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「? ムチ? ……ん~? まぁ、いいか。とりあえず1番。あの赤色の札のかかっている所に向かってくれるかな。」
「あ、はい。」
渡された紙を見せると、少し首を傾げながらも案内をしてくれたので指示に従い赤色の札のかかった部屋に入る。すると、すぐにこっちを見ている怖い顔をしたおじさんが目に入った。
「す、すみません。」
つい軽く頭を下げる。
「はい。いらっしゃい。とりあえず紙を見せてもらえるかな?」
「あ、は、はい。」
顔の作りと違って思いの外、優しい声のおじさんに『ムチ』と書かれた紙を手渡す。するとただでさえ怖い顔のおじさんは眉間に皺を寄せて、もっと怖い顔になった。
「ん~? ムチ? ……ムチなぁ……ムチか。」
「あの……」
「あぁ悪いお嬢ちゃん。お嬢ちゃんのスキルは『ムチ』らしいな……知ってるか? ムチってのが、どんなものか。」
「あ、はい。牛を追ったりするのに使っているのを見たことがあります。」
「うん。その鞭だな。一応武器だ……武器だから……武器だよな……まぁいいか。」
1人、首を何度も捻りながらも何かに納得したように頷く怖い人。
「よし。それじゃあお嬢ちゃん。今から大事な話をするから、きちんと覚えるように。」
「え、あ、はいっ!」
怖い人は、ひとつ咳払いをしてからゆっくりと話し始めた。
「まずお嬢ちゃんは武器のスキルがある。武器のスキルがあるという事は戦える人間であるということだ。おめでとう。」
「あ、有難うございます。」
裁縫のスキルが欲しかったのに、手に入ったのは武器のスキル。何がめでたいかは分からないけれど、とりあえずお礼を言う。
「さて、戦えるスキルのある人間はダンジョンに挑む権利を得ることになる。」
「えっ!? あの、お金持ちになれるっていうダンジョンですか! あのダンジョンですか!?」
「うんうん。そうだな。成功すればお金持ちになれるだろうな。だが……失敗すれば死ぬ。」
はっきりと告げられ、その迫力のある顔に息を飲む。
「そこで、わが国では死亡率を減らす取組の為にダンジョンに入るにはライセンス。まぁ免許が必要なことになっているのだ。」
「免許? ですか?」
「わかりやすく言えば許可証だな。まずは学校に入りダンジョンで死なない為の最低限の知識を学ぶ。
そしてそこを卒業すると『ダンジョンに入ることを許可する』という免許証が与えられる。その免許証を持っていると、ようやくダンジョンに入って活動する事ができるというわけだ。」
「学校……」
「そう学校だ。さて、ここからが重要な話なのだが、学校は無料ではない。お金がいる。だいたい3ヶ月程度の講習期間だが、その間の食事や寝る場所も必要だからな。だからそれなりの額だ。
というわけで、お嬢ちゃんはお家に帰ってから、お父さんやお母さんなんかに今の話をして免許を取るかどうか相談すると良い。もしダンジョンに入る為に学びたい場合は、18歳までならばこのスキル判定用紙をもってくれば学校に入る事ができる。」
受け取った紙の裏にドンと勢いよく大きな判子を押す怖い人。
「はい。今話した内容の大まかな内容を判子で押してあるから、もし話の内容を忘れた時は誰かに読んでもらいなさい。」
「あ、はい。有難うございます。」
「さ、もう行っていいよ。そこの道を進んでいくと外に出られる。スキル獲得。おめでとう。」
返された紙を受けとり指示された方へ進んでゆくと程なく外に出ていた。
そこにはトミーと沢山の荷物を持ったスコットさんがいた。スコットさんの周りには、知り合いなのか兵隊さんを含んだ男の人が5人ほど一緒に私を待っているようだ。
だけれどハンスの姿が無い。
「あれ? ハンスは?」
トミーが私の言葉に、ただでさえむくれっ面だった表情を更に不機嫌そうにぷくっと膨らませる。
荷物を持ったスコットさんは、そんなトミーを見ることなく上機嫌に口を開いた。
「いやぁハンスのヤツ勇者だっていうじゃないか。スゴイよな。なんだか色々と特別な話があるらしくてな別行動になったよ。」
「……え?」
ハンスがいない。
その事で途端に心細くなる。
「なんでハンスが勇者なんだよ……俺の方が絶対いいのにさ。」
「はっはっは! やさぐれるなよトミー。勇者なんてそもそもなりたくてなれるもんじゃあない。それにお前だって格闘術なんていいスキルがあるじゃあないか。」
「俺……ぜってぇハンスになんか負けねぇからなっ!」
「おうおう頑張れよ。」
トミーの頭をガシガシと撫でるスコットさん。
その手を煩そうに両手で払うトミー。
「スコットさん、別行動って……これから……ハンスはどうなるの?」
「なぁに心配ないさエリー。ハンスはこれから一度王都に行かなきゃいけないらしい。もうお供の人やメイドさんまでついてるんだってさ。すごいよなぁ。」
「……もうハンスには会えないの?」
スコットさんが膝を折って私に目線を合わせてくる。
「会えないって事はないだろうよ。ただ勇者だからなぁ。専門の勉強もしなきゃあいけないらしいし忙しいだろう。だから、いつ会えるかはわからん。なぁに……人生ってのは出会いと別れの繰り返しだ。特に別れってのは、いつだって突然やってくるもんだ。」
立ち上がり、兵隊さん達に両手を向けるスコットさん。
「それにエリー。ハンスとはしばらくのお別れになった代わりに、ハンスが勇者になった事を村に説明しに行くって事で、帰りは、この騎士さん達も同行してくれるんだぞぉ! 新しい出会いってやつだ! それにな! なんと帰りの食事や飲み物なんかもこの人達が持ってくれるそうだ! いやぁ、凄いよなぁ! 食べ放題だぞ! 俺が買い漁った荷物も運んでくれるって言うし、もっとたくさん買って帰れる! 村が賑やかになるぞぉ! ラッキーだよな!」
「はっはっは! スコットよ。勇者を生み出した村を目にできる我々の方が幸運だとも。」
兵隊さん達の中でカッコイイ胸当てをした人が豪快に笑いながら口を開いた。
「そうともそうとも。なんといっても勇者を生み出した村。どんな環境で育てば勇者が生まれるのかを一目見て学ぼうと、これから人が押し寄せる事になる。人が集まればどんどん変化してゆくからな……これから忙しくなるぞ。我々は変化する前の村をしっかりと確認記録しなければならないのだ。」
「フフフ……発展するのが分かっている村に赴任……のし上がるには丁度良い場所ですね……フフフ。」
兵隊や男の人達が口々に言葉を放つ中、私にはその人達の言葉があまり頭に入ってこなかった。
ただ、お別れの挨拶もできずに、ぱったりと会えなくなった事が、とても。とても悲しかった。
「ハンス……」
私とハンスは分かれた道を歩みはじめる事になった。
だけれど勇者としてハンスが活躍するのであれば、きっとダンジョンに行けば、いつか、また巡り会う日が来るかもしれない。
いつかきっと……また――
--*--*--
「それじゃあ行ってきます!」
「あぁ気をつけて行ってくるんだよ。エリー。」
「はーい。お婆ちゃんも、忙しいからって、あまり無理しちゃ駄目だよ?」
「わかってるよ。私よりもアンタは自分の心配をしなさい。」
「えへへ。じゃあ行ってくるね。」
スキルを授かった日から、5年の月日が流れた。
思い返せば、あっという間。
私はまた5年前のように家を出て駆け出す。
ハンスが勇者となって別れた後、長閑だった村は大きく変化した。
ハンスの両親は勇者の父母として有名になり、その威光にあやかり自分の子供が勇者になるようにと若い夫婦なんかが移り住み指導を仰ぐようになった。
人が増えたことにより、その人を目当てにした商売人なんかも集まりはじめ、人口が増え続けた村は驚くような速度で発展し始めた。
村が栄えれば通常であれば税負担も増える事になるのだろうけれど、勇者を生んだ村の功績として特別免税措置が取られた事もあり、軽い税と人口増加で一気に村は豊かになってゆく。そして人口増加に軽い税を目当てに更に人が集まる。
元々の村の大人達は勇者を自国から離れさせないようにする為の計略の一環だろうと難しい事を言っていたけれど、確かに優しいハンスであれば、故郷が豊かになるように取り計らってくれるのなら喜んで協力すると思う。ハンスはそういう子だ。
私は村に帰ってから、すぐ『鞭』というスキルに目覚めたことをお婆ちゃんに相談をした。自分がどうしたいかとか、そういうことは、まったく頭の中でまとまっていない状態だったけれど、お婆ちゃんが静かに聞いて、まとめてくれたおかげで、私は自分がダンジョンに行ってみたいのだと理解する事が出来た。ありがとう。お婆ちゃん。
だけれど、それで学校に行く為のお金がないとお婆ちゃんを悩ませる事になった。ごめんなさい。
でも村の好景気とおばあちゃんの裁縫スキルの相性が良かったこともあり、村の発展と同じようにお金がたまり始めて、学校のお金はお婆ちゃんが出してくれる事になった。大好きだよ。お婆ちゃん。
ただ学校に出す条件として、私が15才になるまでに自分を守る事が出来るような知識を身につける事だけは、おばあちゃんと強く約束させられた。運よく、ハンスと入れ替わるように村にやってきて、そのまま常駐した文官さんが、時間を持て余していたので勉強を教えてもらえた。
文官さんは優しくて、読み書きや都会での常識。それに実際に都会に住んでいたからこそ分かる気をつける点なんかを教えてもらう事が出来た。
でも、
「エリー。君はねぇ……もうちょっと気をつけなさい。」
「あ、はい。 ? えっと、でも、何をですか?」
「分からないと?」
「はい……わかりません。ごめんなさい。」
「いいんだ。はぁ……」
と、溜め息をつかれる事が多い。
でも教えてもらった事は覚えているし、きちんと学べたはずだから、きっと大丈夫! ……なはず……
ううん! 私は都会で学校を出て! それでダンジョンでお金を稼いで、育ててくれたお婆ちゃんに楽させてあげるんだ!
それと……もう遠い存在になってしまったけれど、いつかハンスとも会えたらいいな。
--*--*--
俺はトミー。今年15になった。もう一人前の男だ。
『格闘術』のスキルを手にしてから雨の日も風の日もムカツク騎士の野郎にちょっかいを出しては特訓に特訓を重ねた。だから格闘の腕なら、そんじょそこらのヤツくらいじゃあ相手にもならないくらいに腕が立つと自負している。
なんせ、あのムカツク騎士の野郎。俺のちょっかいに対して半年前くらいから剣を抜くようになったからな。アイツはマジで頭おかしい。
まぁ、そんな騎士相手に訓練してるくらいだ。俺の幼馴染のハンスは勇者と言われているが俺だって負けてはいない。あいつが勇者なら……そう。俺は英雄だ。英雄になれるはずだ。
今日。とうとう俺はあのダンジョンの都市、リスヒトに向かう。未来の英雄の第一歩が、今、始まるんだ。
ダンジョンは免許がいるらしく、入れるようになるには学校に行く必要があり金が要るが、それは親父が都合をつけてくれた。「期待しねぇから気楽にやんな」とは言っていたが、期待してないやつに金を出すことはないだろう。その期待にはちゃんと応えて見せる。なんせ英雄だからな。受けた恩は何十倍にもして返してやる。
後、一応あのムカツク騎士にもリスヒトに向かう事を告げたら、あの騎士。なぜか「バカに餞別だ」と手甲をくれた。手甲というよりもガントレットなのだろうか? 使ったこともない装備で、よくわからないが、それでも不思議としっくりくる作りになっていて、いつものように「お見通しだ」と言われた気がして少し腹が立つ。
まぁ、天気もいいし、嫌な事は忘れよう。
旅立つには良い日だ。
「スコットさーん!」
「おうエリー。早いな。」
別に、もう一人の幼馴染がリスヒトに向かうから日を合わせたとか、そういう事ない。違う。別に合わせていない。
「お客さんが結構乗ってるけどエリーちゃんなら全然乗れるから大丈夫だよ。」
「有難うございます!」
声の感じからして、ちゃんと乗ってくるみたいだな。うん。
別に。うん。待ってたとかじゃあない。
ムカツク騎士に文官からいつくらいに発つ予定なのかとか聞いてもらってない。うん。偶然だ。まったく偶然だ。
それにしても、スコットのかつての荷馬車も、もう幌のついた乗合馬車になっている。馬も2頭だ。
最近じゃあ荷物を運ぶだけじゃあなく勇者育成スポット巡りなんて観光もやってるらしい。
そんな事を考えていると幌の向こうの景色に影が差した。
光の加減が逆光になっているが、あの雰囲気は俺の幼馴染のエリーだろう。
偶然だ。とりあえず寝たフリでもしておこう。なにせ偶然だからな。
「あ、すみません。お邪魔します。」
うん。この「すみません」の声は間違いなくエリーだ。
若干乗っていた男達がざわついたので閉じた目を開いてエリーを見る。
「んふっ!」
開いた瞬間に鼻から盛大に息が漏れた。
なんつー格好しとるんだコイツは!
「あ、トミー! 久しぶり!」
「おう。なんだエリーか……偶然だな。隣座れよ。」
「ありがとー。」
近づいてくるエリーを横目に見る。
スカートは膝下まである長めのスカートで、ふわっとした感じだ。でも腹、腰の当たりがピッチリと肌に密着するように締められているような服。そのメリハリのせいで、ただでさえデカイ胸が一層強調されてるように見える。
そういえばコイツの婆ちゃんは裁縫スキルの持ち主だ。
確か、良いところはより魅力的に見せる服を作るのがモットーの婆ちゃんだったと思うが……いや、この恰好はイカンだろう。婆ちゃんよ。イカンだろう。あまりにもアレだ。
「よいしょっと……」
前かがみになって座るエリー。
「んフっ!」
またモ気づく所があリ鼻から強く息が漏れる。
強調されている箇所が、より強調、さらに強調されていたのだ。
「ん? どうしたのトミー?」
「……おい……お前、前。……ボタン外れてんぞ。」
「え? あ、ひゃああ! は、走ってきたから! あわわわ!」
慌てて胸のボタンを留めはじめるエリー。
だが、なぜこっちを向いて留める!
いや、逆にも客がいるから、当然か。いや、まて。おい。なぜ外す。おい。いや、おいまてよ。
慌てて目を逸らすと、鼻の下を伸ばして覗き込もうとしている客たちが目に入った。
その姿に溜息一つだけつき、即座に睨みを利かせる。するとすぐに目を逸らした。
「それじゃあ移動するよ~。」
「えっ!? あ、はい! ひゃあ!」
バランスを崩したエリーがそのまま俺にぶつかってくる。
「あっわわわ、ご、ごめんねトミー、急に動いたから。」
なんでこう無駄にコイツは、ふにょんとした感触をしていやがる。
そしてなぜくっついたまま上目使いで見てくるんだ。コイツは。あててのか? あててんのな。
「……気にするな。」
俺はそっと両目を右手で覆ってため息を一つつく。
これからのリスヒトまでの道中、鼻の下を伸ばした下心満載の連中と、無防備なエリーのせいで気が休まることはなさそうだ。
面倒そうな先を思いやると、ため息はどこまでも深く続いた。