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23話

「うふふふふあはははははソレソレソレーっ!」


 エリーが自分に向けられている尻に向かって順にムチを振るってゆく。

 ムチを振るわれる尻は綺麗に整列し、ムチが振るわれると同時に四つん這いで下げられていた頭がビクンと跳ね上がる。


 ビシリ


「アォオオォンっ!」


 ビシリ


「アォォオオンっ!」


 ビシリ


「アォオォオンっ!」


 ビシリ


「アォォォオンっ!」


 ビシリ


「モットーーーっ!」


 鳴き声を上げたのは、メチヤ、ルーク、そしてエスデス家に仕える事になったトミー、シコルスキー家に仕えているボブと、その先輩の5人だった。

 順に鞭でシバかれた男達は、それぞれが官能に震え、一様に鼻の穴が膨らみ、そして目の焦点が合っていない。これまでに他の誰にも見せたことが無い表情だろう事は容易に伺い知れる痴態だ。


 その並んだ顔を遠巻きに見ている目があった。


「なんてことになってんの……」

「うっわぁ……」


 カストロ家に仕えるミデル、そして鞭を振るうエリー、打たれるトミーとボブの友人であるジャックの目だった。

 二人は口と鼻を覆い隠すように布を巻き付けた姿だが、顔の半分が隠れていようが、それでも分かってしまう程にドン引きしている。


 鞭を振るうエリーの視界にはミデルとジャックの姿も収まっている程に近い距離だが、エリーは二人の存在など気にする素振りも無い。


「ソレソレーっ!」


 鞭を横凪に一閃し、並んだ尻のすべてに向けて鞭を打ちあてる。


「「「「「 アォォオオンっ! 」」」」」


 鳴き声を上げたブタ共に対して嬉しそうな表情を浮かべるエリーの目もまた、焦点が合ってはいなかった。


 こうなるまでには少し時を遡る――



--*--*--



「いっやぁあぁあぁあーーっ!!」

「おっ、オっ、おっ、オっ、おっ、オっ、おっ、オっ」


「8、9階層のダンゴ虫に続き、10、11階層の百足むかでも駄目……と。」


 百足にとどめを刺し終わったルークが一人呟く。

 もちろんエリーは目を閉じたままワーム同様、百足からエリーを守る盾として間に滑り込んだメチヤを鞭打っている。

 メチヤが若干白目になっているが、まだパージはしておらず、きちんと探索服を纏っている姿であることは、せめてもの救いだ。


「やァーー!」

「おっ、オっ、おっ、オっ」

「メチヤ様。」

「なんだ?」


 白目がぎゅりん動いて黒目が現れ、声をかけてきたルークに向けられる。

 エリーがムチでしばき続けているにも関わらず、呼びかけに対して一瞬で普通の状態にメチヤは戻ってみせたのだ。


「この先に進んだ12階層は茸だったと思います。今回の準備としては10階層を目安にしてましたから本来であれば帰るべきですが、6階層以降は移動を重視しましたから12階に向かう余裕はかなりあります。採取も無かったですから空き瓶も余っています。今のところ、こんな状況ですが……いかが致します?」


「いやぁあああああーー!」

「ふぅむ……茸であればエリーは菌糸を出させる事もできるかもしれんと思うがルークはどう思う?」


 ビシビシビッシと未だ振るわれているエリーの鞭が楽器の如くいい音を鳴らしている。だが激しく鞭うたれる背中とお尻など気に留める様子も無く冷静に言葉を続けるメチヤ。


「そうですね……上の茸といえば大きさと食感が売りですが、次階の茸は形は大きくはなくとも、ふくよかな香りと独特の風味が極上の味わいを生み出す珍味の茸。この茸を買いたいと思う商会も多いでしょうから養殖が可能となれば、大きな利益を生み出すと思います。」

「ふむ……ならば、よし。向かってみようじゃあないか。」


 メチヤはニコリと微笑んで告げ、そしてそのままニヤリと笑った。


「なぁエリー、あっ、アっ、あっ、アっ 」


 ぐるっと回れ右をして、こんどは真正面からエリーの鞭を受け始めるメチヤ。

 その目はまた白目に戻っていた。


 ルークは一人、剣の汚れをとり先に進む為の荷物の確認を始めるのだった。


「いっやぁあぁあぁあーーっ!!」

「あっ、アっ、あっ、アォっ、アォンっ! アォォンっ!」


 大きなメチヤの声にルークはちらりと目をエリーへと向ける。するとその瞬間にエリーが下から振り上げるように振るった鞭がメチヤのクリティカルにクリティカルヒットする様子を目の当たりにする。


「ォォンっ!」

「oh……」


 感じ入るメチヤと対照的にルークは、きゅっと腿を締めたのだった。



--*--*--



 トミーは破竹の勢いで、ただただ下へと向かっていた。

 その様子はまるで自身を限界に追い込んでいるようにも見える。


 エスデス家の当主候補であるソレアからこれまでの探索者の情報を聞き、それらをまとめ、本格的に戦いのスキルが必要になるのは15階層以降からであると当たりをつけていたからこそ、そこに至るまでに出てくる敵など、せいぜい準備運動程度と思え無くてはならない。そういった気迫が漏れていた。


 ダンジョンの中には各家々の探索者達が下層へと向かう最短ルートを割り出しており、分岐では行先を示す目印が付けられている。それを見逃さなければ迷う事など無く一直線に下層へと向かう事が出来る。


 トミーが勢いのまま12階層に辿りついた時、ふと聞きなれた声が聞こえた気がして立ち止まり耳を澄ます。


「……エリーか?」


 漏れ出た声は疑問を持っていたが、内心では間違いなくエリーの声であると確信していた。

 耳になじんだエリーの声を聞き間違えるはずもないからだ。


 エリーの能力から考えれば、こんな階層に来ているのはおかしい。茸も倒せないエリーには早すぎるのだ。それにエムネン家はエリーを探索とは違う目的で雇っていたはず。こんな場所にいるはずもないのに。


 生まれた疑問。

 真実を確かめたい気持ち。


 だが、またエムネン家と関わってしまえば失態を犯してしまう可能性があり、声の方へと向かう事に二の足を踏んでしまう。


 トミーにできる事は、ただその場で立ち止まり、そして耳を澄ませば聞こえてくるエリーの声から推測する事だけだった。



--*--*--

 


「むう? ……あれはトミー……一体何をしてい……る?」

「……どうした?」


 遠巻きにトミーを見つけたボブに、さほど興味もなさそうな声をかけてきた先輩。

 そんな先輩に対して顎を動かして進む先のトミーに目を促す。


「……ほう、お前と同期なら、これが初探索だろうに、すでに12階層か……早いな。だが……早すぎる。」

「む? ……早すぎるとマズイ……か?」

「……あぁ、このダンジョンでは俺達もそうだが貴族の家々で競い合っている。だから先を急ぐことは珍しくもない。だが、別に深く潜る競争をしているわけじゃあない。ダンジョンから持ち帰った成果で競い合っている。」


 コクリとボブは頷く。


「……つまり『見逃さない』事が大事なんだ。敵であれ、物であれ、大事な物を見逃さない事がな。」

「ふむ……トミーの速さでは、見逃してしまう……ということ…か。」

「そうだ……通い詰めた熟練者なら問題はない。熟練者はきちんと見るからな。だがアレは初心者がただ深く潜る事だけを目的にした速さ……時々いる死にたがりの速さだ。」


 じっと先に居るトミーを見ながら、そう告げた先輩。

 ボブは何も言えず同じようにトミーを見る事しかできない。

 やがて先輩が再度口を開く。


「……だが、今、立ち止まっている様子を見るに……もしかすると、本当に大事な物は見逃さない嗅覚でもあるのかもしれんな。」


 その時、後ろの方から複数人の足音が聞こえてきた。

 ボブと先輩は同時にそちらに目を向けると、やがて1集団が見えてくる。

 その集団の中心にいる一人にボブは見覚えがあった。


「む? ……クリス……か?」


 ボブの声に2人に気づいていたクリスは愛想笑いを浮かべつつ口を開いた。


「やぁボブ。変わりなさそうだね。」


 コクリと頷きを返すと、クリスは興味もなさそうにボブから一度視線を外しまばたきをした。

 だが次の瞬間のクリスの視線は、まるで見下すような目つきへと変わっていた。


「よくよく考えてみたんだが……僕の家には既に十分な力があったんだよ。僕はそれを証明して見せよう。貴族などに仕えずとも己の力と成果をもって、私は自分の力で自らが貴族となるんだ。」


 一言だけそう宣言し先へと進み始める。

 見送ると、道の先に居たトミーも無遠慮な集団の足音には気づいており、久しぶりに会っただろうクリスは立ち止まり、今さっきと同様の言葉をトミーに発した。そしてすぐにトミーを追い越してズカズカと先へと進んで行った。


「……アレはなんなんだ?」

「むう……あれも同期……だ。」

「……そうか。」


 クリスから滲み出ていた嫉妬の気持ちを感じ取ったボブだったが、同じく不快な目を向けられただろう先輩は、その事を深く追求する事もなく話を切り上げた。その先輩の気遣いがボブは有難かった。

 そしてトミーがボブ達に気づき、じっと見ているのに気が付く。


「まぁ、なんだ……あっちの同期に声でもかけてやったらどうだ。」


 ボブは一つ息を吐いてから先輩の声に従いトミーの方へと足を進める。


「むう……久しぶりだな……トミー。」

「……あぁ。」


 一言交わしただけで、漏れ出てくる鬼気迫るといった雰囲気を感じ取り思わず眉が動く。


「何か……あった……か?」

「……いや。」


 端的に答えたトミーの様子を伺うと、間違いなく何かあっただろう。

 だが、すぐに今現在、自分以外の何かに対して気を配っている事もわかった。

 それは一緒にいる先輩に対してではなく、それよりももっと遠くにいる何かに対して気を配っている。

 気になり耳を澄ましてみると、ボブの耳にも聞こえる声があった。


「……エリー……か?」


 トミーの眉がピクリとだけ動いたのだった。



--*--*--



「ミデル姉さん……これはどうするべきっスかねぇ?」

「う~ん……どうなんやろうな? 先に進むべきか、意味深に立ち止まってるアイツらが何をしてるのかを探った方が良いんか……」


 トミーとボブ、そしてボブの先輩の姿をこっそりと覗き見ている二つの影があった。カストロ家に仕えるジャックとミデルだ。

 2人の装備に汚れは一切なく、ここまでただの一戦もしていない事が伺い知れる。


「う~ん……よし。ここはジャックの友達が何しているかを見てこか。ジャックも気になるだろうしね。」

「オレッスか。」

「ちがった?」

「まぁそりゃ……ちょっとは気にはなりますけどね。」

「そやろ?」


 ミデルの本心が立ち止まっているトミー達にクリスをつけているのをバレないようにするのは難しいと判断しただけで、少しの保身からの決断であったことをジャックは知らない。

 名のある貴族に仕える人間が、貴族でもない一般人のおこぼれに預かるように行動している事が知られるのは褒められた物ではないのだ。


「後輩に優しい先輩で良かったなぁジャック。」

「それに加えてミデル姉さんは美人ですしね。ほんと有難い限りですよ。」

「お? 褒めるのは良い事や。なんせ口動かすのはタダやからな。タダでいい気分にさせられるメリットがあるんは、そりゃ褒めにゃあ損ってもんや。」

「いやいや、本心ですって。」


 薄笑いに苦笑いを返すジャック。

 そんな2人を余所に、トミーやボブ達がクリスのように先に進むではなく最短ルートから横に逸れるように動き始めた。


「おっ?」

「動きましたね。」


 動きを見て、こっそりと後をつける2人だった。


「ん?」


 そして幾つかの角を曲がった時、ミデルが中空を見上げ、そして鼻をヒクつかせる。


「アカン!」

「うぉっ!?」


 次の瞬間にミデルはジャックの肩を掴んで後ろに下がり、一言も喋らずに手ぬぐいを取り出して水筒から水かけ、それを鼻と口を覆うように巻き付けた。

 それを目の当たりにしたジャックもすぐに異常事態を察し、同じように動いて自分の手ぬぐいを湿らせて鼻と口を覆い隠す。


「な、なんすか!? 姉さん!」

「…………その様子なら大丈夫やな。はぁ……」

「いや、何がスか!?」


 安心したようにダンジョンの壁に背を預けたミデルにジャックが問い掛ける。

 ミデルは『落ち着け』と言わんばかりに手を軽く振りながら口を開く。


「この階の茸なんやけどな……よく『酔いどれ茸』って言われてるんやわ。食うたことある?」


 無言で首を横に振るジャック。


「まぁ、食ったら『そりゃ酔うくらいに酒飲んでしまうわな』とか思うくらいに美味い茸なんやけど、この茸はな戦う時には一つだけ注意しなイカン事があるんや。」

「……何に注意が必要なんスか?」


 今、その注意しなければならない何かに関係する事が起きているのだと推測し、ゴクリと息を飲んで問い掛けるジャック。


「毒や。」

「……毒?」


「そう。顔面に、この酔いどれ茸の体当たりを食らうとな……まるで酔うようになる毒をくらってしまうんや。」

「もしかして口に巻いたコレって、その毒を防ぐ効果があるんスか?」

「そうや。仲間ウチでな『酒代かからず酔っぱらえるなら』って茸で適度に酔う方法を探ったバカがおってな。そいつが発見した方法や。普通に顔面に体当たりを食らえば酔うてまうけど、こうして巻いておけば、ほろ酔いでいい気分になれるんや。」


 発見した方法を聞かされ、なんとはなしに眉間に皺が寄り口を噤むジャック。


「しかし、あそこまで香ってくるなんざ異常事態も異常事態やで……一体何がおきてるんや……」


 ミデルはさっきまでいた逃げ出した場所の先に目を向ける――




 もちろん、この毒の充満はエリーが一役買っている。

 メチヤが「よぅし捕まえたぞ! サァコイッ!」と捕まえた茸を「は、ハイッ!」とエリーがしばいた結果である。

 何故かメチヤが腰回りで固定するようなナチュラルセクシャルハラスメントの形で捕まえている茸にムチを振るい、膨張させて破裂させたのだ。


 だが、この階層の茸が吐きだしたのは菌糸ではなく酩酊効果のある胞子だった。

 それが大量に密室の気のあるダンジョンにまき散らされたのだ。


 そして、菌糸が出れば採取しようと待ち構えていたルークは思いきりそれを吸い込んだ。エリーももちろん吸い込んでしまった。メチヤもだ。当然メチヤには効かないのだが、2人には心底効いてしまい重度の酒酔い状態となったのだ。

 そして異常を察して動き出したトミーが、ボブが、先輩が、狭い空間に大量にまき散らされた胞子が舞うところへと飛び込んでしまった。


「なぁなぁ、その鞭で叩かれると気持ちいいん? 気持ちいいん?」


 胞子を吸い込み酔ったルークは鼻息荒く、自分の親指を甘噛みしながら言葉を発する。

 

 トミーは突如の酩酊に、ぐらんぐらんと頭と身体を揺れるが、その動きはピタリと止まる。


「うぉおいエリー! おっまえほんとえっろいからだしやがってよぉ! すけべしようやぁ!」


 そして思いきり叫んだ。最低な言葉を叫んだ。


「ぼ、ぼ、ぼ、ボクはお、お、お、おっぱいが揉みたいんだな。」


 いつもは泰然自若としていたボブが、まるで普段と正反対に猫背になりながらそうブツブツと延々呟きはじめる。


「あ~~やっばい、まじでやっばい、ムラムラしてくるわ~」


 初めてエリーを見たであろう先輩もムッチムチなエリーの身体を見て、その欲望と劣情を隠すことなく下半身のポジションを修正しながら思考と直結した口を延々動かしている。


 ただ一人、メチヤだけは現状を把握する為に冷静に眼光を光らせていた。


 突然加わってきた男達が全員エリーを見ている。そして獣のように盛っている。当主としてエリーを守らなくてはならないと考えているからこその鋭い眼光だった。

 その眼光でそれぞれの力量を計ると、みな酩酊状態ということもあり、防御に長けているメチヤは、どうとでもできるだろうという結論に達した。

 考えがまとまると同時に男たちを眠らせる為だろう、グっと拳を握るメチヤ。筋肉質な腕がパンプアップする。


 その瞬間地を打つムチの音が鳴り響く。


 浮かれ気味だった酔っぱらい達がその音により動きと口を停止した。


「うーーーるーーさーーーいーーっっ!! ぁんたら、そこに並びなさぁいっ! あらしがお仕置きしてあげるんらからぁ!」


 再度ムチの音が思いきり地を鳴らす。

 酔っぱらい達は、それぞれの欲望につられたのか、なぜか素直にエリーに従い並び始める。


 それを見ていたメチヤは思う。



 ここは乗っとこう。と。


 

 こうして狂乱の幕が上がったのだった。


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