17話
ダンジョンに入る前には必ず通らなくてはならない場所がある。
まずダンジョンへの入場が許されているかライセンスを確認するゲートだが、このゲートは二種類あり、ひとつは学校を卒業した一般の免許保持者が通るゲート。
このゲートは混む時間帯に合わせて最大5人の確認官が配置され5列でスムーズに確認作業ができるようになっている。
今は2人の確認官しか配置されていないが、一般の免許保持者は入退場の際に必ずここを通ることになる。学生の時に何度も利用したゲートだ。
もう一つは特別に許可された者が通る事ができるゲートだ。
貴族のお抱え探索者や国から許可が貰えた者などの通るゲート。
2つのゲートの一番大きな差はダンジョンで得た物の持ち出しチェックにある。
一般の免許保持者の場合ダンジョンで得られた者は全て国が買い取り、街に持ちだすことは許されない。違反すれば免許はく奪となるかもしれない為、きちんと金に換える事ができる換金所がゲート内にある以上、違反を犯す探索者はいない。
だけれども貴族のお抱え探索者は得た物が貴族への献上品となる為、持ちだす事ができる。
その為、貴族お抱えの探索者には貴族のお抱えであるという事が分かるように、紋様の入った装備などが与えられることになる。
もちろん貴族がどんな冒険者を抱えているかはリスト化されて新参者が増える毎に書類の提出等もあるらしいが、それは貴族側でやることなので探索者には関係ないことだ。
というわけで、ダンジョンの入り口の前にあるゲートは、必ずしもダンジョンに入る全員が同じところを通るわけではない為、ゲートの前で待っていても必ず確認ができるわけではない。
だからこそ俺は学生の時に使い慣れたゲートを通って中に入り、ダンジョンの入り口を確認出来るところを見張る事にした。
ゲートを通るとそこは円形の壁に覆われている。
ダンジョンへの入り口はゲートから一番遠くの壁の一部にぽっかりと口を開けるようになっていて円形の壁の上には定間隔に配置されたバリスタがダンジョンの入口に向いている。
もちろん今は矢や弦はバリスタから外れているが、万が一ダンジョンから強力なモンスターが出てきた際に備えている事が分かる。
ダンジョンの入り口横には鉄格子の扉や、厚い鉄の扉も置かれているから、緊急時にはそれで入り口を塞ぐ事もできるようになっている。
学校で、過去も過去、遠い昔にダンジョンからモンスターが溢れ街が滅んだことがあったと聞かされたから、ダンジョンは各階層安定しているとは言え、備えあれば憂いなし。憂いが無いという事は安定と安心に繋がるから、あの扉がある事は重要な事なんだろう。
円形の壁の中を見回すと、壁を中に増築するように作られた買取り所で慌ただしく査定などに動き回る人達や、買い取りを依頼する探索者。買取所から荷を受け取って街に向けて運搬に動き出す荷馬車などが目に入る。
買い取り所と逆の壁に目を向ければ、軽食や保存食、備蓄品を販売する屋台が並んでいる。
軽食の屋台は買取り待ちの探索者が列を作る程長くなった時には時間を潰すにはもってこいだ。
「いない……な。」
ざっと見回してエリーの姿を確認する。
エリーがいるかどうかは本人以外にも男共の視線の先を追う方法がある。
アイツは胸になんか入れてるんじゃないかと思うくらいにでかいから注目が集まるんだ。
壁には腰を掛けるのに丁度良い段差があり、屋台の近くの壁に腰かけてダンジョンの入り口を見る。
ちょうど出入りも、新たにゲートを通った者のどちらも確認しやすい場所。ここでエリーを待とうと当たりをつけ、再度ダンジョンに目を向けたその時、ダンジョンからエリーが出てきた。
――その姿を見つけた俺は、まるで世界がゆっくり動いたような感覚に襲われていた。
ゆっくりと動く時の中で、一歩、また一歩とゆっくりと足を踏み出すエリー。その顔には覇気がなく、悲しそうな……今にも泣きだしそうな顔をしていたなのが分かった。
俺の中でエリーを見つけた喜びよりも先に『何があった』という感情が強く湧き上がり、すぐに原因を探る気持ちから、これまで目に入って無かったエリーの前と後ろを歩く男達を見る。
前を歩くのは軽装だが30代半ば頃の腕が立つだろう事が見て取れる探索者、後ろを歩くのは年寄りで荷物持ちのような恰好をしているが重心のしっかりとした歩き方から、まだ現役の探索者だろうことが分かる。
その二人の顔が満足そうに笑っていた。
いや……俺には嗤っているように見えた。
エリーが悲しそうな顔をし、男達が嗤っている。
ゆっくりと動く時の中で、瞬間的に胸の中が、ぎゅうと握りつぶされるような感覚になり、それと同時に心が冷たく沈んでいくような錯覚に陥る。
だが次の瞬間には、その冷たさが一瞬で沸騰するように沸き立っていた。
エリーの足取りが少しずつ早く動きだし、時間の動きが元にもどってゆく。
気が付けば俺はその男達に向けて駆け出していた。
--*--*--
はぁあああああああ……
今、私はこれまでの人生至上最高に落ち込んでいるかもしれない。
スキルが『ムチ』と言われた時にも少し落ち込んだけれど、あの時はそもそも自分でもよくわかってなかったし、まだ子供だった。
私はもう15才。分別もつく年だし、自分で考える事もできる。
……そう思ってたのに。
「はぁあああああああ……」
「エリー? どうかしたか?」
「いえ……メチヤ様に失礼な口をきいてしまったこととか……ムチ打ってしまったこととかが……」
「はっはっは、だからそれは気にしなくてもいいと何度も言っているだろう? いや、むしろ良い仕事をしていたよエリーは。なぁルークよ?」
「そうですね……私が言えるのは、エリーはエリーにしかできない仕事をきちんとして成果をあげた。だからこれからもすれば良い。それくらいでしょうか?」
「固い、固いのう。そんなんじゃあエリーの溜め息は増すばかりじゃあないかな。はっはっは。」
「うぅ……すみません。あぁ、もう私なにやってるんだろう……」
自己嫌悪で顔を覆いたくなる。
蛇を離せとか貴族のメチヤ様に命令したりまでしちゃったり、あああああもう。
相手はお貴族様なのにああああ!
「ふっ、まぁ若い時にはよくそう言う思いはするものだからな。反省すべきと感じた所は反省して前を向くと良い。」
「はい……
はぁ……」
「こりゃあまた私が荷物持ちでついてくる必要がありそうだのう。」
「えぇっ!? め、メチヤ様が! またですか!?」
「うむ。エリーがワシに慣れる必要があるような気がするからの。はっはっは。」
「うぅぅ……」
「おや? エリーはメチヤ様のお供は嫌なのかな?」
「そそそそそ、そういうわけじゃあああああありませんけど!」
「ふっ。」
「はっはっは! ルークもいぢめてやるな。はっはっは!」
「ふふっ」
「うぅ……」
「はっはっは!」
こんな話をしているといつの間にかダンジョンの出口を過ぎていた。
「むっ?」
何気なく歩いていたルークさんがいつの間にかしゃがんでいる。
「えっ?」
しゃがんだと思ったら違っていた。
誰かを掴んで投げてそのまま地面と身体で挟んで拘束していた。
あまりに咄嗟の事で何も分からない。
「お前達! エリーに何をしたぁっ!」
私はルークさんが下敷きにしている人が放った声に心あたりがあり、そしてようやくそれが誰か分かった。
「……トミー?」
まるで怒り狂ったようにルークさんを殴ろうとしているトミーの姿がそこにあったのだった。