24話
上がった幕はやがて下ろされる。
突如訪れた狂乱もまた、エリーがシバく事に満足した瞬間に終わりが訪れた。
寝落ち。
エリーの操り人形の糸が切れるが如き寝落ちをもって狂乱は収束へと向かい始める。
エリーが寝始めたのを感じとり、いち早く行動を開始したのは、つやっつやな肌に生まれ変わったメチヤだった。他の男どもが未だブヒブヒと鼻を鳴らしている中、いち早く人間へと戻り、そしてエリーが崩れ落ちるのを抱き留める。
その動きを見て官能に浸っていた他の男達は振るわれていた鞭から、エリー自身へと興味が移動する。
無防備なムッチムチ女子。
ムッチムチな眠った女子。
その存在を本能で理解した瞬間、猛りに猛っていた男どもはブヒブヒと鼻を鳴らす豚から、狼へとその気配を変えた。
だが、メチヤだけはただ冷静に人間だった。
静かに自分の後ろにエリーを寝かせ、そして狼共の前に立ちはだかり、エリーを守るように、何人も通さぬと言わんばかりに両手を横へと広げる。
肉食獣どもの視線からすらエリーを守るようなメチヤが静かに口を開く。
「…………パージ。」
言葉と共にメチヤが着ていた服が爆散する。
突然の変化。対峙していた男達の視線は、突如ぶるるんと曝け出されたクリティカルに注がれる。
男達は皆エリーを欲していたことからノンケであり、クリティカルなどを見る気は無かった。だが突然曝け出されると、つい動くものに目が向いてしまうのは本能だ。
さらに目に飛び込んできたクリティカルは、これまでのエリーのムチのせいか、クリティカルな状態になっており、尚且つクリティカルでビクンビクンだっのだ。あまりにブルンブルンビクビクリティカルだった。
見たくもないクリティカルなクリティカルを見てしまった事で、男達の気分は一気に沈んでゆく。
心にクリティカルがクリティカルヒットしてしまったのだ。
皆、心底嫌そうな顔。
そして、その嫌な気分につられるように悪酔いの気分へと変わってゆく。
酔った状態というのは、その心の有り様ひとつで体調に大きな変化を及ぼしてしまうものだ。
一度下り始めたジェットコースターは、もう止まらない。
ゲンナリしたような様子の者に、フラフラと彷徨う者。青い顔をした者、悪酔いここに極まれり。
「ウォェ」
トミーに至っては手を壁について、えづいてまでいる。
それはそうだろう。エリーについて殊更執心の大きかったトミーだ。エリーの甘美な肉体を想像していたところにクリティカルヒットしたのだから吐き気の一つも起きる。
大量に漂っていた酔いどれの胞子も霧散し、まるで悪い酒を囲んだ宴会のように死屍累々といった様相を醸し出し始める場。そして一人、素っ裸のまま両手を広げ中空を見つめ続けるメチヤ。
流石は最年長にして最高の盾と評されるだけあるメチヤ。
ただのパージ一つで誰の身体を害する事も無く危機的な場を納めて見せたのだ。その証拠にプリっとしたお尻の向こうでは、エリーがすやすやと静かに寝息を立てている。
これぞまさしく頂点に近い貴族の頭脳が導き出した最適解。高潔なるノブレスオブリージュの采配なのだ。
未だ全てを曝け出すように両手を広げ中空を見つめるメチヤの表情は、かくありきと言わんばかりに神々しかった。
最後に正面へと顔を戻したメチヤは静かに口を開く。
「これはこれで良い。」
遠巻きに一連の流れを見ていたミデルとジャックは貴族の何かしらを感じ取ったのか、ブルリと身体を震わせ、足早にその場を離れることしかできなかった――
--*--*--
「ん……」
寝返りをうったエリーが、ふかふかとした感触に目を覚ますと、エムネン家から与えられた寮の自室のベッドの上だった。
靄がかかったようにボーっとする頭の中。
ポリポリと頭を掻いてみるけれどハッキリとしたことは思い出せない。
ただ一つ。ぐうとなったお腹により胃の中が空だということだけがはっきりと理解でき、のそのそとベッドから起き上がる。
「あれ?」
いつの間に着替えたのか服は上等な寝間着に変わっていた。
寝間着と言っても、まるで清楚なワンピースのようで自分の荷物にあった服では無い。
「ん? ん?」
疑問がさらに膨らむエリー。
だけれどもいくら頭を傾げても答えは出てこない。
ただお腹だけが、またぐうと鳴る。
空腹が思考に勝ち『まぁいいか』食堂へと向かう事を決めたエリー。
一度だけ自分の着ている寝間着を見回すが、空腹が『まぁ可愛いし、このままでいいか』という気持ちを後押しし、そのまま足を食堂へと動かした。
食堂に向かうと探索者の先輩たちの姿。
同じようにリラックスした服の人も多く、場にそぐわない格好と言うことも無かった。
数度場を見回すと、見知った顔を発見する。
ルークとメチヤだ。
メチヤもまたエリーを発見し、好々爺のようなにこやかな表情で手招きをする。
雇用主であり当主でもあるメチヤに手招きされて無視する事などできるはずもなく、おぼろげな記憶に不安を感じながらも、とてとてとメチヤの下へと向かうエリー。
すぐにメチヤは自分の前の椅子を指さし、メイドがその椅子を引き、そこに座らざるを得なくなった。
「よく眠れたかな?」
「あ、はい。」
エリーは、とりあえず何も考えずに返事をしながら様子を伺う。
メチヤはニコニコとしているが、ルークはどこか喉に魚の骨が刺さっているような表情。
ルークの表情に些かの不安を感じ、何があったか自分の記憶を必死に探り始める。
だけれども、どれだけ頑張っても掘り起こされる記憶は、12階層でメチヤが捕まえた茸に鞭を打ったところまでだった。
むしろそこまでを思い返し、それまでの過程で当主たるメチヤに何度となく盛大に鞭を振るってしまっていた事を思い出し、血の気がどんどん引いていく。
どうしたら良いかが分からなくなり、グルグルと目が回り始めた。
「さて、エリー。エリーは今日、何があったのか覚えているかい?」
「あ、え!? あう……」
狼狽えるがメチヤもルークもだんまりと黙ったままエリーの言葉をただ待っている。
きちんと自分で言葉にしなくてはいけないような空気を感じとり、一度深呼吸をする。
すると首になるかもしれないという気持ちがどんどん確信めいた物へと変わり、やがて諦めの気持ちに変わった。そこまでゆくと逆に落ち着きが生まれ始める。
「あの……ごめんなさい。メチヤ様に沢山鞭を振るってしまったのを覚えてます……」
伏し目がちになりながらも、ちらり、ちらりと様子を伺う。
興味深そうな顔をしたメチヤと、更に刺さった骨が深くなったようなルークの顔。
その表情の変化に再度焦燥感が生まれ始め目が泳ぐ。
「はっはっは、エリー。私の事は気にする事はない。何度も言っていたと思うが、エリーは仕事をしたのだから、それで何も問題は無いのだよ……だがエリー。鞭を振るったのを覚えているのは私だけかな?」
「えっ?」
メチヤの言葉から他の人に対しても鞭を振るった可能性が高い事を察し、その目が動く。
その他の人というのはルーク以外いないはずだ。
「ご、ごめんなさい! ルークさんにも当ててしまったんでしょうか!?」
疑問を口にしながらも頭を下げる。
「これは……エリーはなんも覚えておらんように見えるな。」
「……でしょうか。」
メチヤとルークの会話にチラリと目を向けると、ルークが溜飲を下げたような雰囲気になっていた。
「あの……」
「エリー。」
「は、はい!?」
「12階層に行った事は覚えているか?」
「あ、はい……メチヤ様が捕まえた茸を…………あれ? 破裂……させたような気が……します……しましたよね?」
「ふむ。それ以降の記憶は?」
「……?」
エリーが首を傾げる。
それを見てメチヤとルークもまた同じ方向につられるように首を傾げた。
この後、エリーはメチヤとルークから何度も質問を受けるが、エリーが酩酊した後の事はなにひとつ覚えていないという事を2人に確信させるだけだった。
エリーの腹が鳴り、質問タイムが終了となったが、ルークは一人、ほっとしたように胸をなで下ろすのだった。