20話
ソレア・ド・エスデスが、トミーの無意識マッチポンプによりその胸に何かを宿しつつあった夜。
場所が変わりエムネン家の探索者の為に建てられた館の食堂で、エリーはたらたらと冷や汗を流していた。
「わ、私は、お金を稼ぐ為に、た、探索者を目指しました! おばあちゃんに楽させてあげたくて!」
40人にもなろう明らかに実力者という雰囲気が滲み出ている探索者達と、指折りの名家である貴族一家の名を持った6人の前で自己紹介をさせられ緊張の針が限界を振り切っているのだ。すでに自身のテンパり具合で目を回し、普通の言葉使いすらも怪しくなっている。
なにせエリーはスキルに自信も無く田舎生まれ。そんなエリーの目から見える眼前に居る人達は実力者中の実力者。皆一様に天上の人のように感じられてしまっているのだから、そんな人たちを前にして緊張しないはずも無かった。
さて、その天上の人達はどうかといえば老若男女問わず皆一様にほっこりと、ゆるい微笑みを見せている。
毎年4半期ごとに増える新入りは、その時ダンジョン探索に出ておらず館にいた者達の前で顔通しをさせられるのだが、大抵の場合、真面目そうに見えるけれど目のぎらつきを隠しきれないような自分に自信がある人間がやってくるが多かった。もちろん、お抱えとなり過酷なダンジョンに潜りはじめるようになると、先輩たちの思いやりによって自分のできる事をあっという間に思い知る事になるのだが。
また先輩たちも新しく入る人間を見る度に『あの時の自分もそうだったなぁ』と、ある者は戒めにしたり、ある者は懐かしさを感じ、またある者は情熱を思い出したりもすることが多かった。
だけれど、今回の新人はまったく違った。
まず、なんとも自分に自信がない。普通であればこういう時は内心、選ばれた事により鼻が高くなり自信に磨きがかかって調子に乗っているはずなのだが全くそれが感じられない。口にする卑下の言葉が謙遜ではなく本気で言っているように聞こえるのだ。
一生懸命に「わ、わたし、ムチしかつかえなくて! すみません! 蛇もやっと倒せるくらいなんですすみません!」と、ぎゅっと目を閉じ、必死に手を動かしながら訴えるものだから、男性の探索者達は、少女と女性の境目に居るその可愛さし心を許し、女性の探索者達もまた、狙ってやっていない事が伺い知れる純粋さに庇護欲を駆り立てられた。
「と、と、とにかく一生懸命頑張りたいと思ってます! よ、宜しくお願いします。」
言葉を終えたエリーは満場一致で『妹にしたい』または『娘にしたい』と思われているような生暖かい微笑に包まれた。だけど本人は、そのテンパり具合のせいで、そんな視線に気づけないのだった。
――エムネン家はダンジョン探索において安全を大事にする事に並々ならぬ気を使っており、このダンジョン都市における貴族達のお抱えの探索者において圧倒的に死亡率が低い。故に、最も生き残りを多く抱えているし、抱えている探索者の人数も多い。
これはつまり、多くの経験をしている実力者を最も有していると言葉を変えることができる。
探索者が探索者として活動できる時間は多くはない。
いくら安全に探索を進めるスタンスであっても怪我をする事はある。傷は軽くても無理が生じ始める。さらに負った傷が深ければ四肢の動かし方にも無理が出始め腕は途端に落ちてしまう。
落ちた分は経験や工夫でカバーする事はできるが、腕の立つ探索者としては下り坂に入ってしまうと言っていい。
通常、死亡率が上がってしまうのは、この状態から無理を押すのが原因となる事がほとんどだ。
これまでなんとか探索に耐えれていたような所を、腕が落ちた状態で攻略に向かうのだから当然だ。
だがエムネン家の取り組みの素晴らしいところは、怪我を負い第一線を退く事になった経験を積んだ古参の者と新入りでパーティを組ませることにしたところ。
この目的は新入りの探索者の早期の成熟を促すということにあるのだが、古参にも新たな教育係という役割を与えることになる。その教育係という役割をこなしながら、改めて浅い階層から見直し、自身の力を見つめ直しできることを探ることができるのだ。
互いに苦楽を共にしながら指導をする事になるこの取組は、ある種の師弟関係のようなものに近い。
弟子は皆、師匠から惜しみない情報を与えられる。師匠は自分が向かうことができなくなった場所への憧れを弟子に託すからだ。全てを受け取った弟子は師匠を超えたその時、巣立った弟子達同士でパーティを組み、最精鋭のパーティとなる。
最精鋭のパーティは歴代の最精鋭先達から学んだ知識を基に最深部へのアタックを行い、更なる深淵へと立ち向かってゆくのだ――
エムネン家のパーティは基本的にはこのようにダンジョンに取り組んでいる。
故に今、先輩探索者達は『一体誰が面倒を見るんだろう?』という事が気になって仕方がないのだった。
「うむ。エリー。なかなか良い自己紹介だったな。さぁ、座りなさい。」
「はひっ!」
メチヤの言葉に瞬間的に返答し、右手と右足が同時に前に出る程にギクシャクと動くエリー。
その姿を見て先輩達はつい失笑する。もちろんほっこりしすぎて漏れた笑いなのだが、エリーは座って一息ついてから『あれ? 何かおかしい事したのだろうか?』と、一層グルグルと頭の中が回りはじめてしまうのだった。
「さて、エリーのパーティについてだが……」
皆の視線がメチヤに向く。
皆、真剣な目だ。
可愛い新米は、ぜひ自分の手で育てたいのだ。
全員の視線を浴びながらメチヤはちろりと片目で見回し、そして「ふむ」と一言漏らして髭をなでる。
「私とルークで面倒を見るかの。はっはっは。」
「「「「 え~!? 」」」」
一斉に声が上がった。
中にはガックリと崩れた若い男もいたし、メチヤに対して「横暴だ」と声を上げる者まであった。
普通の貴族ならば処罰ものだが、こういった場での風通しの良さをエムネン家は許していたから気にする素振りも無く、むしろ笑って見せた。
「はっはっは。まぁ、いいじゃあないか。私もルークも立場上は深く潜る事はできんからな。エリーが慣れるにはもってこいだろう?」
前述のとおり、古参となればなるほど実力は高い。だからその最たるメチヤの実力は皆が理解していた。最古参にして最強の盾、それが皆のメチヤの認識だ。
そしてルークは剣役としては十二分過ぎる実力を持っている。
誰が異を唱える事が出来るだろうか。
「いやでもぉ!」
「私の方が!」
「教育には自信が!」
いっぱいいた。
誰だって可愛い妹や娘は欲しいのだ。
無骨な愛想のない弟子よりも、愛嬌のあって可愛く一生懸命な弟子の方が愛着が沸く事を皆知っているのだ。人情なのだ。仕方ないのだ。だって人間だもの。
その渦の中心に押しやられたエリーは、もうすでに現状に理解が追いつかず思考を放棄して落ち着いていた。
内心で『メチヤ様とかぁ……』とゲッソリしているから、それが落ち着いた風に見えたワケではない。きっと。
「まぁまぁ待て皆よ。そもそもにしてエリーの能力だがな。ちと特殊でな。ルーク。アレを。」
「はい。こちらに。」
ルークから2つの糊のついた紙で封のされた薬瓶を受けとって掲げるメチヤ。
「コレは本日採取した2階層までに出る茸の菌糸と、4階層の蛇の毒液だ。」
一瞬水を打ったように静まりかえり、そして皆、探索者の顔に戻って瓶に注目している。
突然静かになった事で、エリーだけがまた状況の変化についていけず慌てて首を左右に振って皆の顔色を窺った。
「茸の菌糸は見たことないな。」
「菌糸となると……繁殖させる事を見越してるのか?」
「1~2階は食用で使われてるしな。」
「12階の茸の方が美味いのにな。まぁ誰も持って帰らんけど。」
「蛇の毒液の採取となると、あの量じゃ100匹くらいは狩らないとダメか。」
「ふむぅ……能力だって言ってたが、どう採取したんだろう?」
「10匹から採取したにしても、100匹狩る手間を大幅に短縮できるね。」
「はふぅ……毒はよく使うから買わなくてよくなれば有難いなぁ。」
「はぇ~。すっごい。」
「どうでもいいから娘にしたい。」
「娘さんを妹にくださいお義父さん。」
「やらん!」
様々な会話がそこかしこから聞こえはじめ、またエリーは首を振り顔色を伺う。
ただ、娘だの妹だの言っている筋骨隆々の人達の方だけは見れなかった。
「見ての通りエリーの真価はモンスターからの採取にある。これで私達が付く理由も、なんとなく分かってもらえただろう。」
「強力な盾と強力な剣で守る事はもちろんとして、それだけではなく他に目をつける者に対しても強力な防壁にもなる必要があるという事だ。」
メチヤの言葉の後、補足するようにルークが皆に向けて口を開き、それを聞いた探索者達は納得したように皆頷いた。ただ、エリーだけは『やっぱりメチヤ様とになるのかぁ……』と再度ゲッソリした。
皆が納得し静かになった食堂。
メチヤがゆっくりと立ち上がり、そしてジョッキを掲げた。
「よぅし、それじゃあ皆、今日は歓迎会! 私も探索者の一人として数えていいぞ! 無礼講だー!」
「「「「 かんぱーい! 」」」」
一気に皆の手元のジョッキが空に浮かんだ。
「か、かかか、乾杯!」
皆に遅れながら慌ててジョッキを持ち上げるエリー。
「エリーちゃん! 乾杯!」
「エリーちゃん! これ美味しいよ!」
「エリーちゃん! お兄ちゃんはいるかな?」
「あわわわわ!」
すぐさま四方八方から名前を呼ばれ、ぐるぐると目を回すエリー。
「よーし! 明日はパパ、6層に行っちゃうぞーー!」
上機嫌なメチヤの声はエリーに届かなかった。