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18話


「お前ら! エリーに何をしたぁっ!」

「エリー? 知り合いか?」


 ルークさんが、がしりと組み敷いて押さえつけている。だけれどもそれを解こうと暴れるトミー。

 間違いなくトミーだけれど初めて見るくらい怒っている表情。

 その表情と迫力に飲み込まれてしまい声がどんどん内側へと引っ込んでいく。


「こらこら、それ以上暴れると腕が折れるぞ?」

「ぐぅぅっ! かまうかぁっ!」


 冷静なルークさんの声と、その言葉の内容に内側に引っ込みかけていた声が慌てて戻ってきた。


「と、トミー! 何をしてるの!? す、すみませんルークさん! 私の幼馴染です!」

「ふむ……となると折るわけにもいかんか。」


 ルークさんがパっと拘束を解いた。解けると同時に跳ね飛ぶように距離を取るトミー。トミーの表情は変わらず怒っていて怖い。

 そんなトミーを前にしてルークさんは顔色ひとつ変えず、拘束した際に服に付いた砂埃を軽く払っている。


「はてさて……エリーの幼馴染のトミーか。そういえば成績優秀者の名前にあったように思うな……」

「ふむ。となるとどこか他の者と契約している可能性があるか。」


 ルークさんの声を聞き、今度はメチヤ様が口を開いた。


「エリーは俺が連れていくっ! 俺はエスデス家と契約したからエリーは俺が面倒を見る!」

「ほう。」

「ふむ。」


 トミーの言葉にルークさんが目を細め、メチヤ様は軽く髭を撫でた。

 私はトミーが何を言っているのか分からず、ただ眉間に皺を寄せる事しかできない。


 面倒を見る? トミーは何を言っているの? 立派な部屋まで用意してもらえているのに本当に何を言っているの?


「君の主張は理解した……一つ確認だが、君は今何をしたのか、きちんと分かっているのかな?」


 ルークさんの言葉が、これまでに無い重みが混じったような圧力のある言葉の発し方に変わっていた。

 トミーもその変化を感じ取ったのか構え直し、足元がざりっと音を鳴らす。


「エスデス家といえば、エムネン家と対立している家。そしてここにおられるのはエムネン家の当代……それをエスデス家の探索者が襲撃した……この意味が分かるのか? なぁ坊主。」


 さっきの言葉よりもさらに言葉に重みが増しているような感じがして、また私の出かかっていた声が奥に引っ込んだ。

 あの優しかったルークさんが怖い。とても怖い。

 ほんとにトミーはルークさんを怒らせるとか何をしてるの!?


「まぁ待ちなさいルーク。」


 メチヤ様の声でルークさんから発せられていた圧力のような物が弱まる。

 トミーは相変わらず構えたままだけれど、私はそれだけでも小さく安堵の息が漏れた。


「トミーとやら。私からも問おう。君はエリーがエムネン家と契約した事を理解しているのか?」


 穏やかな声で質問するメチヤ様。

 トミーは目をルークさんとメチヤ様を交互に移動させ、そして私を見た後にメチヤ様をしっかりと捕えて口を開く。


「人からそう聞いていた……そして今、それが本当なんだと確信した。」

「そうか。であればエリーの面倒を見ると言っていたが、それが不要であることは理解できるな?」

「……」


 トミーは少しだけ口の端を動かして黙った。あれは何か言いたい事を我慢している時のクセだ。

 その様子を見てメチヤ様が小さく息を吐き、少しだけ微笑んだ。


「村の出身で、今期の卒業生。まだ仕組みが分からん事も多いだろうけれどもね、トミー。君が今した事はルークが言うように家同士の争いとなりかねん事。

 厳しい事を言うとすればルークが君の首をね、エスデス家に乗り込んで追及することになってもおかしくない。」


 メチヤ様の言葉をそのまま想像してしまい、まるで背筋に氷が当てられたような寒気が走った。次の瞬間に私はトミーの前に立ちルークさんに向き直っていた。


「ごめんなさいっ! 幼馴染が本当にごめんなさいっ!」


 ルークさんとメチヤ様に何度も頭を下げる。


「トミーはそこまで考えてなかったんです! ごめんなさい! でも優しい所もあって! ごめんなさい! きっと何か勘違いしたんです! ごめんなさいっ!」


 ルークさんやメチヤ様が少し困ったような顔をしているけれど、構わずに頭を下げ続ける!


「おいエリ――」

「謝ってっ! トミーも!」


 トミーが声をかけてきたので、すぐに向き尚って告げる。


 自分の首がかかってるかもしれないのに、なんでトミーは何もしないの!? ルークさんもメチヤ様も優しい人だし、きっと許してくれるのに! 許してもらうには謝るしかないのに! なんで呆けたような顔をしているの!?


「早く謝ってっ!」

「おいエリーっ!」

「なによっ!?」


 業を煮やした私の言葉と気持ち。

 トミーはそんな私のことを気にしないように、私の肩を両手で強く掴んだ。


「エリー……お前……酷い目に……変な事をされてないか?」

「……酷い目?」


 突然何を言うのかと思うと同時に、頭の中に私がメチヤ様にムチ打ったり命令したりした事がフラッシュバックする。


 『どちらかといえば私が酷い目に合わせてる』


 そんな思いから後悔というか、どうしたらよいか分からないような気持ちがあふれ出す。真剣に心配しているだろうことが伝わってくるトミーの目を見続ける事が出来なかった。


「酷い目になんて……あってないよ。」

「――っ!?」


 肩を掴まれている力が一瞬弱まり、どこか後ろめたい気持ちからトミーの様子を探ると、まるで絶望したような、悔しそうな、なんとも言えないような表情になっていた。


 私はそんなトミーの表情にどう声をかけていいのか分からない。

 こんな場所でメチヤ様をムチ打ったとか言う事はできない。だけれど、トミーに何か声をかけた方が良い事だけは分かる。


「あ、あのね! メチヤ様は私にもできる事を見つけてくれたの!」

「――っ!?」

「私にしか出来ない事みたいで! 私でも役に立てるんだよっ!」

「――っ!?」


 私が何かを言う度に顔を小さく横に振り悲しそうな顔になるトミー。

 まるで私の言う事を聞いているような聞いていないような、全然分かってもらえていないような気がする。


「まだきちんと自分がどこまでできるか分からないけど……それでも私頑張ってみようと思ってるから! それよりもトミー! 早く謝って!」


 今度は私がトミーの肩を掴む。

 ルークさんならトミーの首を刎ねるなんてことはしないと思うけれど、もしかするともあり得る。本当に刎ねられるなんてことになったら、もうどうしたらいいかわからない!


「エリー。安心しなさい。さっきのは例えばの話だ。今回のトミーは、幼馴染であるエリーを心配して来ただけ。そして私達が誰か知らなかったし何かを誤解して行き違いでこうなったというだけにすぎんよ。なぁルーク。」

「えぇ。私は転びそうになった少年に巻き込まれて一緒に転んでしまっただけです。いやはや、まさか少年とぶつかっただけで転んでしまうとは情けない。」


 やっぱりメチヤ様もルークさんも最初から許してくれる気だったんだ。


「メチヤ様……ルークさん……有難うございま――」


 二人に向きなおって頭を下げようとした、その時


「ダメだエリー!」


 トミーに止められた。


 メチヤ様やルークさんは立場を理解させてくれて寛大な心で無かった事にしてくれているのに、トミーは謝罪もせず、お礼すら言わない。

 私がお世話になるエムネン家の人がここまでよくしてくれているのに、トミーは一体何をしているの――


 そこまでの考えが頭に思い浮かんだ瞬間、私の手が動いていた。


「俺とアっ――!?」

「あ。」


 気が付けば、ムチでトミーを打っていた。


 トミーの驚いたような顔。


 私も同じような顔をしているに違いない。

 初めてトミーを打ってしまった。


 だ、だけど、私はきっと間違ってない。そそ、そう、トミーは今はあやまらにゃきゃいけにゃいはず


「と、と、トミーは! あ、謝って! ちゃんと!」


 どうしていいか分からず両手をぶんぶん振りながらトミーを促す。

 すると呆然としたようなトミーは目を泳がせながらもメチヤ様達の方に、ゆっくりと向きなおる。でもただ向いただけ。ボーっとしてうr。


「あ、あ、謝ってっ!」

「……すみません……でした。」


 小さく頭を下げ、そして頭を上げてから、ゆっくりと私に向き直るトミー。

 私は、もうどうしていいか分からず、ただトミーの顔を見れなかった。


「いやなにかまわんよ。次は転ばないようにな。さぁ、エリー行こうか。」

「は、はいっ! じゃ、じゃあねトミー! ……あと…………ごめんね。」


 私が謝った時、トミーが何かを言おうとしたのを感じたけれど、怖くてメチヤ様の所へと走り出してしまった。なんだか胸がドキドキしていて、何が起きているのか、どこに向かっているのかも分からないまま、いつの間にかゲートをくぐって街に出ていた。

 そこまで来て、ふと振り返るとトミーが追ってきている様子はない。


 なんとなくく一息つき、胸をなで下ろす。


 そして、向き直るとメチヤ様とルークさんが半笑の表情で私を見ている事に気が付いた。


「あ、あの……すみませんでした。」

「いや、それは別にかまわんよ……なぁルークよ。」

「えぇ、メチヤ様。いやぁ私にもああいう頃がありましたなぁ。ふっふっふっ。」


 そう言いつつもニヤニヤとしている二人。

 お二方に感謝はしているけれど、それとは別に少しだけイラっとしたのだった。



--*--*--



「この駄犬っ!」


 扇子が俺の頬に打ちつけられる。


「アンタのせいで!」


 逆の頬に扇子が返ってくる。


「私は終わりよ!」


 また扇子が逆の頬を打つ。


 俺がソレアに扇子で打たれている理由は、さっきからソレアが何度も言っていたからよく理解している。俺がエムネン家に殴り掛かった事が原因で、ソレアがエスデス家を継ぐ可能性が限りなく小さくなったのだ。


 まだまだソレアの怒りは治まりそうにない。


 だけれど、俺には、エリーから打たれた痛みの方が深く残っているのだった。

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