13話
「……なんですって?」
「今言った通りだ。」
躾のなってない新しいペットの言葉に苛立ちが加速する。
「もう一度だけ聞いてあげるわ。本当のことを言いなさい。どうせフラれて恥ずかしいとかしょうもない理由なんでしょう?」
「フラれてなんかねぇよ。つーか話しもできてない。もうエリーはエムネン家の寮に入ってるらしい。」
エムネン家の単語が出たことで、私の奥歯に力が入る。その力につられるように頬がピクつく。それを見られないように扇子を広げて隠す。またしても邪魔になるのはエムネン家だ。なんと腹立たしい事か。
私の名前はソレア。
ソレア・ド・エスデス。エスデス家の次期当主としてその資質を問われている身。
今、我が家は私のお兄様、お姉様、そして弟の4人で後継者争いを行っているのだ。
私達は、我がエスデス家の所有するペット達を4分し、其々でダンジョンアタックの功績を競い合い、5年間の内に最も優れた成果を上げた者が党首となることになっている。
ダンジョンアタックの成果の順は今のところお姉様がトップを走っていて、次点にお兄様。そして弟が続き、最下位に私が甘んじている。この競争も今年で3年目になるが、誰かが突出しているということもなく逆転は充分に可能な範疇。
そもそも私が負ける事など、私の優秀さからして有り得ないのだから当然のこと。
1年は12か月、3か月ごとに学校から卒業者が出ることから私達が使えるペットは、1年毎に1人増える。
そして今季の私が増やす番となり、私は頭を悩ませていた。
その理由は、私のペットが選定期限間近になって上げてきた報告。一人の女が茸の菌糸を放出させることができるスキルを持っていると報告をしてきた事だ。
この女のスキルはムチであるらしく戦闘力は茸を何とか釘付けにできる程度しかない。これだけなら切って捨てる程度の物。だけれども、菌糸の放出という可能性はそうではない。
これはつまるところ食料として使用される茸の養殖が可能となる可能性を秘めている。
茸は、学生という名のペット候補生達が訓練の為にダンジョンに採りに行っているが、これの意味するところは、ダンジョンに入れる者であれば、どんな経験の少ない者であれ、採ろうと思えばいつでも採れるという事。
だからこそ、そんなものを養殖してどうする? そう考える者は大局を見る事の出来ない愚か者の思考でしかない。
ダンジョンとは、宝の眠る場所。宝庫。
そして現状、学生は食料確保の為に茸狩りに駆り出されているのだ。
つまり茸は食料として必要とされているということ。
そこに茸の養殖成功という成果を持ち込んでみたらどうなるか。
食料は十全になり、学生も茸狩りをする必要がなくなる。学生の時分から深層のアタックに出ることができるようになるのだ。
そうなれば茸相手の浅い階層では実力を計れなかった優秀な者が頭角を現すこともあるかもしれないし、持ち帰るお宝も、より有意義な物が増えるだろう。
つまり茸の菌糸を安定して手にすることで、食糧事情の改良だけではなく副次的にも街を発展させるという大きな効果をもたらすのだ。
だからこそ私はこのムチの女をペットにしようか思い悩んだ。
思い悩んだ理由は養殖が確実に成功するかどうかの展望が不確実なところ。
現状最下位である私が不確実なギャンブルに手を出すか、それともダンジョンアタックで成果を上げそうな新しいペットを手にするか。
私は大いに悩みに悩んだ挙句、後者を選択した。当主とは博打をするような状況になってはいけない。常に堅実に結果を出さなければならないと考えたからだ。
だけれど運命は私に微笑んだ。
「契約の条件として幼馴染を世話役に雇う事の許可が欲しい。」
新しいペットがそう言った。
私は上がりそうになった口角をすぐに扇子で隠した。だけれど、隠す前に上がっていたことだろう。
なぜなら新しいペットの言う幼馴染が、件の女であることなど、とうに調べがついていたからだ。つまり私はこの新しいペットを飼うことで、もう一匹の気になっていたペットも手にすることができるということ。
幸いなことに、女がスキルで菌糸を吐き出させることができるというのは、情報の新しさから考えて私のペット以外の目撃者はない。
だからこそこの無能な女を欲しがる貴族などありはしない。
「ふふふ……随分と生意気な口をきくじゃないの。
そうね、貴方が前代未聞の成果を上げるというのなら許可してあげないでもないわね。」
「俺は英雄になる男だ。成果は当然上げる。」
「口だけならなんとでも……まぁ、その幼馴染の食い扶持程度は稼ぐ事ね。」
「それは良いということか?」
「それ以外の解釈ができて?」
「……感謝する。」
「ええ。感謝なさい。」
内心でほくそ笑みながら会話し、養殖に向けての算段を整える。
私は1匹のペットを手にすることで2匹の優秀なペットをまとめて手にできる。
――はずだった。
扇子の内側で苛立ちと不満を鼻息に変えて解消しようとする。
だけれどもその憤りは嵩を減らすことはなかった。
「また邪魔をするのはエムネン家……」
エスデス家、エムネン家、シコルスキー家は御三家と呼ばれているが、その実情は三つ巴の対立関係にある。
その大きな理由は姿勢の違いが大きい。
我がエスデス家は、貴族は民を使うものであるとし、エムネン家は貴族は民に使われるものであるという。シコルスキー家は、貴族も民もない。優秀な個であるか否かと考えているのだ。
運悪く3家の力関係が拮抗しており、どの主張も通らず、町はどの考えにも染まっていない。
私ももちろん民とは使うものだと考えている。
むしろそれ以外ありはしない。
民とは愚か者の集団である。
いや、人間という存在が元々にして愚かなのだろう。
導き先を示す者がいなければ混乱に陥り悪い結果をもたらすことになる。それは各所の歴史を学べば当然理解できるはず。
だからこそ、先を見据え、よりよい未来を描くことができる者が先導しなければならない。
そしてそれが出来ぬ者、考えることを放棄している者は、その者に使われる方が幸せなのだ。
あの2家は、なぜそれを理解できないのか。
そして、なぜこの私の邪魔をするのか。
怒りを鎮めようと気を回す。
だけれども起きた火はなかなか沈下しそうにない。
「――――あるか?」
「なんですって?」
生意気な新参ペットの口の利き方。今から躾てしまおうか。
そう思いたち扇子を勢いよく閉じる。
「エリーを取り戻す方法はあるか? と言ったんだ。」
「……ほう?」
私は再度扇子で口元を隠す。
存外、このペットは使える可能性があるかもしれない。そう思い直し耳を傾ける。
「あいつはきっと騙されて契約してるに違いないんだ。だから――」
怒りの火が弱まり思考が戻ってきた。そしてペットの言葉に扇子の裏で口角が上がる。
「……えぇ、そうね。きっとそうなのでしょうね。エリーとやらは見目麗しいと聞いてますからね。
あぁ……なるほど。そういう事だったのですね。」
意味ありげに視線を逸らし納得したように数度頷いて見せる。
「……どういう事だ?」
視線を戻せば真剣な顔。
なんとも単純なペットだ。
「いえ……エムネン家と言えば大きな貴族です。
雇い契約している探索者は優秀な者が多く、また戻らなくなることが極端に少ないため、現在この街でダンジョンを攻略する戦力としては最高峰に達している言っても過言ではないでしょう。」
「……」
「私の記憶している限りでは、そのエリー? とかいう娘に有用な力は無いようでしたし、つまるところ、その探索者……男性達にあてがう為に雇った。ということなのでしょうね……不憫な娘。」
「くそっ!」
意図通りの反応を見せるペット。つい笑いが漏れそうになる。
「私も流石に同情しますわ……そうだ。トミー。貴方、そのエリーを探してあげなさいな。
そして間に合うようであれば契約を破棄するよう進言して差し上げなさい。私もエリーがその気になったら力を貸して手を回してあげるわ。」
「感謝します! ソレア様!」
そう言って踵を返すペット。
私はまだ運命が微笑み続けていることを確信したのだった。
--*--*--
場所はダンジョンから遠く離れた地へと移る。
「てやぁっ!」
「ぐぁっ!」
振りぬかれる剣。
倒れこむ鎧をまとった男。
倒れた鎧の男の相手は普段着のままといっても過言ではない軽装。
倒れた男をまっすぐ見ながら剣を振りぬいた男は低く構えていた体勢からゆっくりと姿勢を元に戻す。それは相手に打ち勝った事を確信している所作だった。
立ち上がった男は、ゆっくりと鎧をまとった男に近づく。
鎧をまとった男は仰向けに倒れていたが尚も立ち上がろう動き出す。だが痛みが走っているのか若干苦し気。
剣の男はゆっくりと立ち上がろうとする男に、その切っ先を向ける。
鎧の男はその切っ先の動きをみて、全てを諦め、大地に大の字をかき、静かに口を開く。
「まいった。」
剣の男はその言葉を聞いて優し気に微笑み、そして剣を引いて手を差し出す。
鎧の男はその手を取って立ち上がり、溜息を吐きながら顔を横に振る。だけれどその顔はどこか満足気でもあった。
「……この俺と対峙して、息一つ切らさんようになったか。」
「師匠の教えが素晴らしいからですよ。」
「よく成長したな。ハンス。お前なら、もう何を前にしても負ける事はないだろう。」
「弟子だからと欲目で見すぎですよ。師匠。王国騎士団長ともあろう方が、そんなことではいけません。」
困ったように微笑むハンス。
ハンスもまた、15歳になっていた。
金色の長い髪を後ろに縛り、元々整っていた顔立ちは幼さを潜め、青年の美しさを垣間見せるようになっている。この年齢だけだろうその嫋やかな微笑みは男女問わずに魅了せん色気があった。
その証拠に訓練をしているだけだというのに、訓練場を眺めることができる窓や廊下には、多くの女性の姿があり、皆が一心にハンスに熱い視線を送っていた。
「お見事でした。ハンス様。」
「これは姫様。」
すぐに膝をつき目を伏せるハンス。
その様はまるで蝶が舞うように自然で美しい所作。
眺める視線の下達が、一斉に感嘆の息を漏らした。
「ハンス様? 私の事は名前で呼んでくださいとお願いしましたでしょう?」
「申し訳ございません。姫様。私は平民の生まれですので。いくら周りの方々に勇者と読んで頂けていたとしても、あまりに恐れ多い事でございます。」
「相変わらず真面目なんですから……でもご安心ください。その悩みも今日で解消されますわ。」
ハンスが不思議そうに顔を上げると、嬉しそうに満面の笑みを浮かべる姫の顔。
「ね。そうでしょう? アムー様?」
アムーと姫に呼ばれた騎士団長に目を向けるハンス。
「えぇ。そうですとも。ハンスよ。私に完全に勝利したお前に爵位が与えられる。私もそれを喜んで認めよう。今後はお前の名に、我がアムー家の名前を加えて名乗るが良い。」
「えっ!?」
驚きのあまりに表情が崩れるハンス。
その隙を逃さずに姫は視線を送っている者たちに向き直り、大きな声で言った。
「今日から、ハンスは、アムー侯爵家に名を連ねます! 皆の者。良いですね。」
まるで待ちかねていたように歓声が上がり始める。
「ハンス・アムー!」
「ハンス・アムー!」
「ハンス・アムー!」
ここに、新たに、ハンス・アムーという貴族が誕生したのだった。