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15話

「アッ!」

「ご、ごご、ごめんなさい!」

「いちいち気にしなくていいっ! さぁ、早く鞭うつんだぁっ!」

「は、は、はいっ!」


「アォっ!」

「ごご、ごめんなさーいっ!」

「なぁに、気にするなっ! さぁエリーっ! もっとムチを! ムチを打つんだァーっ!」

「はははは、はいっ!」


 どうしてこんなことになったんだろう。

 頭の中の重圧に耐えきれず、考える事が出来なくなってゆき、ただただ命令された通りにムチを振るう。ようやく振るった鞭がメチヤ様ではなく蛇にクリーンヒットして蛇がビクンと痙攣した。


 なぜこれまで振るった鞭がメチヤ様に当たったかといえば答えは単純で、メチヤ様は蛇の頭を右手でしっかりと掴み、そして1mはあろう蛇の胴を左手で握って拘束しているからだ。


 ムチを振るうと蛇はビクンビクンと暴れメチヤ様の手から逃れようとして、その動きによってムチを振るった箇所にメチヤ様の手が移動して当たってしまうのだ。


 私はムチのスキルはあるけれど、私が使っているキャットオブナインテイルは9本に先が別れていて打ちつける範囲がとても広い。だからこそメチヤ様が『蛇を拘束する』という案を出してくれた時にメチヤ様を間違えて鞭打ってしまう可能性が高いから考え直してもらいたくて頑張って訴えたけれど、防御力が高いからどうということはないとメチヤ様は笑い、ルークさんもただその意見に頷くだけ。


 偉い人二人に押し切られてしまい、結局そのまま階層を進んだ。


 正直、メチヤ様を鞭打つなんて恐ろしい間違いを、もう犯したくない。

 初めて会った時にお尻を言われるがまま5回も鞭打ったけれど、あれはまだお金持ちそうな人という認識でメチヤ様を知らないからこそできたこと。

 今はメチヤ様が貴族だと理解しているし、探索者の為にあれほど立派な建物を用意してしまう程の凄い人なのだと知ってしまっている。

 そんな人に無礼を働いてしまったとしたら、きっと私だけじゃなくお婆ちゃんにまで迷惑がかかるような事になってしまう可能性がある。


 そんな事になればお婆ちゃんに恩返しをしたいのに本末転倒もいいところ。

 何の為にこのダンジョン都市で学校に入って頑張ってきたのかすらも分からなくなる。

 だから絶対にやりたくなかった。


 そんな私の気持ちとは裏腹に、お二方はどんどん階層を進んで、すぐに次の階層に入った。

 そして入ってしばらく歩くと、襲ってくるように3匹の蛇が現れてしまった。


 現れた蛇の内、2匹をルークさんがあっという間に首を切り落とし、もう1匹は荷物を置いたメチヤ様が「ちょいやー!」と叫びながら下着1枚の姿のまま、頭から滑り込むように飛びこんで捕まえてしまった。

 そして動く蛇を掴みながら寝転がったまま私の方に蛇を向けて、とうとうこう言ったのだ。


「さぁエリー! 叩きなさい! ムチでっ!」


 まるで少年のように楽しそうに、そう仰られたのだ。

 私は戸惑いを隠せなかったけれど、メチヤ様の催促は続き、結局その命令に逆らう事が出来ず、メチヤ様に当たらないように気をつけて鞭を振るった。


 だけれど、蛇に当たった鞭は余りに気をつけすぎたせいか弱く、反応が見れなかった。それを見てメチヤ様は真剣な顔で言った。


「エリー! 遠慮しなくていいんだ! もう私ごと打ってしまうつもりで振るいなさい! いいかい? それが君の仕事なんだっ!」


 叱責の言葉がメチヤ様から告げられ、私は半ばどうとでもなれという気持ちで鞭に力を込めて振るい、それが結局、蛇が動いたせいでメチヤ様の手に当たったのだった。


 終わったと思った。


 ……だけれどもメチヤ様は怒ることなく笑っていた。


 ほっとしたのも束の間、すぐにまた鞭の催促がされ、できるだけメチヤ様に当たらないように蛇だけを目がけて振るう事に集中し、鞭をふるう――



--*--*--



 私は、自分で切り落とした蛇の頭を拾いあげると頭だけになったにも関わらず蛇は何度もその口を動かして見せた。動くだけではなく私に毒を食らわせようと牙から毒液をピュっと垂らしてまでいる。

 しつこく垂れる毒液に、この蛇の生命力の強さを感じずにはいられない。

 やがて毒液が垂れなくなり、そして口の動きも止まって蛇が絶命した。


「やはりこの蛇だと、頭を落とさないと採取は難しいな……」


 垂れた毒液はポタポタと地面に落ちたが、その量はあくまでも少量。

 他の探索者に依頼したとしても皆、同じやり方で頭を落としてしまうだろう。なにせこの蛇は生命力が強く胴で切ったとしても半身になったまま襲い掛かってくるのだから。


 頭を切り落とした場合に採取できる毒液の量を確認し終え、私は目を賑やかしい方へと向ける。

  

「オぉ……しかしコヤツめ! 随分活きが良いな暴れよるわ! さぁ、今じゃあエリーっ!」

「はいっ!」

「アォォっ!」

「ごご、ごめんなさいっ!」

「んふっ! んふふっ! ぜんっぜん気にせんでいいぞぉー! イイぞぉーっ! さぁ! もっと! もっとだぁ!」


 なんとも言葉にし難い惨状に、ついため息を漏らしながら白けた目を向けてしまう。

 そもそもにして、メチヤ様があんな蛇如きを暴れさせるはずがない。あれはわざと、そうしているのだ。


 なぜそれが分かるかといえば、私はメチヤ様と長く行動を共にしているのだから当然の事。むしろ私が探索者として成果を上げることができたのは、メチヤ様のおかげと言っても過言ではない。

 メチヤ様自身素晴らしいスキルを持った探索者な上に、その頭脳を有用に利用することで華々しい活躍をされた優秀な探索者だ。


 私もメチヤ様と何度となくダンジョンの深層へと挑んだ。

 一噛みされれば、噛んだ箇所の全てをもぎ取るだろう大型のモンスターなどもメチヤ様は恐れることなく、むしろその口に自ら腕を突っ込んで相手の攻撃手段を封じてみせるなど、最高の盾役として活躍されていた。

 お年を召し反応速度などは鈍ってしまっているが、それでも日々の鍛練は欠かさず、これまでの経験からモンスターの動きを読むなど朝飯前。

 だからこそ、こんな初歩の初歩である階層の蛇などがメチヤ様の相手になるはずがないのだ。


 私は若干白けていた目を黒目に戻し再度じっくりと様子を探る。


「アォォっ!」


 まただ。蛇の動きに合わせて自然な動きで自分からエリーの鞭を明らかに受けに行っている。


 そしてあのメチヤ様が声を上げている。

 大型のモンスターと対峙し攻撃されてようやく「おぉ……」と声を漏らすほどの防御力を誇るメチヤ様がだ。


 そこでようやく私は気づいた。


「なるほど……これからエリーは、誰かしらの仲間が同行し仲間が拘束したモンスターを鞭打つことになる……だからこそ敢えて我が家で最高権力者であるメチヤ様が鞭で打たれても文句は言わず、むしろ鞭打てと叱責することで他の誰が鞭打たれても文句を言えないようにする……そういうことか。」


 お年を召して尚、磨かれている頭脳。そして先を見据える慧眼と思いやりにようやく気が付き感服する。ムチでぶたれたいだけじゃないかと思った自分を恥じる。


「アォッ!」


 メチヤ様が大袈裟にのた打ち回って見せているのも、エリーが間違って他の者を鞭打ったとしても、その鞭を止める必要はないという事を教え込む為だ。

 ようやく狙いに気がつく事ができた。


 メチヤ様の動きを見ていれば、エリーがムチを振るう瞬間にとうとう体を半回転させ、背中に受けたではないか。あんな動き、蛇ごときでなるはずがない。もうエリーにも狙いが分かっているはずだ。


「アオォォオンっ!」


 エリーもおおよそ意図を理解したのだろう。遠慮なく背中をムチで振りぬいている。

 メチヤ様にここまでした経験があれば、エリー自身、例え他の者をムチ打ったとしても心に病む事はないはず。

 そうだ。これは一種のショック療法のような物なのかもしれない。


「も、もっとぉっ!」


 さらに催促とは……やはりメチヤ様のお考えは深い。

 私は騒動により寄ってきた蛇の頭を切り飛ばしながら、2人の邪魔がこないように気を配るのだった。



--*--*--



 なんだか怖いのを通り越して楽しくなってきた。

 だってもう取返しつかない程ムチうってるんだもの! あはは、もうどうにでもなーれ!


 ぐるぐるとまわる頭の中。

 私の行きついた答えは、とにかく聞こえてくる声に従う事だけだった。


「それぇっ!」

「アオォォオンっ! もっと! モットォ!」



そろそろ紳士の蛇が爆発しそうです。

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