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14話


 胸の内にあった平民のままでありたいという願いは、いつの頃からか予想してしまっていた通りに叶わず、アムー侯爵の一員となっってしまったハンス。


 その胸の内の憂いが笑顔をほんの少し滲ませた。

 その時ふと風が吹き、花壇から飛ばされたのか1枚の花びらが目の前を横切り、自由な青い空へと舞い上がる。

 空を自由に舞う花びらを見上げ、ハンスは、ただ見送った。


 天高く舞い上がった花びらは、ふわりふわりと風に乗りどんどん空高く昇ってゆく。

 山を越え、川を越え、いくつもの街や村を越えて飛び続ける。

 風の流れが変わり、ゆっくりと空から下りはじめ、やがて花びらは地面に落ちた。


 ずしゃっと花びらが踏みつぶされる。


 花の旅の終着点となった足の主はトミーだった。


 自身の前に立つ者は殴り飛ばさんばかりの表情のトミーは、飛んできた花びらなど見てはおらず、踏んだ事すら気づいてはいない。

 ただ真っ直ぐ前を見据え、ずんずんとその足を進めている。


 潰された花びらは、ただ悲しそうに、その色を土の色に変えた。


 ハンスとトミー。

 今この2人の胸中には同じ人の笑顔があった。


 その笑顔の持ち主は、エリー――



--*--*--



「パージ!」


 2回目のパージ。

 流石に2回目ともなれば、この後どういう事になるか理解できているので、すでに後ろを向いているエリーの姿。

 ぶるんと剥き卵状態のメチヤは、全てを綺麗に無かった事にした身体を確かめるように再度ぶるんと震わせる。


「メチヤ様。服の代えはあと1着です。」

「……そうか。」


 エリーの視線が無かった為、メチヤは色々若干ションボリしつつ考える。


「あと1着か……なぁルークよ。次の階層に降りた場合のモンスターはなんだったかな?」

「次階は茸がいない蛇の階ですね。」

「次階も蛇か……」


 差しだされた服に手を伸ばす事なく髭に手をやり考える。

 エリーは背中を向けている。


 こっちを向いてもいいのになぁ。


 そんな考えがメチヤの頭を過ると、少しだけションボリも解消された。


「蛇の種類は?」

「違う種類も増えます。」

「そうか……毒と言うのは、使い方によっては有益だったように思うのだが……どう思うルーク。」


 裸のまま思考を巡らせる。

 もちろんどんな蛇がいて、毒の使い方も理解した上でルークの考えを知りたかったが為の質問。そしてエリーに知恵を分ける為にしている質問である。


「はい。今メチヤ様の服に染みこんだ蛇の毒は、血が止まらなくなる毒ですね。

 利用法は現状不明ですが、だからこそ研究してみる事で価値が生まれる可能性はあると思います。

 次の階に出る蛇の毒は主に麻痺系統の毒だったと記憶しています。抽出する事で使用量に神経をけば麻酔としても使えたかと。」


「ふむ……だとしたら、次の階の蛇の毒も持って帰った方が、より良いということになるか……では今日は次の階で別の毒を採取して帰投するというのはどうだろうか? エリー?」

「は、はい! わ、私はまだ元気です!」


 こっちを向いてもいいのになぁ。


 頑なにこちらに向こうとしないエリーにメチヤは少しだけションボリする。


「では、このまま次の毒の採取となれば、私は帰りの際に服がないことになるな……というわけで、私は今はこれだけを身に纏う事にしよう。」


 優雅な所作でルークの差しだした衣類の中から、白いブリーフパンツに手を伸ばすメチヤ。

 こうして公共の利益の為を思い、メチヤは危険なダンジョンの中。ブリーフパンツ1枚で堂々と立つのだった。もちろん高潔な精神の結果であり、そこに私利私欲などはありはしない。

 


--*--*--



 ルークさんが先頭を歩き、次に私、そしてパンツ一枚だけ履いた姿でリュックを担いで私の後ろについてくるメチヤ様。


 正直どう反応していいのか分からない。

 貴族の人とはこういう人なのだろうか? わからない。


 チラリと様子を伺うと、ニコリと微笑まれ、つい視線が下に向かってしまいそうになるので慌てて前に向き直る。正直もう笑顔を返す余裕もない。


「あうっ」


 またルークさんに頭をぶつけてしまった。


「ごごご、ごめんなさい!」

「いや、いいさ。なんというか……もう仕方ないと思う。今日は色々と知って学べばいいさ。」

「は、はい。すみません! 有難うございます」


 少しだけ疲れた様な表情でニコリと微笑み歩き出すルークさん。

 こういう優しい人が私の先輩や上司の人で本当に良かったと思う。


 田舎でも同じ職の中で師弟関係や上下関係があったりするのは見ていたし、その上下関係で厳しい扱いをする人が多かった。

 文官さんの教えてくれた都会の情報の中でも、都会は人が多いからこそ使える人か使えない人かを見極める為に、必要以上に厳しい態度を取る人間が多いという事を聞いていたので、どういう人が私の上になるのかドキドキしていたけど、私は運が良いのかもしれない。


「さて、エリー。そこの階段を下りると4層目に入るが準備はいいか? といっても何、まだ序の口も序の口だから、蛇が攻撃的になってくる程度の差しかないからそんなに注意も必要ないのだが。」

「は、はい! 頑張ります!」


 私はとにかく次の種類の違う蛇を叩いて毒を出させなければならない。

 今はその与えられた仕事をしっかりこなそう。


「そんなに気負わなくていい。ダンジョンで疲れないコツは適度に緊張感を持つ事。過度な緊張は身体も神経も疲れてしまうからな。」

「うむうむ。ルークの言うとおりだとも。エリー。少し私の真似をしてみなさい。」

「は、はい……」


 できるだけ見ないようにしていたメチヤ様から声をかけられ、ゆっくりと向き直る。

 とにかく視線はお顔の方だけを見るように気をつける。


「緊張感をほぐすにはな色々な方法がある。代表的なのは呼吸法だ。まずは一番簡単なゆっくり深い呼吸をしてみようじゃないか。」


 そう言って両手をゆっくりと開きながら息を吸い。

 両手を閉じながらゆっくりと吐くメチヤ様。


「胸いっぱいに吸いこんで、吐ききる。そしてまたゆっくりと吸う。ほら、私の腹の動きを見てご覧。」


 息を吸い込んだメチヤ様の胸とお腹は大きくなり、吐くとすごく小さくなった。


「さぁやってごらん。」

「は、はい!」


 真似をして両手を動かしながら深呼吸する。

 メチヤ様はしっかりと私が胸いっぱいに息を吸うか、しっかりと胸を見て確認し、うんうんと頷いた。

 どうやらちゃんとできていたようで、ほっとする。


「うんうん。大変よろしい。」

「有難うございます。」


「後、身体の筋肉のコリもとっておくと良い。軽いジャンプを繰り返してみるのも良いだろう。」

「ジャンプですか?」

「うむ。ほれ猫などを思い出してみると良い。あやつらは獲物に飛びかかる前に身体や尻を振るだろう? あれは体を動きやすくする為の事前準備なのだよ。人も同じ動物ということだ。」

「なるほど。」


 言葉を放ちながら軽くジャンプするメチヤ様。

 お年の割に快活で滑らかな動き。

 そして微妙にパンツが揺れるので、目が下に行きそうになるのを頑張って見ないようにしながら真似をして数度ジャンプを繰り返す。


「うむ。立派立派。」


 満足したようにニコリと微笑むメチヤ様。

 雇い主のメチヤ様も優しい人で良かった。


 いつの間にかメチヤ様の隣で私を見ていたルークさんも、うんうんと頷いていた。

 そして私の「いつの間にそこに」という視線に気が付いて、すぐに咳払いをして動き出す。


「では行きましょうか。」

「はいっ!」


 優しい2人のおかげで、私の緊張も大分ほぐれていた。

 次の階層に向けて足を踏み出す――


「まぁ待ちなさい。」


 メチヤ様の声がかかった。

 足を止めて振り向く。


「次の蛇の毒の採取についてだが……ひとつ提案があるのだよ。」

「提案……ですか?」


「うむ。これがうまくいけば効率よく毒が採取できるようになると思うのだ。幸いな事にやれるだけの手も揃っている。」

「それは……どのような?」


「何、簡単な事よ。次の蛇、エリーがムチを打つ時にな。私が蛇を持って、エリーがそれにムチ打てば良いのではないだろうか?」


 私はメチヤ様が何気なく放った言葉に凍りつかずにはいられないのだった。





流石紳士です。

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