはあくまでも国に使える勇者であるというスタンスを崩すことはない。
国王にしても勇者が出奔でもしようものなら、とんでもない損失となることを理解しているから、本人だけでなく、その出身である村に対しても手厚い対応を取り慎重に無理なくことを進めている。
ハンスの得た『勇者』というスキルには、それだけの価値があるのである。
ただ、勇者本人を縛り切れない点が、他者の付け入る隙にもなる。
「情報を有難うございます。心構えができるというものです。」
「何を言うのですハンス。未開のダンジョンがどういう物か分かっていて向かうつもりなのですか?」
「文献で残っている程度ですが、存じております。」
「師団が滅んだ程のダンジョンもあるのですよ?」
「10,000人もの兵を飲み込んだという亡国のダンジョンのことですね。」
「そうです。だからこそ、あの侯爵が未開のダンジョンの話をもって来たからといってハンスが向かう必要はありません。まずは斥候なり探索者なりを向かわせるなどの対策ができるはずですから。」
未開のダンジョンとは、その名が表す通りに公になっていないダンジョンの事だ。
ダンジョンは開いてみるまで分からないビックリ箱のようなもの。
有意義なものが詰まった宝箱のようなダンジョンもあれば、災厄の詰まったようなパンドラの箱のようなダンジョンもある。
亡国のダンジョンは、そんな未開のダンジョンにおいて、まさに災厄の詰まったダンジョンだった。人の手が入ったその時に目覚め、次々と貪り喰った。人が恐れ、手を出さなくなると周辺に魔物をまき散らして大元のダンジョンを破壊しなければならないと思わせ人を呼んだ。
当時の亡国は国をあげて兵を派遣し、ダンジョンの対応に追われたが、その被害は増すばかり。得る物はなく失うばかりの戦いに人は逃げ国は傾いてゆく。
「ですが亡国のダンジョンを制したのは、その当時の勇者であると文献にはありました。
もし未開のダンジョンが実際にあるのであれば、まだまだ自分で名乗るには未熟ではありますが勇者のスキルを持った私がいるこの状況で向かわないとなれば、王家も貴族たちからの風当たりが強くなることでしょう。私としては、これまでお世話になった方々に迷惑がかかるのは不本意な事です。」
「あぁハンス。そこまで……」
王女は踊りながら、その顔をハンスの肩に預けた。
亡国のダンジョンを制したのは当時の勇者のスキルを持った者だった。
だが折角ダンジョンから解放されても、もう国に力は残っておらず、そのまま亡国は滅び、別の国が生まれる事になった。
だからこそ凶悪なダンジョンが目覚めた時には勇者が望まれるのだ。
姫と踊りながらハンスは姫が『あの侯爵』といった人物が、おおよそサイク侯爵その人だろう検討を付ける。ハンスの目から見たサイク侯爵の印象は悪い。
というのも5年前に王都にやってきた時に、子飼いにしようと暗躍していた人物だからだ。
当時10歳の子供であるハンスを、ただの子供と甘く見すぎていたのだろう、当時のハンスの目から見て非常にわかりやすいものだった為、返って警戒心を鍛える鍛錬となった。
11歳になった時に子飼いにするのは諦めたのか手の内の者を使って微妙な嫌がらせが続いた。もちろんこれはサイク侯爵が颯爽とその嫌がらせを解決し恩を売り、勇者が信頼している人間であるという立ち位置を得る為のマッチポンプであることをハンスは見抜いており、その人の使い方から人との繋がりの重要さや、人の使い方を学んだ。
12歳ころからは、それまでの座学中心の生活から本格的に戦い方を学ぶことが多くなり、サイク侯爵の手の届きにくいアムー侯爵の管轄での生活が続きサイク侯爵の影の見えにくい平穏な日々だった。
おおよそ、この頃からサイク侯爵は未開のダンジョンを探させていたのだろう。そして秘匿し、しっかりと根回しを行い、手が出せるギリギリのタイミングを見極めて王族に情報を持ってきたのだ。きっと反抗しようにも他貴族達と連名で勇者派遣の要望を上げており、王族が出さざるをえない状況が完成していることだろう。
そして、この未開のダンジョンの遠征にはサイク侯爵がフォローアップで入ってくるのが確実だ。
未開のダンジョンともなれば人の手が入っていないような場所で見つかることも多い。自然の中にあるダンジョンでは、ダンジョン都市のような手厚いフォローアップは期待できない。
ダンジョンから出ても自然の中。そこにいる動植物なんかで気の休まる暇はない。
だからこそダンジョン付近に野営地を設立しなくてはならない。ダンジョンの攻略がどの程度の期間必要になるか分からない以上、野営地も期限を区切らずに運営する必要がある事になる。つまり相当な物資が必要になるだけではなく、そこに物を運搬したりする簡易な道なども作らなくてはならない。つまり多大な費用が発生する。
サイク侯爵家はこの王国の中でかなりの金を持っている家として有名であり、勇者のフォローアップを買ってでることで国に対して恩を売り、なおかつ勇者を篭絡する身近な場所を手にすることができる。そんな一挙両得の作戦を念入りに立てている事だろう。
まだ姫との婚約などの話は出ていない今だからこそ篭絡の為に取れる手段も多い。
曲が終わり、ハンスは姫の手を軽く掲げ礼をする。
そして頭を上げず、そのまま下げ続ける。未だ心は平民である自分と踊ってくれた姫のご厚情に対して感謝を捧げているのだ。
堅物とも思えるハンスの振舞いに、姫はハンスにだけ聞こえるような小さな溜息を漏らし、その場を後にした。衆目の多い場で恥知らずに異性とベタベタとすることなど、王族としての教育が許さなかったのだ。
姫が去るその最中もハンスは頭を下げ続ける。
だが、その頭の中は、この退屈が続く日常から抜け出せる喜びに打ち震えていた。
王国騎士団長をも軽くいなせてしまう勇者のスキルが、ハンスは恐ろしかった。
王族との婚約へと向かう包囲網がジリジリと狭まってきているのが恐ろしかった。
未開のダンジョンへ向かうことができれば、役に立つ力の使い方を学ぶことができるかもしれない。
王族や貴族を気にする閉塞的な世界から抜けられるかもしれない。
そんな期待を胸に抱いていたのだった。
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場所は王都の酒宴から、また別の酒宴の席へと移る。
「ええじゃないか! ちょっと一杯くらい!」
「ダメですっ!」
エムネン家の有する探索者達用の館でも酒宴が開かれていた。
エリーの歓迎会は終わっているが、探索者は宴が開かれるのであれば、どんな理由で開かれても構わない。
エリーの歓迎会の時にダンジョンに潜っていて参加できなかった者たちにとっては、これがエリーの顔見せの機会にもなるし、そういう意味でも酒宴は歓迎される。何より、ただ酒、うまい飯が豪勢に振舞われて好きに食って飲んでいい宴は、いつでもどんとこいなのだ。自分の懐が痛まない飲みにケーションは楽しいもの。
だが今回は少し毛色が違った。
いつもなら全員にまんべんなく話をするメチヤとルークが、ずっと二人で争っているのだ。
「ジュース! これはジュースなんじゃあ! 果汁がちょっと変わっただけで、果物の汁なんじゃああ!」
「人はそのジュースを酒と呼ぶでしょう!」
メチヤとエリーの間に割入りエリーの盾となっているルーク。
だが、今回の義理の父はしつこかった。ルークもうすうす気づいていたがメチヤは鞭打たれる喜びに目覚めてしまっているのだ。まして宴席において無礼講をモットーとしているエムネン家だからこそ、いつもの紳士も遠慮がない。
「テーカ! 君もちょっとは止めてくれ!」
「あらあら、しょうがないわねぇ。どうエリーちゃん。一口飲んでみる? うふふ。」
「は、はひぃ!」
「テーカ!?」
ルークが諫めるように名を呼ぶ。エリーにワインの入ったグラスを渡そうとしているのはテーカ・ド・エムネン。ルークの奥さん。その人だった。
「でもだーめ。」
「はうぅ!」
グラスが、すいーっとエリーの手をすり抜け、顔の前を通って、そのままテーカの口に到着し、くぴくぴと数回喉が鳴る。
「うふふふふ。」
「はぁ……テーカ。そろそろお義父さんを何とかしてくれないか?」
「もう、いつもアナタは遠慮しすぎなんですよ。どうせ鉄壁なんですから、あなたの剣で刺せばいいのに。」
「いやいやいやいや! そんなことできるはずがないだろう!」
物騒なことを口にしながら近くにあったトレイを手を伸ばすテーカ。
「お父さーん。しつこいのはダメですよー。シールドバッシュ!」
ゴッ! と、とてもトレイから鳴ったとは思えない鈍い音が響き、メチヤの顔が上を向く。
「ひぃっ!」
テーカが手にしたトレイでメチヤの顔を殴りつけたのだ。しかも自分の盾術のスキルを上乗せしての力の入れよう。その余りの勢いと威力にエリーは悲鳴を上げてしまう。
だが周りの雰囲気は、まったく和やかなまま。
「むぅ。トレイだと少し軽すぎるな。伝わってくる衝撃がまったくもって弱かったぞ。テーカ。まだ木皿の方が」
「あらあらごめんなさいね。お父さん。シールドバッシュ!」
「ひぃっ!」
またもゴッ! と鈍い音が響く。
だが今度はメチヤの顔は動いてすらいない。
メチヤの顔に密着したトレイを取りながらテーカが口を開く。
「アルコールハラスメントはダメですよー? お酒でエリーちゃんが体調崩すかもしれないでしょう? まだ成長期の女の子なんですからね?」
「むっ……むぅぅ、確かに酔いどれ茸の毒とアルコールは違う物……その可能性もあったか……すまんなエリー。お詫びにどうだろう、このチョコレートでも。」
「シールドバッシュ!」
「ひぃっ!」
ゴッ!
「チョコレートボンボンもアルコールがあるでしょうー?」
「ちょ、ちょっと試すくらいは」
「シールドバッシュ!」
ゴッ!
この日、エリーはお酒を飲まずに済んだのだった。